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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

在原業平 供養塔 

不退寺の墓地に、在原業平の供養塔があることを、近くにお住まいの“な”さんに教えていただいてから、数か月も経って、やっと行ってきました。

先日、不退寺の紅葉をアップしましたが(→)、実は第一目的がこの供養塔だったのです。

不退寺の山門前を西へ

161122不退寺西から


道なりに北へ進むと、右手に墓地が見えてきます。

161122墓地へ


階段を上ると、すぐにわかりました。左手正面に、ひときわ大きな五輪塔。あ、これやな!

161122五輪塔


近づいてみましょう。

161122五輪塔2


前の花筒に文字が刻まれていました。

161122伝在原業平

伝 在原業平朝臣
元慶四年五月二十八日 五十六
南都 不退寺

業平が没したと伝えられる年月日と年齢のようですが、刻まれたのは新しいと思われますね。

161122五輪塔3


それから墓地の中をウロウロ(ゴメンナサイm(__)m)
墓地は、古い石仏や石碑などの宝庫よね、と感じることが多いものですからね。

この墓地にもたくさん

161122石仏


それで思い出したのが、一条通りにあったセンダンの巨樹のこと。樹齢1000年ともいわれるセンダンは野神さんとして信仰されていたのですが、枯死。

センダンの木が枯死したとき、その頃、一条高校の先生をされていた猪股靜彌先生が、センダンが敷地内にあった中村さんに保存を懇願され、中村さんが聞き入れらました。

おかげで、今も、センダンの幹は残されて、木のウロの中には五輪塔がまつられています。

161122センダン


故・猪股靜彌先生は『野に遊び 人に学ぶ』という本の中で「一条高校の野神さん」というエッセーを書かれています。
本が出版されたとき、このブログでもちょっと紹介したことがあるのですが(→)、野神さんの文章には触れませんでしたので、ここで一部を抜粋させていただきたいと思います。

・・・
一条高校前のセンダンは根まわりの径が2メートル余り。樹齢千年を超えているのではあるまいか。・・・
9月1日。二学期の始業式。式後、生徒は帰宅、またクラブ活動。教職員は午後5時まで勤務。校門を出たわたしは、センダンの根方に向かって祈りを捧げる一人の婦人を見た。センダンの根方には刃の光る鎌が立てかけられている。一心に何か呪文をとなえている。祈りの終わった婦人に、祈りのことを聞いた。
「野神さんに、大風が吹かぬこと。出水で稲が倒れないことを祈った。鎌は風切りの霊力がある」という返事をいただいた。わたしは瑞穂の国の農民が、神社の神でもなく、寺院の仏でもなく辻の野神に秋の豊作を祈念する敬虔な真実の姿にめぐり会ったのであった。
後、数年にして神のセンダンは枯死。野神が敷地内の中村洋服店は、店を拡大し再建するという。私は中村さんに野神さんの保存を懇願した。中村さんは根方の野仏、石地蔵を近くの不退寺の本堂裏に祭ってもらい、センダンに覆い屋根を立て、前に祭壇とかこいの柵を造ってくださっている。
・・・


先日たまたまお会いした中村さんにお話を聞くことができました。
根方のたくさんの石仏はたしかに不退寺さんに引き取っていただきましたが、それをどこにまつられたかまでは確認できていないということでした。

で、ふと、墓地にあるたくさんの石仏たちはもしかしたら、センダンのところにまつられていたものかなあと思ったのでした。

話がだいぶ違う方向へそれてしまいました^^;

業平さんゆかりの地はあちこちにあると思われます。
なむさいじょうさんが追っかけていらっしゃいますので、ご参考に→


墓地でしばらく西の景色を眺めていました。

161122墓地から

↑右手にウワナベ古墳、正面は生駒山。大極殿も見えますね。
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Posted on 2016/11/30 Wed. 10:55 [edit]

category: 大和の寺社

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コメント

五輪塔 


なむ隊長^^ゞ

こんばんは! コメントありがとうございます。

墓地にある五輪塔の前の文字が比較的新しそうなので、うーん、ちょっとこじつけたかなというキライもなきにしもあらず、ですよね。
清盛公の石塔がこれだったらオモシロイぞ、と私も想像をふくらませていました(笑)。

業平シリーズ、楽しみにしています。

URL | かぎろひ #QyAQ.u3g | 2016/11/30 21:42 | edit

 

この五輪塔を最初に見たとき、案内板なども無いので、在原業平の供養塔かどうか判断がつきませんでしたが、
花筒に文字が刻まれていなかったら、確証を持てなかったと思います。
たしかにこの墓地に、センダンの根元にあったという石仏たちが混じっているのかもしれませんね。
吉川聡先生の論文にある、「平清盛公□□□□」の石塔がどれなのか、興味は尽きません。
平重衡との関係もありそうな気がしますね。

野神さんのお話し、いいお話しですね。

あ、弊ブログの業平シリーズをリンクしていただき、ありがとうございます。

URL | なむさいじょう #ooZtpPpw | 2016/11/30 21:15 | edit

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