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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

重源さん、公慶さんのお墓参り 

「お水取り」(東大寺二月堂修二会)本行のまっただ中。
実忠和尚が天平勝宝4年(752)に始めて以来、一度たりとも断絶はなく、今年で1262回目!

治承4年(1180)、平重衡の焼き討ちで、永禄10年(1567)には松永久秀により、中心伽藍のほとんどを失ったとき、僧侶たちはどんな気持ちでこの法会にのぞんだのでしょうか。かろうじて難を逃れた二月堂からの眺めは…想像を絶するものがあります。

東大寺を復興に導いたお二人、重源上人様と公慶上人様に感謝の祈りを捧げるべく、お墓参りに行ってきました。

っというほどの殊勝な気持ちではなく(すみません;)、近々、県外からいらっしゃる方をご案内することになるかもしれないので、下見というわけです。重源さんに至っては、久しい間お参りしていませんので、確認、確認。



↑重源上人(左)と公慶上人(奈良博図録より)


3月2日、フルコトさんに納品(→icon52)させていただいた後のことです。


五劫院にある、公慶さんと弟子の公盛(右)さんの五輪塔



公慶さんは修二会の練行衆として18回参籠しているとか。
初参籠は19歳。2度目の参籠中に二月堂が炎上したと言います。

公慶さんを東大寺復興にかりたてたのは、こういう経験も大きかったのかもしれませんね。


五劫院を後に、三笠霊園へ。
ここは、大伴氏の氏寺、伴寺跡。

重源上人の五輪塔




奈良市街を見下ろす高台にあります。後方から。




※重源さん、公慶さんについては、東大寺のHPでご参照ください。
鎌倉期再建ー重源上人の働きー→こちら
江戸期再興ー公慶上人の活躍ー→こちら




墓地はさみしい反面、意外に、にぎやかな感じもあります。

←いい表情のお地蔵さんがいらっしゃったりするのよね。

誰もいない広大な墓地の中を、ちょっと失礼してウロウロ。















わぁ、嶋左近のお墓が、ここにあったとは!



←石柱は平成4年、五劫院さんが建てられたようです。






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Posted on 2013/03/05 Tue. 01:25 [edit]

category: 大和の寺社

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コメント

 

なららさん
こんばんは!
五劫院さんが建ててくださった石柱がなければ、嶋左近のお墓はまずわからないでしょうね。
五劫院さんに感謝です。
その近くの土門家とあるのは、古田織部と親交のあった松屋一族のお墓だと聞いていますが。
また、散歩がてらお参りしたいと思います。

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2013/03/06 21:56 | edit

 

なむ隊長ゞ
こんばんは!
今日は例のお水取りイベントの日で、朝からバタバタ。
当初は、走りの行法までいようかと思っていたのですが、会計担当につき預かりの大金がズシリ。コワイのですぐに引き上げてきました^^;
あら、3月3日に公慶さん! 1日違いでしたね。
今日は西山先生のお話を聞いたのですが、お顔が公慶さんに似てるような気がしてなりません。

URL | かぎろひ #79D/WHSg | 2013/03/06 21:49 | edit

 

おはようございます
島左近のお墓におまいりしたいと永年思っていますが、
探しきれなかったら失礼だな・・と思っていました。
かぎろひさんのに教えていただいて、嬉しいです。
暖かくなったらお参りさせていただくかも。。

URL | ならら #79D/WHSg | 2013/03/06 06:12 | edit

 

こんばんは!
3月3日、二月堂に向かう前に、実はワタクシも公慶さんのお墓参りに行ったのですよ。
公慶さんは焼失前と再建後の2つの二月堂を見ているのですね。

URL | なむさいじょう #79D/WHSg | 2013/03/06 01:39 | edit

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