かぎろひNOW
悠久の奈良大和路を一歩ずつ 風景、もの、人…との出会いを楽しみながら
背教者ユリアヌス
7月もあとわずか。。。
1年のうちでも、もの思いにふけることが多い月である。
大事な人の命日が続くのもその一因だろう。
母が2年半の闘病の後逝ったのは、7月16日になって間もない真夜中だった。深夜1人で看取った。もう8年も前になる。
大好きな作家、辻邦生さんが急逝したのも7月。小学生の娘たちを連れて鳥取へ海水浴に行き、帰宅してから新聞で訃報を知った。1999年7月29日。

17回目の辻さんの命日に、辻さんのことを書こう。
午後から、やりかけの仕事を放ったらかしたまま、辻ワールドに没頭。
辻さんからの大切な手紙も久しぶりに見る。自筆のおたよりはやっぱりいいね。もういただくことは絶対に叶わないと思うと、奇跡的なご縁に胸が熱くなる。
手元に、辻さん直筆のはがきが5枚。手紙が1通。

はがきはこれまでに紹介したと思うが、手紙は初公開。
鳩居堂の便せん4枚にびっしり書かれてあって、うれしさよりも申しわけない気持ちがわき起こる。

辻さんは必ずお返事をくださったので、多忙な作家の手をわずらわせてはならないと、おたよりは控えていた。
当時、ちょっと気持ちが滅入ることがあって、その事柄には触れずにお手紙を書いたのだった。さとられないように、努めて明るく書いたつもりだったのに、看破されていてドキリ。
辻さんのお手紙公開~
拝復 「かぎろいの大和路」とお手紙ありがとう存じました。
何となく元気のないような文面でしたから すぐお返事をと思いましたが ちょうど入学試験にぶつかり 採点と立ち番とでまるまる四日も拘束され こんなに遅くなってしまいました。
お手紙をいただいてからまた一度大雪が降りました。東京で一冬にこんなに雪の降ることは珍しいですね。実はいつか京都に雪見にいって 一度は三千院、もう一度は銀閣寺を訪ね あまりの美しさに息もつけないほどでした。
奈良の雪景色もきっとすばらしいでしょうね。そんな中を飛びまわっていらっしゃるあなたが羨ましい限りです。
でも毎日すばらしいものに囲まれておられると、ぼくらが思うほど痛切にそれが感じられなくなるのでしょうか。あなたはそんなことはないと思いますが。
(中略)
最近は ぼくも昔のようにいくら書いても疲れないというほど若くなくなりました。
年をとったという実感はありませんが 無茶はしないようにしています。ただ日々 私的な高揚感を生きなければ せっかくの「生」がもったいないので それこそ聖フランシスのように太陽の前に跪くような気持でおります。あなたから雑誌や手紙をいただくことだって ぼくにとっては何か奇跡的な喜びで嬉しさが胸に満ちます。あなたがお元気だといっそう幸せになります。
落ち込みそうなとき もしそれがお役に立つなら いつでもお便りをお書き下さい。
(略)
いつかきっとあなたに奈良を案内していただきたく それが楽しい夢としてあります。
今日の東京は大雪を忘れたような早春の明るい陽ざしです。
どうか春にむかっていっそうお元気でご活躍ください。
(消印は1984.2.22)
膨大な辻作品に一貫して流れるテーマがこの手紙にもあると思う。
小説の舞台が西洋でも日本でも、現代でも古代でも、それは同じ。
昨年、久しぶりに『背教者ユリアヌス』を再読した。
4世紀のローマ帝国、キリスト教が公認されるなかで、ユリアヌスはかつての多神教時代の神々への信仰を復活させ「背教者」と言われた。と書くと、時代も場所もはるかに離れている、そんな本がおもしろいかと思われるかもしれないが、場所や時を超え感動を呼び起こすものがあるのだ。
中公文庫で(上)(中)(下)と出ているし

歴史小説集成にも3巻に所収

信長を取りあげた『安土往還記』、本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉素庵の独白のかたちで進む『嵯峨野明月記』、江戸時代初期の、長崎奉行通辞と混血の美少女の物語『天草の雅歌』。谷崎純一郎賞を受けた『西行花伝』などなど、日本に材をとった歴史小説も多いが、いずれも歴史上の人物を書くというよりも、その姿を借りて、生き方を問う。それは、はるか昔の話ではなくて、今を生きる読み手の心をぐいぐいと引き込むのだ。
著者の言葉を借りよう。
たとえば私が『背教者ユリアヌス』を書こうと思ったのは、古代異教世界の崩壊期に、運命の偶然から、たまたま皇帝となった学問好きの青年が、時代の潮流にさからって、もう一度古代の叡智の支配する世界を実現しようと努める姿のなかに、現代の知識人の姿勢と、どこか似たものを感じたからである。いわば地中海世界の崩壊という鏡にうつしてみて、現代の複雑多様な歴史の展観の全貌を、包括的に、つかむことはできまいか、と考えたからである。
作者にとっては、直感的にとらえたある想念があり、それが、何か可視的な姿をとって外に現れることを求めていたのだ。そしてこの場合にも、小説家の心をそそるのは、歴史家とちがって、「ロマネスクな部分」、つまり皇帝ユリアヌスの姿を借りて架空に作者の心に抱かれた人物の「夢想、喜悦、悲哀、自己との対話など」である。まさしくこのようなものの展開を、眼に見えるものにするために、さまざまな出来事が史実から借用されたり、架空につくられたりする。
(辻邦生歴史小説集成第十二巻 歴史小説論「歴史小説の地平」より)
辻邦生歴史小説集成全十二巻(岩波書店)は、装丁も素敵。
帙(ちつ)から取り出すと現れる本は、濃い緑の布張り。手触りがよくて読書の楽しみの1つだと感じる。

過日、西山厚先生の著書『語りだす奈良』にサインをいただいた(→★)直後、先生にご連絡しなければならない所用ができた。
メールの初めに、サインのお礼を申し上げ、目前でサインをいただいたのは、30年ほど前の辻邦生さん以来です。
なーんて書いてしまった・・・
西山先生のお返事
辻邦生さんにお会いしたとき、
「先生が《背教者ユリアヌス》をお書きになったことに感謝しています」
と言ったら、辻邦生さんは私をじっと見て、
「あなたとはまたどこかでお会いするような気がする」と言われました。
その瞬間、どこかって浄土のことかな‥と思ったのですが、
それからしばらくして辻邦生さんは亡くなりました。
おふたりの対談を聞きたかった。
1年のうちでも、もの思いにふけることが多い月である。
大事な人の命日が続くのもその一因だろう。
母が2年半の闘病の後逝ったのは、7月16日になって間もない真夜中だった。深夜1人で看取った。もう8年も前になる。
大好きな作家、辻邦生さんが急逝したのも7月。小学生の娘たちを連れて鳥取へ海水浴に行き、帰宅してから新聞で訃報を知った。1999年7月29日。

17回目の辻さんの命日に、辻さんのことを書こう。
午後から、やりかけの仕事を放ったらかしたまま、辻ワールドに没頭。
辻さんからの大切な手紙も久しぶりに見る。自筆のおたよりはやっぱりいいね。もういただくことは絶対に叶わないと思うと、奇跡的なご縁に胸が熱くなる。
手元に、辻さん直筆のはがきが5枚。手紙が1通。

はがきはこれまでに紹介したと思うが、手紙は初公開。
鳩居堂の便せん4枚にびっしり書かれてあって、うれしさよりも申しわけない気持ちがわき起こる。

辻さんは必ずお返事をくださったので、多忙な作家の手をわずらわせてはならないと、おたよりは控えていた。
当時、ちょっと気持ちが滅入ることがあって、その事柄には触れずにお手紙を書いたのだった。さとられないように、努めて明るく書いたつもりだったのに、看破されていてドキリ。
辻さんのお手紙公開~
拝復 「かぎろいの大和路」とお手紙ありがとう存じました。
何となく元気のないような文面でしたから すぐお返事をと思いましたが ちょうど入学試験にぶつかり 採点と立ち番とでまるまる四日も拘束され こんなに遅くなってしまいました。
お手紙をいただいてからまた一度大雪が降りました。東京で一冬にこんなに雪の降ることは珍しいですね。実はいつか京都に雪見にいって 一度は三千院、もう一度は銀閣寺を訪ね あまりの美しさに息もつけないほどでした。
奈良の雪景色もきっとすばらしいでしょうね。そんな中を飛びまわっていらっしゃるあなたが羨ましい限りです。
でも毎日すばらしいものに囲まれておられると、ぼくらが思うほど痛切にそれが感じられなくなるのでしょうか。あなたはそんなことはないと思いますが。
(中略)
最近は ぼくも昔のようにいくら書いても疲れないというほど若くなくなりました。
年をとったという実感はありませんが 無茶はしないようにしています。ただ日々 私的な高揚感を生きなければ せっかくの「生」がもったいないので それこそ聖フランシスのように太陽の前に跪くような気持でおります。あなたから雑誌や手紙をいただくことだって ぼくにとっては何か奇跡的な喜びで嬉しさが胸に満ちます。あなたがお元気だといっそう幸せになります。
落ち込みそうなとき もしそれがお役に立つなら いつでもお便りをお書き下さい。
(略)
いつかきっとあなたに奈良を案内していただきたく それが楽しい夢としてあります。
今日の東京は大雪を忘れたような早春の明るい陽ざしです。
どうか春にむかっていっそうお元気でご活躍ください。
(消印は1984.2.22)
膨大な辻作品に一貫して流れるテーマがこの手紙にもあると思う。
小説の舞台が西洋でも日本でも、現代でも古代でも、それは同じ。
昨年、久しぶりに『背教者ユリアヌス』を再読した。
4世紀のローマ帝国、キリスト教が公認されるなかで、ユリアヌスはかつての多神教時代の神々への信仰を復活させ「背教者」と言われた。と書くと、時代も場所もはるかに離れている、そんな本がおもしろいかと思われるかもしれないが、場所や時を超え感動を呼び起こすものがあるのだ。
中公文庫で(上)(中)(下)と出ているし

歴史小説集成にも3巻に所収

信長を取りあげた『安土往還記』、本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉素庵の独白のかたちで進む『嵯峨野明月記』、江戸時代初期の、長崎奉行通辞と混血の美少女の物語『天草の雅歌』。谷崎純一郎賞を受けた『西行花伝』などなど、日本に材をとった歴史小説も多いが、いずれも歴史上の人物を書くというよりも、その姿を借りて、生き方を問う。それは、はるか昔の話ではなくて、今を生きる読み手の心をぐいぐいと引き込むのだ。
著者の言葉を借りよう。
たとえば私が『背教者ユリアヌス』を書こうと思ったのは、古代異教世界の崩壊期に、運命の偶然から、たまたま皇帝となった学問好きの青年が、時代の潮流にさからって、もう一度古代の叡智の支配する世界を実現しようと努める姿のなかに、現代の知識人の姿勢と、どこか似たものを感じたからである。いわば地中海世界の崩壊という鏡にうつしてみて、現代の複雑多様な歴史の展観の全貌を、包括的に、つかむことはできまいか、と考えたからである。
作者にとっては、直感的にとらえたある想念があり、それが、何か可視的な姿をとって外に現れることを求めていたのだ。そしてこの場合にも、小説家の心をそそるのは、歴史家とちがって、「ロマネスクな部分」、つまり皇帝ユリアヌスの姿を借りて架空に作者の心に抱かれた人物の「夢想、喜悦、悲哀、自己との対話など」である。まさしくこのようなものの展開を、眼に見えるものにするために、さまざまな出来事が史実から借用されたり、架空につくられたりする。
(辻邦生歴史小説集成第十二巻 歴史小説論「歴史小説の地平」より)
辻邦生歴史小説集成全十二巻(岩波書店)は、装丁も素敵。
帙(ちつ)から取り出すと現れる本は、濃い緑の布張り。手触りがよくて読書の楽しみの1つだと感じる。

過日、西山厚先生の著書『語りだす奈良』にサインをいただいた(→★)直後、先生にご連絡しなければならない所用ができた。
メールの初めに、サインのお礼を申し上げ、目前でサインをいただいたのは、30年ほど前の辻邦生さん以来です。
なーんて書いてしまった・・・
西山先生のお返事
辻邦生さんにお会いしたとき、
「先生が《背教者ユリアヌス》をお書きになったことに感謝しています」
と言ったら、辻邦生さんは私をじっと見て、
「あなたとはまたどこかでお会いするような気がする」と言われました。
その瞬間、どこかって浄土のことかな‥と思ったのですが、
それからしばらくして辻邦生さんは亡くなりました。
おふたりの対談を聞きたかった。
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