09 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

奈良市長室へ 

社団法人奈良市商店街振興会が「東日本大震災」の被災地へ義援金を送ることになり、5月25日、仲川げん奈良市長へ思いを託しました。

ワタクシ、機関紙『商振会ニュース』に載せる写真を撮るために行ってまいりました。



写真は、正木康雄会長ら役員の皆さんと仲川市長(市長室で)。


義援金は、采女祭(うねめまつり)や物産展などで交流の深い福島県郡山市(姉妹都市)と宮城県多賀城市(友好都市)の、復興の一助にしてほしいと、仲川市長に200万円を手渡しました。

奈良市商店街振興会では例年、総会後は盛大に“懇親会”を開いているのですが、今回は浮かれている場合ではないと自粛、そういった費用も義援金の一部に充てられたようです。

↑ワタクシ、こんな大金の義援金を目の当たりにするのは初めて。立派な包装です。で、こちらも1枚。


市長としばし懇談する商店街振興会の役員さん




奈良市と郡山市は昭和46年(1971)、姉妹都市提携を結んでいます。
両市には“采女伝説”があり、奈良市では中秋の名月の日に「采女祭」が、郡山市では8月に「うねめまつり」が催されています。両市はこのお祭りに訪問団を相互派遣して親睦を深めている間柄。


両市の“采女伝説”が微妙に、というよりも、かなり違っているのをご存じですか。
おもしろい(と言っていいのか)のでちょっとご紹介します。

奈良の伝説
奈良時代、帝の寵愛が衰えたのを悲しんだ采女は猿沢池のほとりの柳に衣を掛け、池に身を投げた。
帝はその霊を慰めるために「采女神社」を建てたが、池を見るにしのびないと社は一夜のうちに後ろ向きになった。采女の出身が現在の郡山市。
奈良市役所のホームページから


郡山の伝説
奈良時代、陸奥の国安積の里(現在の郡山市)へ来た巡察使葛城王が里長の娘を見初めて、奈良の都へ連れ帰り采女として帝に献上。娘には相思相愛の許嫁がいたのだが、朝廷への貢物を3年間免除するという条件を受けて、冷害で困窮する村のために犠牲となる。采女は帝の寵愛を受けたが、恋人が忘れられず、中秋の名月の夜、猿沢池に入水した、と見せかけて郷里に帰る。恋人はすでに死んでいた。采女も後を追う。
郡山うねめまつりから


う~ん。この違いやいかに…icon46

関連記事
スポンサーサイト

Posted on 2011/05/27 Fri. 10:43 [edit]

category: 仕事

TB: --    CM: 0

27

コメント

Comment
list

コメントの投稿

Secret

Comment
form