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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

唐笠山の十一面観音 

発掘調査の現地説明会に行く日は、ついでに周辺をぶらぶらするのも楽しみのひとつ。
でも、漠然と考えているだけで、細かい計画を練っていくわけではありませーん。ま、当日そのときの気分にまかせようっ、と地図だけリュックに放りこんで、何ともええかげんなんですが^^;  過去、想定外のできごとがいっぱいあって、それが楽しかったりするものですからね。

8月23日も、中西遺跡の現地説明会(→)で、リンネさん、kikkoさんにバッタリ出会ったところから思いがけない展開となったのでした。少し時間がずれていたら会えていなかったはずだし、ものすごい人出だったら、わからなかったでしょうし。
そして、御歳神社の「サロン&カフェ みとしの森」が臨時休業でなければ、また違う展開だったなぁ、といろいろ想像するのもオモシロくて。

大穴持神社へお参り(→)した後、頂上をめざすことに。
山を知悉されているリンネさんの案内があればこそ。ですが、山の上に磐座があり、十一面観音さんがいらっしゃるということを知ったら、たとえリンネさんがいなくても、向かわずにはいられなかったような・・(笑)。

15.8.23唐笠山

道があるような、ないような、ロープの張られた急坂ありの、面白さ^^; だったのですが、たかだか322mのお山なので、すぐに磐座にたどりつきました。

15.8.23磐座

削られたようなシャープな磐の上方に、十一面さんとおぼしきお姿が!
下から拝するつもりだったのですが、目の前まで行けるというではありませんか。
よく見ると、磐には、登りやすように足が乗せられる窪みがつけられているのでした。
それとも、時代を越えて、数知れない人が観音さまを拝そうと磐をよじ登った結果、いつしかそこに窪みができたのでしょうか。


そうして正面へ。
感動しすぎて、手を合わせるのも忘れていたかも^^;

15.8.2311面観音2

想像していた磨崖仏ではなく、嵌め込まれたような感じ。
リンネさんによると、室町末期のものらしい。→

長年の風雨にさらされながらも、さほど摩滅していず、しっかりとした表情なのは、磐からちょっと奥まったところにお祀りされているせいかもしれませんね。


山の上から、吉野方面の眺望バツグン!

15.8.23眺望


ここでお昼ご飯。
急遽コンビニで調達してきたものとはいえ、さわやかな初秋の風に吹かれながら山の上でいただくのは、格別ナリ~
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Posted on 2015/08/29 Sat. 12:06 [edit]

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コメント

船路について 

円亀山人さん
こんばんは! コメントありがとうございます。

船宿寺の名前については、寺伝では行基菩薩が夢枕に立った老人に教えられて、船の形をした岩の上で修行、薬師如来をまつるお堂を建ててそのように号したとか。

船路は、大昔に奈良盆地が海だったことに由来するような話もありますが、「かぎろひ歴史探訪」では次の説をとりました。・

船宿寺の門前で、吉野への道と、風の森峠を越える紀路(高野街道)とに分岐。『古事記』のイザナミ・イザナギ神話に出てくる「岐神」を「布那斗能加微(ふなどのかみ)」と読ませている。さらに「此、本の号は来名戸(くなど)の神」と説明。災厄がこれ以上「来るな」と遮る「サエの神」の意味。今見る「道祖神」がこれで、道の分岐点にまつられる。
船宿寺の門前が、その分岐点で「フナド」。「フナド」が「フナロ」と音変化。これに漢字「船路」を当て、「フナジ」の読みになったというもの。道祖王はフナドオウと読む。

URL | かぎろひ #QyAQ.u3g | 2015/08/30 21:12 | edit

奥が深い 

「シャープ」の形容は「十一面さんとおぼしき」にも通用しますね。
大和路の奥深さに驚いてまーす。
それにしても、なぜ「船宿」や「船路」など海を思わす固有名詞が残っているの
でしょうか。
御所のうすにごり、甘口にして腰の据わった旨味は夏の冷酒にピッタリでした。
感謝。
娘持参の山形特別銀住吉(特別純米樽酒)の極辛口と対照的。
常温で最高の味わいでした。機会があればお試しください。超お勧め!!

URL | 円亀山人 #- | 2015/08/30 15:54 | edit

お世話になりました 

リンネさん

おはようございます。
おかげさまで、念願の唐笠山に登り、十一面さんも拝することができていい日になりました。

朝町鉱山の名前は聞いていましたが、今も跡が残っているのですね。
行基さんの話、案外ほんとうのような気もします。

URL | かぎろひ #QyAQ.u3g | 2015/08/30 08:13 | edit

唐笠山 

こんばんは
リンクありがとうございます。

唐笠山から御歳神社間には、磐座とおぼしき磐が点在しています。

唐笠山のあるところは、御所市の朝町ですが麻町からとか大穴持神社からアナモチ→アナマチから転じて朝町の字に当てた説があります。

あの辺りは、朝町鉱山があったところで山中に鉱山跡の「穴」があります。
鉱山の鉱脈は、船宿寺の船路・五百家まで続いていたというから行基さんは、鉱脈を知っていてあそこに船宿寺を建てたのかも (笑)

URL | リンネ #- | 2015/08/29 20:35 | edit

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