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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

興福寺東金堂院北面回廊の現地見学会 

10月15日実施された現地見学会へ行ってまいりました。

東金堂院とは、五重塔と東金堂を主とするエリア。

発掘現場は東金堂の北側、やや東。

221015東金堂
↑東金堂


上空から(現地見学会資料)

221015資料 上空から


221015北面回廊
↑東から。向こうにちらっと見えるのは中金堂


新しい発見がありました!

資料から、興福寺伽藍復元図

221015調査地


東金堂が創建されたのは奈良時代の神亀3年(726)。聖武天皇が叔母さんにあたる元正太上天皇の病気平癒を願って建てられたと伝えられます。⇒

五重塔が建てられるのはその4年後(730年)。

東金堂と五重塔は創建以来、平氏による南都焼き打ちや雷などで5回も消失、再建されることになります。現在の東金堂も五重塔も室町時代のものですが、回廊は造り直されなかったようです。

これまでの調査では、東金堂院は、五重塔と東金堂の西側と北側に回廊があり、東側すぐに築地塀と考えられていました。

ところが、今回の調査で、北面回廊がまだまだ東に伸びていることが判明したのです。

上の図をそこだけクローズアップしてみますね。

221015復元図


これまでは、東金堂院の規模は南北約110メートル、東西約50メートルと考えられていたのが、なんと、東西100メートルにもなるのが確実だそうです。

東金堂と五重塔のほかにも建物があった可能性も浮上したというわけです。ずいぶん広かったんですね~


当日資料より東金堂院の年表

22105年表


お天気が良すぎたうえ、木立の下になるのでうまく撮れていません。こちらも資料から。

221015資料から4ページ
↑クリックで大きくなります。上の年表も。


そうそう、明らかに焼けている土がみられました。南都焼き討ちかなあ。

221015焼土


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Posted on 2022/10/16 Sun. 22:26 [edit]

category: 発掘情報・古墳

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