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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

ラッキョウ騒動 

ラッキョウはお好きですか?

ワタクシ、好き嫌いはほとんどないのですが、なぜかラッキョウだけは苦手。同じ仲間のような、ニンニク、ネギ、ニラは好きなんですけどね。ラッキョウ、ノビルはいけません^^;

味が好きとか嫌いとかいう以前の問題で、今では、身体に合わないのではと信じるに至っているほど。
食べると胸がムカムカして、気分が悪くなり、吐いたことも。若い頃、もしかしたらニンシン? と青ざめたことも(笑。ケッコン以前の話^^;)

というわけで、数十年は食したことがないのです。ラッキョウさんには申しわけないのですが、できるなら永遠に忘れていたいかも。


いつだったか、「かぎろひ歴史探訪」の反省会の二次会でしたかね、なじみの立ち飲みでワイワイやっているときに、ラッキョウの話題になりまして。

驚くことには、苦手な人が意外に多かったんですよ。6人のうち、好き派と嫌い派が3:3に!
そのうちに、知らない人にまで声をかけ始めると、これも半々ぐらいだったカナ? 

ラッキョウっていう名前もなんか妙ですよね。
結局、Yさんが「センセに調べてもらいましょ」というようなことでお開きになったのでした。

1906-ラッキョウ

↑個人的には写真を見ただけでアカン^^;


龍センセは、調べましたとも。何度も図書館へ通って、時間も費やしたようですが、だんだんおもしろくなったそうです。
成果は随筆になって結実しています。そのままご披露したらいいのですが、ちょっと長いし、難しい書名もたくさん出てきますので、まとめてみました。ワタクシは原典にはあたっておりません。センセの文章の引用となりますのでご了承ください。ただし、読み仮名と詳しい編纂年はネットで調べて付け加えました。


『新撰字鏡しんせんじきょう平安時代の昌泰年間(898年~901年)に編纂されたと伝わる。現存する漢和辞典としては最古

『本草和名ほんぞうわみょう(延喜年間の918年編纂)現存する日本最古の薬物辞典

上記2つには、「薤」があり、いずれも奈女彌良(なめみら)、於保美良(おほみら)と読んでいる


『倭名類聚抄わみょうるいじゅうしょう(和名抄)平安時代中期、 承平年間(931年 - 938)の編纂
『本草和名』を引用、奈女彌良と読む

『類聚名義抄るいじゅみょうぎしょう平安時代後期の11世紀末から12世紀に成立。漢字を引くための辞書(字書)
オホミラやナメミラに混じってニラが登場

『日葡にっぽ辞書』(江戸時代の1603年~1604年、日本語をポルトガル語に訳した辞書)ポルトガルの宣教師たちが作成
Racqioという見出し語はあるが、煩わしいことがなくなり、解放された状態で居ること、とあり、日本語で書くと「楽居」。
「ラッキョウ」の項目は無いが、NiraやNinnicu、ニラ、ニンニクはある


『本朝食鑑ほんちょうしょっかん(元禄10年=1697年頃、食べ物事典)
羅津岐與(ラツキヨ)

『農業全書』(元禄10年=1697)
らつけう


『書言字考節用集しょげんじこうせつようしゅう(江戸時代の元禄11年=1698)
「薤」にラツキヨウ、ヤブニラと振り仮名

『和漢三才圖会わかんさんさいずえ』(江戸時代中期の正徳2年(1712年)成立)
匂いのある草をいう葷草の欄に「薤」があり、「おふにら」と訓み仮名がつく。
次の項目「水晶葱」に「らつきよ」とある

『古事類苑こじるいえん(明治時代)…明治政府により編纂された百科事典。古代から1867年(慶応3年)までの様々な文献から引用した例証を分野別に編纂。
その植物部、草の項に「薤」


『日本国語大辞典』(1972年~1976年、小学館)
ラッキョウに漢字の辣韮、辣韭、薤をあてる

『大漢和辞典』(初版1955-1960、大修館書店)
辣韮、辣薤。辣薑があり、皆ラツキヤウと読みがつく。
次の見出し語「辣根」は、わさび、山葵。
次の「辣菜」には、禅家にて漬物をいふとある

『広辞苑』
ユリ科ネギ属の多年生作物。中国原産。日本でも古くから栽培。葉は細く、秋に花茎を出し、その先に球状に集まった紫色の小花をつける。冬を越して、初夏に地下に生ずる白色の短紡錘形の鱗形は一種の臭気を有し、漬けて食用とする。オオニラ。サトニラ。


以上の記録をみると、中国に起源をもち、平安時代に日本に伝わったときには、「なめみら」「おほみら」「にら」と呼ばれていたようですね。「ラッキョウ」という言葉が登場するのは、それから約800年も経った1700年頃。
ラッキョウという言葉を流行らせた、言い出しっぺは誰?

龍センセは、犯人(?)を禅宗のお坊さんとみています。
江戸時代になって、お坊さん仲間で使っていた読み方が外へ出て、一般にも広がっていったのではと、「二上山」の読み方を例に挙げて推測します。もとは「ふたがみやま」と呼ばれていたのですが、当時インテリだったお坊さんたちが「ニジョウザン」と音読みしたのです。本居宣長さんは、そんな風潮をけしからんと怒っています。

随筆「ラッキョウ騒動」を詳しくお読みになりたい方は「ひとり同人誌」でどうぞ⇒


「ひとり同人誌」のサイトをずっと放ったらかしにしていて、3年ぶりに更新しました^^;
田中龍夫「ひとり同人誌」はすでに9号。ご興味のある方はご一報ください。





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Posted on 2019/08/03 Sat. 11:50 [edit]

category: こんな品

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