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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

2つの国津神社 

ホケノ山古墳(桜井市)の現地説明会が行われたのは2000年のこと。あれから、もう10年以上にもなるのですね。最古級(3世紀中頃)の前方後円墳ということもあり、たくさんの人がつめかけました。はい、あの長蛇の列の中にワタクシもおりました^^;

画文帯神獣鏡や刀剣類、銅鏃や鉄鏃などの出土品展示は、古墳脇にある国津神社境内で。ワタクシが国津神社の存在を知ったのはこのときです。




三輪山麓、最古とも言われる前方後円墳のすぐ近くにあり、そして箸墓古墳と檜原神社を結ぶ線上にあるこの神社はもうそれだけでいわくありそうなものを感じました。


↓国津神社(箸中)の場所


大きな地図で見る


それからは、ここを通るたびにお参りしてきましたが、人っ子1人見かけたことがありません(突撃取材ができない)。

今回、『かぎろひの大和路』纏向~三輪の特集にあたって、この時とばかり、お話を聞いてきました。

8月23日、取材に応じてくださったのは、箸中区長(氏子総代)の澤さん(←写真向かって右)、歴史に詳しい的場先生(宮座三老さん、もと学校の先生)。







的場先生は資料をたくさん用意してくださっていて、とても丁寧な説明を聞くことができました。

長机を2つ並べ、的場先生「はい、次はこの資料を見てくださいね。ポイントだけ読ませていただきます」「これは『和州祭礼記』という本をコピーしたものです。本の名前、書いておいてください。著者は…」



たっぷり2時間、授業を受けているような感じで、ホホ、学生時代に戻ったよう。緊張しながらも何だかウキウキ楽しいひとときでした^^


いろいろなことを教えていただいたのですが、ここでは、国津神社が実は2つあって、それが記紀神話にそっくりなかたちで鎮座しているという話をご紹介したいと思います。


←国津神社の御祭神は6柱









隣村の芝(古くは岩田村)にも国津神社があるというので驚きました(知らなかった~^^;)。

そう、芝と言えば、8月28日、檜原神社のお祭りに一緒に集い直会を行う間柄です→その記事

神様ももともとは檜原の地に一緒にお祀りしてあったのを、箸中村と岩田村に分けたとも伝わっているそうです。

芝(岩田村)の国津神社の御祭神は3神(『古事記』の記述によりました)
多紀理毘賣命(たぎりびめのみこと)(別名:奥津島比賣命=おきつしまひめのみこと) 
市寸嶋比賣命(いちきしまひめのみこと)(別名:狭依毘賣命=さよりびめのみこと)
多岐都比賣命(たきつひめのみこと)


そして、天照大神(あまてらすおおみかみ)を合祀しています。

箸中の国津神社が男神なのに対して、こちらは全員、女神さまです。

記紀に親しんでいらっしゃる方なら、神様の名前を聞いたとたん、ピンとくるのでは。

はい、天照大神と須佐之男命(すさのおのみこと)姉弟が、高天原の天安河をはさんで、宇気比(うけひ、『日本書紀』では「誓約」)したときに生まれた神々なのです(詳しくは『古事記』『日本書紀』をお読みくださーいicon23

※うけひ:ある条件を設定し、その成否によって、願いが叶うかどうか、吉か凶か、運命を占う。(物語要素事典)


2つの国津神社は、神山・三輪山の奥から流れてくる巻向川をはさむようにして鎮座。天安河の対岸で宇気比した姉弟神の話とそっくり、というわけなのです。
国津神社(箸中)=須佐之男命
国津神社(芝)=天照大神
巻向川=天安河


的場先生の授業が終わってから(ありがとうございましたm(_ _)m)、実地検証に行ってみました。
あ、その前に、まずは地図をご覧ください。




芝の国津神社。「九日」と書いてありました。



箸中の国津神社に比べると、ささやかな感じです。この近くは何度も通っているのですが、気がつきませんでした。


↓巻向川を入れて、両社を撮ってみました。



写真左が、芝の国津(九日)神社。右手のこんもりした樹叢のところ。
左に三輪山が見えますね。
道路(橋)は国道169号線。その下を巻向川が流れています。

↑右の写真は、巻向川を入れて撮った国津神社(箸中)。
正面が神社です。


芝の九日神社から箸中の国津神社へ向かって、巻向川沿いに歩いてみました。



左手、民家の後ろに見える森が、箸中の国津神社です。

古代からの神話が脈々と今に生きて、やっぱりこのあたりは神秘的ですね。

神社に残る言い伝えは、長らく口承のままでしたが、記録の大事さを感じた的場英雄さん(的場先生のお父様)が昭和54年に冊子にまとめられました(『桜井市箸中の氏神 國津神社の沿革に就いて』)。

その最後の部分をご紹介します。

…両村の國津神社は上古より祀られていたことがわかります。

箸中の御祭神天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)の御子神邇邇藝命(ににぎのみこと)が、日嗣の御子として豊葦原の水穂國、即ちわが国にお降りになり、神勅のままに我が国を御統治になり、其の他の御祭神の子孫は国造、直、連、県主となって我が国全土にわたり、それぞれの地域をお治めになっております。
このことは、まさしく地主の元締のお集まりのところとして「地主の森」と言われたものとうかがわれます。

五柱の神々の外に須佐之男命を加えてお祀り申し上げている箸中の里は、我が国男性の代表の集まりともみられ「地主の森」こそは今様に申せば日本男子のルーツだとも言えるでしょう。

これに対し、一方の芝村(旧岩田村)こそ天照大神と御子三女神を祀り、日本女性の代表つまり日本女性のルーツとも言うべきでしょうか。


奈良市都祁にも、神体山(雄雅山)の麓に2つの国津神社があり、三輪山麓と同じようなかたちで鎮座しているそうです。

興味深いですね。行かねば!

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Posted on 2011/09/23 Fri. 13:53 [edit]

category: 大和の寺社

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コメント

 

たーちゃんさん
こんばんは。
コメントありがとうございます。
今年は私もウォーキングフェスティバル参加予定です。
このイベント、幅が広くて、すごいですよね。18㎞コースのつもりです。まだ申し込んでいないのですが、たいへん楽しみです。
史跡案内の部もあるのでしたね。
九日神社の石造物、拝見しましたが、ブログアップし損ねております^^;

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2011/09/26 20:20 | edit

 

こんばんわ
国津神社はなんとなく素朴な感じで好きな神社です。
2年前の桜井市ウォーキングフェステバルの史跡案内の部で
国津神社、九日神社(くにちじんじゃ*コースガイドブックより)
がコースにあり男性と女性の神様をお祭りしていると説明を受けましたが
このように詳しくは無く参考になりました。
ただ九日神社では神社よりも横にある石造物の方ばかりが
注目されていたのが残念でした。

URL | たーちゃん #79D/WHSg | 2011/09/26 19:26 | edit

 

リンネさん
こんばんは
ご丁寧にお読みくださりありがとうございます。
都祁に、こんなにたくさんの国津神社があるのですか!
ビックリ。
国津→九頭で、水の神様に結びつきますね。
先日お聞きしたのは、国津→くつ→くつな(蛇)で、神体山信仰ということでした。
都祁高原、いいでしょうね。

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2011/09/24 01:23 | edit

 

こんばんは
国津神社の記事、首を長くして待っておりました。
記事アップありがとうございます。
記事をプリントアウトして保存しておきます。
>奈良市都祁にも、神体山(雄雅山)の麓に2つの国津神社があり、三輪山麓と同じようなかたちで鎮座しているそうです。
>興味深いですね。行かねば!
古代の「ツゲ」の国も古代ロマンがあるところですね。
三陵墓東古墳公園をベースに都祁野岳を見ながらこれからの季節歩くのもいいですよ。
2つの国津神社(参拝済み)以外に水分神社、山口神社、雄神神社などの古社があり、野野上岳は禁足地で入れなかったと思います。
甲岡と白石の国津神社以外の国津神社
南之庄
国津神社・・・この神社が一番古いのかな?
甲岡
国津神社
来迎寺
国津神社跡・・・明治40年8月22日水分神社に合祀される。
友田
国津神社跡・・・明治40年9月10日水分神社に合祀される。
相河
国津神社跡・・・明治41年8月22日水分神社に合祀される。
白石
国津神社
東山中では、各荘に大国魂命を祀る国津神社があり古くから農業の神、水神として信仰されていたようです。

URL | リンネ #79D/WHSg | 2011/09/23 21:37 | edit

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