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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

死別 

7月16日は母の命日。
13年前、夜中に1人で看取り、1日おいた18日が告別式となった。その日は弟の、翌日は娘の誕生日という不思議。
母の出産(待望の男子)と、そしてワタクシ自身が初めて母親となった日を、母の死と連なるものとして思い出さずにはいられない。母から大事なメッセージを受け取っているような気もする。

偶然にも6月30日の「かぎろひ文章教室」は「死別」という随筆をもとにしたテーマだった。

210630文章教室


書き手の、これまでにあってきた死別がたんたんと綴られている。
全文はこちらから⇒

センセは「死」とは、「かたち」が変わっただけ、という話をした。生きている人間が間仕切りしているのだと。形から心への回帰。約1時間ほど、そんな話が展開されたのだが、ここでは詳しく書けない。

ワタクシは辻邦生の短編小説を思い出していた。

主人公は結婚して5年目の秋に最愛の妻を交通事故で亡くす。
…いまこそ、彼女は永遠に姿をかくして、そのかわり、夏の青空や、鳥たちの囀りや、花の香りや、大都会の雑踏となって、現前しているのではなかったろうか。それは嘆きの調べにつらぬかれてはいたけれど、永遠に変らぬ歌となって、あの眼に見えぬ竪琴の音とともに、野や山に聞えているのではなかったか。

秋の初めの谷間をまた明日になったら歩きはじめよう。灰褐色に渇いた岩尾根の向うから、群青の空を渡ってゆく淡い雲は、夏のころとほとんど変りないが、それでも雲母色の翳りがかすかに感じられるだろう。妻をこの谷間に連れてくることができたら、どんなにか喜んで、初秋の花々を集めてテーブルの上を飾ったことだろうと思う。しかし私にとっては、彼女がいないことは、全ての物の中に彼女が偏在しているということに他ならなかった。明日の朝も明るい風が吹きぬける牧草地の入口を、彼女が、若いときのままの姿で、のぼってゆくのに出会うことだろう。私は一冊の狼の本をかかえて、渓流に沿って歩いてゆく。牧草地を一面に見渡せる場所で、それを開き、写真や記録や記事を読んでゆく。風が吹き、やわらかな午前の日が射し、時がゆっくり移ってゆく。そのとき狼の本は突然詩の本となり、そこに早い落葉が散りかかってくるだろう。私はその一枚をとり、しおりにして家にかえる。夜、ランプの光にその落葉をすかしてみると、赤い葉脈の描く世界のなかに、私は懐かしい人の手の指を見るだろう。それは物をすくうような恰好をして、じっと何ものかを支えている。私はその中に支えられたものを、ついに見ることはできないだろうけれど、それが一夏の至福にみちた時間であることを、なぜか、はっきりと理解するのだ。…
(辻邦生著『円形劇場から』より抜粋)

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Posted on 2021/07/16 Fri. 10:46 [edit]

category: 辻邦生

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