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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

纏向遺跡の古墳群 


11月16日の新聞は、纏向(まきむく)遺跡の中枢域は“水の宮殿”だったと大きく報じていたが、すでに15日の現説待機場所に掲げられていた「纏向遺跡イメージ図」(クリックで大)のなかに、水に囲まれた祭祀施設が登場していた(1971年の調査では、運河状の構造物も発見されている)。

15日、約2時間待ちの現説の後、少々疲れてはいたが、純米吟醸酒「卑弥呼の里」をいただいて、少し元気がでたため(体が温かくなった。お酒にカンパイ!)、そこからやや西のほうに点在する古墳群を訪ねる気になった。

これらの古墳群は、箸墓古墳に先行する日本最古級の前方後円墳とみられており、纏向遺跡を考えるときにも重要な意味をもつ。
その形も、全盛期の前方後円墳とは違って前方部が短く、「纏向型前方後円墳」と呼ばれたりしている。

まずは纏向石塚古墳

墳丘から東を見ると三輪山(下左)、西を向くと二上山。目の前の運動場は纏向小学校。その向こうにこんもりしているのが纏向矢塚古墳。




すぐ北に見えるのが纏向勝山古墳

濠を思わせる池が西北にあり、ここからの三輪山と二上山も美しい。







その南西に纏向矢塚古墳

ここも墳頂に登ってみる。三輪山はこんなふうに見える。


それから南へ、田んぼのあぜ道を通って東田(ひがいだ)大塚古墳へ。
墳頂はこんなのどけさ。東を向くと、箸墓が現れ始めた。



そこから東へ。
ススキの向こうに、三輪山と箸墓が、何だかほほえましく見えたりして…♪


箸墓


このあと、纏向在住の先輩と合流。
池のそばの喫茶店で、古代についておしゃべり。
「このへんの人はみんな、箸墓は卑弥呼のお墓だって思ってる」とのこと。
発掘の内容にはさほど驚かないが、新聞のトップ記事となり、人がたくさん来ることにむしろビックリしているのだという。
地元の人々は、卑弥呼の時代から、代々、子々孫々に、あれは卑弥呼さんのお墓なんだよ、と語り継いできているのかもしれない、ね。

古代ロマンはなぞめいている分、想像は広がり、おしゃべりも尽きない。
すっかり暗くなって、駅へ向かう頃には、あれほどつめかかけていた人の姿はどこにもなく、ひっそりと静かな里にもどっていた。

先輩、ケーキごちそうさまっ。

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Posted on 2009/11/18 Wed. 21:23 [edit]

category: 桜井市

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コメント

 

円亀山人さま
こんばんは。
コメントありがとうございました。
では、掲示板へ転載させていただきます。
「奈良旅手帖」は、もう少しお待ちくださいね。
どうぞお大事に。

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2009/11/19 20:02 | edit

 

「纏遺跡」の発掘調査、新聞報道で知る範囲ですが、壮大な古代のロマンに想いをはせています。テレビで石野博信氏を久しぶりに拝見、健在ぶりを喜んでいます。かぎろひ様のデジカメによる古墳群と周辺の眺望、臨場感満点ですね。
場違いですがメールのレスが出せずごめんなさい。
①メールの一部を掲示板に掲載して下さるとのこと。病いの件や不適切な箇所を除き、適当に抜粋して頂ければ幸いです。ご面倒ですがよろしく。
②「奈良旅手帖」、ついでの折で結構です。ありがたいです。
(お礼はそのときに)
まだ、毎日メールチェックしたりブログ拝見するのは無理です。
お許しのほどを。

URL | 円亀山人 #79D/WHSg | 2009/11/19 17:10 | edit

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