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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

報恩寺の阿弥陀さま 

「かぎろひ歴史探訪」第13期(2019秋の部)最終回を明日5日(木)にひかえ、やっと準備整いましたー。

191204資料
↑乱雑を極める机の上で、そそくさと撮ったら、蛍光灯が反射していました(笑)


明日のコースについて、下見歩きのご報告(→)が中途半端に終わっていましたので、その後の朗報を。

実は、桜井市外山(とび)区にある報恩寺さんのご本尊(阿弥陀如来坐像)を拝観させていただけることになりました!

このコースのストーリーにとっては欠かせない仏様なのです。
もとは粟原寺にいらっしゃったと伝えられています(いわゆる粟原流れ)。

平成23年に、奈良国立博物館で本格的な修理をされて、平成27年(2015)に戻られました。
本堂を建て替えて、お迎えされたのでした。

外山区の皆さんが尽力されたとお聞きしています。

修理をされた後、しばらく奈良博仏像館に展示されていましたので、何度も拝観する機会に恵まれました。

191204阿弥陀如来像
↑『奈良国立博物館だより』第82号より

『奈良国立博物館だより』から抜粋してみます。
像は顕著な定朝様を示す。定朝様とは、平安時代半ばに現れた仏師定朝の確立した様式をいい、代表作に宇治・平等院鳳凰堂の本尊阿弥陀如来坐像(国宝)がある。肉身の抑揚をおさえ、着衣のひだを浅く整えた、平明で優美な作風を基調とし、その後200年間、日本の仏像の主流様式として定着した。定朝様に基づく作例は全国に多数見られるが、主要な作例は京都を中心に残されており、大和の地に大像は少ない。


そう、像高2m余り(218.8m)、大きな仏様なんです。
どこかあどけなさを残す面差しややわらかい雰囲気にひかれます。

『奈良国立博物館だより』では、定朝様が形式化する以前の初期の様相が認められるとあります。そして、その大きさとともに今後注目を集めるだろう、と。


5年半ぶりに報恩寺に戻られた日(2015.10.1)の映像をYou Tubeで見ることができます。
地域の方が敬虔にお迎えされる様子に胸があつくなります。⇒


というわけで、今回のコースは最初に配布したのとちょっと変わりまして、赤坂天王山古墳から、忍阪方面へ下ります。

粟原web


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Posted on 2019/12/04 Wed. 14:29 [edit]

category: かぎろひ歴史探訪

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