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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

川端康成文学館 

過日、川端コレクション展覧会プロデューサーの水原園博さんから突然、メールを頂戴して感激した話は、このブログでも書きました。→こちら

山梨県立美術館で開かれていた「川端康成コレクションと東山魁夷」展は11月6日で終了、その後、来年1月2日から2月12日まで新潟市立美術館→来年夏、金沢21世紀美術館→2年後の秋、宇都宮美術館というふうに巡回されます。

たしか、大阪の茨木市立川端康成文学館でも、少しかたちは違うけれど特別展が開かれる、ということをそのとき知りました。

12月11日、もうこの日を逃したら自由な時間はないかもしれないっ、と思い、午後から行ってまいりました。

川端康成は幼少時、両親と死別してから、茨木の祖父母に引き取られ育ちました。
豊川尋常高等小学校(現・茨木市立豊川小学校)→大阪府立豊川中学校(現・大阪府立茨木高校)と、多感な時代をこの地で過ごします。
ここに、川端康成文学館があるのは意義深いですよね。


川端康成文学館は、川端通りと名づけられた道路に面して建っていました。

↓川端通り




↓茨木市立川端康成文学館




←「川端康成 日常に紡ぐ美ー川端コレクションと届いた書簡に見るー」が開催中でした。

小説家をテーマにした展覧会というのは、素人が考えても、プロデュースしにくいのではないかと思われます。
本、直筆、写真…だけでは、よほどのファン以外には訴える力が弱い。

しかし、川端康成の場合は、美術品などのコレクターでもありましたから、そのコレクションが楽しめるという大きなオマケがつくのです。

かなりの目利きだったことは、入手後、2点が国宝に指定されていることでもわかります。

←ロダンの「女の手」

机上に置かれていたそうです。













↓富本憲吉「色絵灰皿」と加藤唐九郎「志野茶碗」




↓絵画にも幅広いコレクション



左・池大雅「芳野山図」
上・小林一茶「坂本は」、岸田劉生「麗子喜笑図」
下・東山魁夷「冬の花」、古賀春江「牛と少女」


全体に、やさしい雰囲気の、心が安らぐような絵が多いのかなあという印象を受けました。
暗い闇の部分と闘いながら小説をものしていくには、身のまわりにホッとできるような美術品は必要不可欠なものだったのでしょうか。

↓しかし、この絵の前に来て、ハッ。ドキッ。
さっきまでの美術品とはまるで傾向の違う油絵がありました。
キャンバスに盛るように厚く塗られた絵の具からは、心がかき乱されるような、激しい何かが伝わります。
村上肥出夫「キャナル・グランデ」と「カモメ」



そんなワタクシの戸惑いが伝わったかのように、館の女性が近づいてきてお話ししてくださいました。

「これは、川端康成が自ら命を絶った逗子マリーナで発見されたものなんです」

ゴッホの晩年のタッチに重なるものを感じたりしました。

村上肥出夫は、橋の下をすみかにしながら独学で絵を勉強し、彗星のごとく現れて注目を浴びましたが、平成9年にアトリエが全焼した衝撃で心を病み、以後、絵筆を執らなくなったのだそうです。


さほど広くはない静かな会場で、川端康成の世界にどっぷりと浸り、運命的な小説を読んだかのようなひとときを過ごしたのでした。


※「川端康成 日常に紡ぐ美ー川端コレクションと届いた書簡によるー」は、12月23日まで。

作家たちからの手紙も興味深いものでした。
菊池寛、横光利一、林芙美子、岡本かの子、三島由紀夫、瀬戸内寂聴など。
あっ、太宰治の巻紙はちょっとショックな内容でしたね。

すべての書簡は関西初公開だそうです。

※写真は、チラシと図録から拝借しました。

※茨木市立 川端康成文学館

茨木市上中条2-11-25
TEL072-625-5978
FAX072-622-9858

入場無料
火曜日休館

特別企画展


JR茨木から1.4㎞、阪急茨木市から1.3㎞



大きな地図で見る

充実した内容にもかかわらず、訪ねる人が少ないようでモッタイナイ、という思いがぬぐいきれません。

学芸員の方でしょうか、館の女性も、さりげなくこちらの思いをくんで説明してくださるなど好印象を受けました。

ワタクシが奈良から来たことがわかると、帰りがけに、近くの茨木城跡の櫓門が復元されているが、元の門は、大和郡山市にある慈光院へ移築されたということを教えてくださいました。

←復元された門。

建武年間に楠木正成が築城。その後、城主は茨木氏から次々と変わりますが、なかでも片桐且元が有名だと書かれてありました。



片桐且元は、慈光院を建てた片桐石州の伯父さんなんですね。
石州も、片桐且元が茨木城主のときに、この地で生まれているようです。お父さんは、片桐主膳正貞隆。



歩いていると片桐町に出くわしてビックリ。

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Posted on 2011/12/13 Tue. 22:56 [edit]

category: 県外

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コメント

 

円亀山人さん
こんばんは!
思いがけない客人があって、すっかり遅くなってしまいました。
私はあまり熱心な川端の読者ではありませんので、この機会にもうちょっと読んでみようかなと思っています。
川端康成文学館で『川端康成と茨木』という本を買ってきました。
茨木を舞台にした作品集で、「16歳の日記」などが入っています。
あっ、明日は朝が早いので、掲示板は失礼させてください。帰ってからということで。オヤスミナサイ。

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2011/12/15 01:12 | edit

 

私にとっての川端康成は、関東大震災後の「新感覚派」と
呼ばれた時代の一群の作家たちの活躍と切り離せません。
川端も『浅草紅団』という有名な未完成の作品を書いています。
当時の浅草は吉原も近く、都内きっての歓楽街で一種の魔界であり、
この作品にもその雰囲気や時代の空気が肌に刺すように描かれて
います。仲間の一人だった中河与一が当県の出身だったのも、早くに
川端を知った理由でしょうか。晩年の名誉を片手の作品には余り興趣が
わきません。ヘンコツでしょうか?

URL | 円亀山人 #79D/WHSg | 2011/12/14 21:09 | edit

 

おはようございます。
川端康成文学館のことは、私も今回初めて知りました。
ちょっとPR不足かなあという気もしましたね。
総持寺さんは、高野山真言宗でしたよね。
むかーし、1度行ったきりです。茨木市へ行くことはなかなかありませんが、「光の教会」もあるんですね。
今度、機会があったら訪ねてみたいと思います。メモメモ。

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2011/12/14 06:19 | edit

 

こんばんわ!
大阪茨木市は総持寺さんへ、何度も伺っています。
川端康成文学館は初めて聞きました。
茨木に住んでたなんて!
びっくりしました。
話は違いますが、茨木にある「光の教会」にもぜひ行きたい!
ず~~と私の手帳に書いてあるんです(笑)
安藤忠雄氏設計のプロテスタントの教会(^O^)

URL | らん♪ #79D/WHSg | 2011/12/13 23:33 | edit

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