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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

12月3日秋季最終回ご案内②御陵、お墓、古墳 

12月3日に実施する「かぎろひ歴史探訪」案内その②は、コース上にある古墳やお墓について。

まずは、祟道天皇八島陵。
前回紹介した最後の風景(⇒)から北へ道を下ると見えてきます。

201126八島陵

4年前、北山の辺の道を歩いた時にも通りましたので、その時の記事を借ります(笑)
祟道天皇とは、早良親王(桓武天皇の同母弟)のこと。長岡京造営にまつわる藤原種継暗殺事件の首謀者として逮捕され、乙訓寺に幽閉。淡路に移送される途中、絶食、そして亡くなります。淡路に埋葬。
その後、皇太子となった安殿(あて)親王(平城天皇)の発病、桓武天皇妃や生母の病死が続き、早良親王の祟りであるとされたのでした。鎮魂の儀式が執り行われ、「祟道天皇」の号をおくるのですが、なお疫病の流行、洪水など災厄が相次ぎ、怨霊によるものだと信じられました。そうして、ここ大和の地に改葬して、手厚く葬られたということです。
早良親王の御魂をしずめるために、各地に祟道天皇社が建てられています。


事件一連の経過は『続日本紀』ではなくて、『日本紀略』によるものだとか。
そして、
長くなりそうなので、改めて、取りあげてみたいと思ってしまいました。オモシロイ! (などと言っていいのか^^; 祟られませんように)

などと書いているけど、それっきりでした^^;

201126八島陵3


早良親王がらみの言い伝えがある八島陵前石室古墳

201126八島陵2


時代はかなり下りますが、今回の大きなテーマでもある北浦定政さんのお墓

201126北浦定政墓所

江戸末期から明治にかけて、山陵調査をはじめ、平城京や条理について研究。後の宮跡保存の端緒になったとされます。もっと顕彰しないといけませんね。


今度は時代をさかのぼりますが、古墳もいくつか。

最初に出合うのは、帯解狐塚古墳。
いや、普通に歩いていてはわからないのですが、Hさんのおかげで行きつくことができました。

201126帯解狐塚古墳2

近づいて初めて、石室が確認できました。

201126帯解狐塚古墳4


あとは、外観を見るだけですが、古市方形墳

201126古市方形墳


説明がありました。

201126古市方形墳説明


護国神社前池中古墳にはあ然

201126護国神社前池中古墳
↑周りにソーラーパネルが張り巡らされていましたよ。中央が古墳のようです。

201126護国神社前池中古墳2


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Posted on 2020/11/28 Sat. 22:07 [edit]

category: かぎろひ歴史探訪

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