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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

編集いま昔 


機関紙編集の残りの1ページを、高野山麓で作業をして、昨夜のうちに先方へ送っておいた。メールの添付と、念のためのファクシミリと。
締め切りが今日の午前中だったもの。

少しホッとして、それにしても、と思わないわけにはいかない。
山間の地にいても、締め切りに間に合わせてすばやく送ることのできる便利さ。
こんな時代がくるなんて、初めて編集の仕事についた頃には考えられなかったゾ。


つらつら思い出してみる。
記事は原稿用紙に鉛筆で手書き。ちょっと濃い目のB。消しゴムも必需品だ。
レイアウトは割付用紙に(レイアウトなんて言ってなかったなあ。わりつけ。今もワタクシはこの日本語のほうが好き)。

写真はもちろんフィルムカメラで。現像できるまで不安だった。
あるとき馴染みの写真屋さんにカメラを持って行ったら(急ぐ時は撮影済みのところでフィルムを切ってもらう。残りのフィルムはまた使える)、しばらくして「大変だぁ」とおじさんが出てこられた。「フィルムが入ってないよ!」
泣きそうになった。

写真には丁寧にトレーシングペーパーをかけて、左右、天地の長さを明記しておく。トリミングしたい場合は紙の上にそのように示す。


活字(活版印刷)の最後の時代だったと思う。
というか、終焉を迎えていたのに、そこの編集長は活字にこだわっていた。
活字で印刷されると、紙面が少し凹む。存在感があってこれが美しいのだといつも言っていた。その方もすでに世を去られた。

校正は、字句を修正する場合でも、他の行に及ばないようにできるだけ1行で何とかしなければならなかった。たとえば1字増えると、どこかで1字減らす工夫をする。別の言葉に置き換える、読点や句点を半角にする、接続詞や助詞はどうか、など。どうしても1行では無理でも、せいぜい2~3行までの範囲でというのが暗黙のルール。3行に及ぶとお説教されたような。
これは、できるだけ活字職人さんの手をわずらわせないようにという配慮から。職人さんは活字を拾う、組む、と大変な作業だったのである。

校了(最終校正)はいつも、印刷所に出向いて一日を費やす(「出張校正」と呼んでいた)。
昼食は印刷会社が接待してくれるのがおきまりだった。
夕方一段落しての帰り、難波あたりの安い居酒屋で「ちょっと一杯」。
(エッ。20代からオッサンだった? どて焼きを初めて知ったのはこのとき…^^)


その後、写植(写真植字)全盛の時代となる。
旧の『かぎろいの大和路』発刊はこの頃。
家族経営の写植屋さんにお世話になっていたので、最終はいつも夜中まで作業をさせてもらった。夜が更けてくると、間違いを見つけてももう頼む強気はなく、見出しや固有名詞以外はあきらめたこともある。旧かぎろい誌にやたら誤植が多いのは、たぶんこのためもある、と思う。


それから、ワープロ専用機の時代。
ワタクシが愛用していたのは、シャープの書院。
レイアウト機能付きの結構すぐれもので、編集作業をしていたっけ。
パソコンの倍の労力がかかったと思う。
行間を決めるのも、ややこしい計算をしなければならなかった。
斜めに線が引けない(いや、引けないのではなくて、一気に引けない^^;)

パソコンに変わって(10年前くらいか)いちばんうれしかったのは、消してしまったものが復活すること。
ワープロ専用機は一度消去したものは二度と戻らない。これで何度泣いただろう。

先方に原稿を送るのだって、郵送、速達、急ぐときは新幹線便、やがてファクシミリが普及して便利にはなったが、写真は別便で送らなければならなかった。


ふり返ると隔世の感がある。
でも、たかだかここ20~30年ぐらいの間のことなのよね。

こんな便利な世の中になったおかげで、仕事をしながら実家で滞在することもできる。
ありがたい。
だが、人間同士のつながりはまちがいなく希薄になっている。

※今朝、高野山麓は初雪。
ああカメラ持ってくるんだったわ~。

挿入写真は全て、昨年1月に撮った五條市内。
吉野川、金剛山、栄山寺など。

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Posted on 2009/12/18 Fri. 13:49 [edit]

category: 仕事

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コメント

 

バロックおじさん
こんばんは。
ご無沙汰です。
コメントありがとうございます。
振り返ってみると、短い期間にほんとうにめまぐるしい変化でしたね。
便利になった分、それだけ失ったものも多いような気がします。
でも昔だったら、高野山麓で仕上げて、そこからすぐに印刷所へ送るというのは不可能でしたからね、今のような生活はできなかったなあと思います。
便利なことに流されないようにしなくては!

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2009/12/19 23:43 | edit

 

ご無沙汰してしまいました。
「版下」「写植」を知らない人が編集の世界で幅を利かせる
ようになり、時代が変わったと実感したのもだいぶ前になりました。
パソコンでここまでできることに驚きつつ、何か大切なものが
なくなっているように思える「化石人」です。
画面上で原稿を「読んで」しまうため、出力したもので校正する
習慣がなくなったのか、僕の仕事先でも単純なミスが目立ちます。
いくら便利になったといっても、所詮パソコンは「道具」であり
「手段」なのですが、それを「目的」にしている人がいるんですね。
僕は未だにネガフィルムを愛用し(手に入りにくくなりました)
LPレコードも我が家では現役です。
今は無性に井上陽水の「少年時代」を聴きたい、前時代人の
「ぼやき」でした。

URL | バロックおじさん #79D/WHSg | 2009/12/19 22:10 | edit

 

はなのさん
こんばんは。
コメントありがとうございます。
高野山麓は、雪がちらつく1日でした。
私も大ざっぱな性格なので、仕事に(だけ?)は神経をつかいます。
結構、細かい作業が多いので。
以前はできあがるまで多くの人と関わっていたのに、最近は人が見えなくなりました。
メール1つで済むことが多いので声も聞かなかったりします。
でも、田舎でいても、コメント交信したり遠くの友人とメールできるのは、今の私には大きな楽しみの1つ。
やっぱり今のほうがいいかな。

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2009/12/18 17:52 | edit

 

 お仕事ご苦労様でした。
そしてお寒うございます。
編集の今昔、ちょっぴり懐かしくてコメントさせて頂きました。
もう十年以上も前のことですが、奈良県の消費者ニュースの編集
に関わっていた時期がありました。
 指定の原稿用紙に手書きの文章、イラストも手書きだったりして
印刷屋さんが来られるまで何度も書いたり消したりしていました。
でも、おおざっぱな私には向いてなかったかな。
 

URL | はなの #79D/WHSg | 2009/12/18 15:47 | edit

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