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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

化粧坂(けわいざか) 

6月20日(日)、長谷寺方面へ納品に行く。
所用を終えてから、久しぶりに紫陽花を見にいこうと長谷寺へ向かった。

←これを見て心変わり。
草もちを食べに行ったんでしょ、って?
ハズレ。

石標に注目! 「右 いせみち」とある。
まっすぐ行くと長谷寺、右へ折れると伊勢街道で、ここは「伊勢が辻」と呼ばれる分岐点。

この道はずうっと前に、郷土史家の厳樫(いずかし)俊夫さん(故人)に案内していただいて辿ったことがある。
かれこれ20年ほど前になるかなあ^^;

そう、化粧(けわい)坂と呼ばれる急勾配の道を上ると、峠の頂上付近から長谷寺をのぞむ景観がすばらしかったのだ!

よし行ってみよう。

民家の裏手、初瀬川にかかる小さな橋を渡るとすぐに、急坂にさしかかる。
道には樹木がうっそうとおおいかぶさって薄暗く、ちょっとためらう。

途中、何度も引き返そうかと不安に陥りながら、すばらしい景色を見たい一心で登って行った。

化粧坂の立て札を見つけた時はちょっとうれしかったね。
NPO法人泊瀬門前町再興フォーラム、とある。
山の中の立て札で、このまちにも民間の力が動いていることを知る。

さて、期待した景観は??
どうやら樹木が茂りすぎて視界を遮ってしまった?
残~念。
それとも、こわごわ必死で登ったせいで、見えるポイントを行き過ぎてしまった?

江戸時代に本居宣長が、この道を伊勢から長谷へ辿ったことが『菅笠(すががさ)日記』に見える。

けはひ坂とて さがしき坂をすこしくだる 此坂路より はつせの寺も里も 目のまへにちかく あざあざと見わたされるけしき えもいはず。
※さがしき=険しい  あざあざと=あざやかに

もっといいお天気の時にリベンジだね、これは。

しかし、頂上を過ぎて開ける景色にアッと声が出るのは以前と同じだった。


宇陀方面の美しい山々を見ながら、ここで休憩。
時々、山の中腹を走る近鉄電車が見える。

あの時、厳樫さんはここでおっしゃった。
「これが江戸時代の古道。すぐ下に明治時代の道、そのもう一つ下に昭和の道(国道165号線)があるんですよ」。
時代を超えて3本の道が並行するというちょっと珍しい土地なのだ。

しか~し。道は舗装されると、歩きやすくはなるが風情はなくなるものだと、つくづく。
まあ勝手なよそ者の感慨なのだろうけれど。

古道を少し下り、與喜(よき)天満神社の鳥居の所に出る道をとる。
この道もかなりこわかった。


ほの暗い道をぬけると、ここでやっと長谷寺の本堂が目に飛び込んできたicon22


初瀬のまちなみを見下ろす。隠国(こもりく)の初瀬が実感できる。



この後、八木駅前での飲み会に合流したら、そこに「NPO法人泊瀬門前町再興フォーラム」の方がいらっしゃってビックリ!
もちろん初瀬の話題で盛り上がったのだが、化粧坂のことをもっとお聞きすればよかったなと、今頃思っている。

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Posted on 2010/06/22 Tue. 12:09 [edit]

category: 桜井市

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コメント

 

銀河秋彩さん
おはようございます。
コメントありがとうございます。
以前もコメントいただきましたか、ね。掲示板にとか。
うーん、難しい!!
そして、舞台は国東半島なんですか!
参考にさせていただき、ゆっくりよみなおして考えてみます。

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2012/02/14 08:41 | edit

 

 「雑歌」=【国盗り歌】
東野炎立見而反見為者月西渡
ひんがしの野には炎(かぎるひ・耀る日)立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ  人麻呂(巻1・48)
の、歌の「炎(かぎるひ・耀る日)」とは何ぞや?
からです。
 「表意」……歌の訳はご存知でしょう(東の野に太陽柱が立ち、振り返ると月が西に傾いていた)が、
苦節柿八年、【(暗号と共に)裏意(真意)】が存在して居たのを発見・解明!しました。
ちょっと難しいのですが、
  歌「表意」訳=歴史・政治【擬物法=諷喩(ふうゆ)に依る、裏意(真意)】訳
ひんがしの野【日の出の勢い(東)の統治者(野)文武天皇(新羅王・文武)・大倭国側】には
炎立つ【君臨者・太上天皇、藤原宮子(炎=太陽柱・サンピラー)の政権樹立・大倭国側】見えて
かへり見すれば【振り返って見ると】
月傾きぬ【倭国側の、統治者(弓削皇子)はお亡くなりに成られた事よ】  人麻呂【大津皇子】
  「炎(かぎるひ・耀る日)立つ」=太陽柱(サンピラー)
この歌の、本当の舞台は、【(九州豊国)国東半島の安岐町】でした。
  和(こた)ふる歌
秋の野【(国東半島)安岐野】の焚火を囲む笹酒の盃に浮く逆さ月はも  銀河 秋彩

URL | 銀河 秋彩 #79D/WHSg | 2012/02/14 05:07 | edit

 

komorikuさん
こんばんは
ようこそお訪ねありがとうございます。
厳樫俊夫さんの間違いでした。ご指摘ありがとうございます。
修正しました。
厳樫俊夫さん、ご存じでしたか。
私どももずいぶん前にお世話になり、化粧坂などを案内していただきました。
あの頃はもっと見晴らしがよかったように思うのですが、樹木が茂ったのでしょうか。
だだおしは今は、明るいうちに行われているのですか。
行きたいと思いながら、まだなんです。

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2010/09/20 21:56 | edit

 

故人の郷土史家というのは、もしかして厳樫俊夫氏のことではないでしょうか。
長谷寺といえば春の牡丹、冬のだだおしですが、近年はだだおしの時間が前倒しになったようで少し残念です。
20年前だと、真っ暗な中を松明を持った鬼が駆け回っていたのですが。

URL | komoriku #79D/WHSg | 2010/09/20 17:08 | edit

 

白雪さん
円亀山人さん
おはようございます。
フォローありがとうございました!
方言の魅力も尽きません。
なららさんが時々やってはりますが、方言はブログでとりあげるのに最適の話題かも♪ アクセントは難しいですけどね。
また島根の方言もよろしくお願いします。松本清張を思い出します。
奈良の古い神社仏閣も不思議な魅力がいっぱいです。

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2010/06/24 06:50 | edit

 

白雪さま
けわいは「きつい」の意味合いでしたか。
けわしい、からきたのでしょうかね。
ところで、「太陽信仰」と神社仏閣の関連や、その推移について
実地踏査と文献研究で書物にまとめたのは、あの登大路にある
写真館「飛鳥園」の現当主・小川光三氏です。
以前、「かぎろひ」掲示板に詳しく書かせていただきましたが、
小川光三『大和の原像』(大和書房)がそれで、NHK番組で
何度か映像化されたのも、この原典とディレクターの水谷氏の
度重なる共同作業の結果でした。
なお、私が所蔵している本は同書の増補版です。
また、「飛鳥園」の創始者である小川晴暘の生涯を描いた小説が
島村利正の『奈良飛鳥園』(新潮社・1980)です。
小川光三氏は彼の三男という訳です。

URL | 円亀山人 #79D/WHSg | 2010/06/23 11:04 | edit

 

けわいは「きつい」の意味合いです。
>長谷寺で毎朝行なわれている天神山に向かって礼拝を行な
う「与喜山礼(与喜山拝)」も謎めいている。
このことについては以前NHKTVで放映してたかと思いますが、確か太陽信仰と石坐信仰の名残で春分・秋分の太陽の軌跡に位置する神社仏閣が一列上にあり最終がお伊勢さんで大阪の住吉さんなんかも入ってた様に思いますが定かではありません。
つぎどなたかの助けを借りましょう・・・

URL | 白雪 #79D/WHSg | 2010/06/22 22:17 | edit

 

円亀山人さん
こんばんは。
コメントありがとうございます。
有名な観光地や大寺へは人はよく行きますので整備されますが、ちょっと一歩入ると、まだまだですよね。
たいていは、ついで散策なので、1人でエイヤっと踏み込んでしまったりします^^;
今回も、雨の後で坂道は滑るし、こんなとこで崖下に落ちたらタイヘンだわと、かなり注意深く歩きました。
この後、与喜天満神社へも行ったんですよ。
長谷寺で毎朝「与喜山礼」が行われているのを初めて知りました。
与喜山が三輪山より東にあることが大きな意味をもつようですね。
与喜天満神社も書かなければ!

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2010/06/22 21:52 | edit

 

白雪さん
こんばんは~
いつもお読みくださりありがとうございます。
字数制限のある仕事をしておりますと、自由に書けるブログが楽しくて、ついついとんだりはねたり♪ 長くなったり^^;
「けわい」は、化粧のほか気配の意味でも使われるようですが、島根はどんなふうなところで出てくるのか、興味津々です。

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2010/06/22 21:35 | edit

 

NPO法人が立てた木札がちゃんと立っているのに不思議な感動を
覚えました。私はかつて黒崎の「雄略天皇泊瀬朝倉宮伝承地」を
訪れススキや雑草のなかに倒れたままの同じような木札をみて情け
ないような悲しみを覚えたからです。
最近では桜井市教育委員会の「歴史街道」掲示板があちこちに新設
されている様子で、街道筋で迷うことはなさそうですが、
一歩山中に入ると、かぎろひ様の抱いたコワサがまだつづいている
のですね。冒険心もいいけれど、なるべく連れとご一緒なさって
くださいね。読者にはありがたいことですが・・・。
化粧坂(けわいざか)。いい名前です。全国に似た地名があります
が、鎌倉のものが有名ですね。
いずれも「高貴な姫君や有名な遊女が、そこで化粧をしたという
伝説」の他、「平家ノ大将ヲ討取リ其首ヲ化粧シテ実験ニ備ヘシ
ニ拠リ起ル」など血なまぐさい歴史的由来もあるようです。
初瀬の観音さんが巨大な磐石に立たれているのは誰でも知っていま
すが、実際に目視した人は皆無のように、この辺のお山は実に神秘
的です。長谷寺で毎朝行なわれている天神山に向かって礼拝を行な
う「与喜山礼(与喜山拝)」も謎めいている。
以前にも掲示板に書いた水谷慶一氏の『謎の北緯34度32分をゆく
・知られざる古代』などで知りました。
僧侶が本堂の前に張り出した舞台の前に出てきて、東向かいにそび
える天神山に向かって、拍手を打ち山を拝む。
拍手を2度打った後「南無天満大自在天神」と3回度唱えるようで
す。仏教以前の太陽信仰の痕跡なのか、地主神である与喜天満神社
への信仰が本質なのか? やはり「謎」です。

URL | 円亀山人 #79D/WHSg | 2010/06/22 15:47 | edit

 

写真付き随筆、続きが読みたくなります。
けわいと言う言葉を私の田舎島根の方でも使いますが「化粧」と書くなんて夢にも思いませんでした。楽しくなります。
しかし何時もながらの「かぎろひワールド」素晴らしいですね。

URL | 白雪 #79D/WHSg | 2010/06/22 13:05 | edit

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