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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

まぼろしの大仏鉄道 その後 

かれこれ40年近く前、かぎろひ誌の前身「奈良ーかぎろいの大和路」にシリーズ掲載していた「まぼろしの大仏鉄道」について、先日、Mさんという方からお電話がありビックリ。

大仏鉄道というのは、明治31年から40年まで、加茂駅と大仏駅~奈良間を走っていた線(大仏~奈良は明治32年開通)。現在、大仏駅跡は記念公園となり、廃線跡遺構巡りハイキングも人気だと聞く。奈良市も木津川市もマップを作り大いにPRしているので、ご存じの方も多いはず。
奈良市⇒
木津川市⇒

取材して回っていた40年前は、実際に大仏鉄道に乗った人がご存命の時代。おもにそれらの方々を探し出してお話を聞いたのだった。有名な方では、東大寺の前管長、狭川普門師のおじいさまにあたる明俊師がご健在でお話を聞くことができたのも貴重だったなあ。当時94歳だったが、カクシャクとしていらっしゃった。大仏鉄道が開通したとき、師は8歳。10歳で東大寺へ。年2回、帰省を許されたとき、実家の狭川村(奈良市下狭川町)へ、大仏駅から利用したとのことだった。

そのほかにも、法蓮町や加茂町の何人かにお話を聞くことができた。

当時、この記事は結構、反響があって、お手紙をいただいたり、『鉄道ファン』を送ってくださったり、そうそう、中学生の男子2人が訪ねてきてくれたことがあったっけ。

230810かぎろい誌
↑彼らは現在、50歳を過ぎているよね(笑)。どうされているのかな?


その後、平成6年(1994)に発行された『加茂町史』に、

230810加茂町史
↑贈呈されて知った


なんとワタクシの記事の一部が出典を明記して掲載されるということに。

230810加茂町史2


つい先日、お電話をくださったMさんは、加茂の図書館でこの記事を見てうれしかったので、とのこと。こちらの電話番号をつきとめるまでご苦労されたようだったが、この日、実は電話の後すぐに、ご自分の調査された資料を持って来てくださったのだった。

Mさんは、大仏鉄道について独自に調べられていて、研究歴も40年とか50年とか。

加茂町史に載っているのは、加茂町のKさんに聞いた話の部分。

「汽車は小さな部屋が10個ほどつながっているような感じやったなあ。一室に5人ぐらい。座席は板や。隣の部屋へは、降りんことには移られへん。入口は左右にあって、これはどちらからでも乗り降りできたみたいや。ほんまにマッチ箱みたいやった」

加茂の人は大仏鉄道を走る汽車をマッチ箱と呼んでいた、という下り。


Mさんが調べ上げた当時の汽車のかたちと一致するとのこと。

そしてMさんは、加茂町史にこの汽車のイラストを入れてほしいなあと言われた。

230810加茂町史3

今も熱く大仏鉄道を追っかけられているMさんに圧倒されるばかり。ワタクシはもう今は昔の状態で、ちょっと申し訳ない気持ちがしている。

とはいえ、40年前に調べていた頃の資料はワタクシも一式、大事にしている。久しぶりに見ていたら、時間が経つのが早い(笑)

230810資料

上記の中学生のかわいいお手紙も見つかったので、紹介

230810手紙


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Posted on 2023/08/10 Thu. 15:00 [edit]

category: 鉄道

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