かぎろひNOW
悠久の奈良大和路を一歩ずつ 風景、もの、人…との出会いを楽しみながら
舟塚古墳の現地説明会へ
法隆寺のすぐ近く、法隆寺観光センター前の大きな駐車場の中にポツンとあった丸い植え込みが、

↑会場の掲示写真より
掘ってみたら古墳(円墳)だったなんて、奈良ならではというか、おもしろくて、現地説明会に行ってきました。
説明会は9月9日の午前中(10:00~12:00)だけだったせいか、報道が大きかったことにもよるのでしょう、ワタクシが着いたのは10時少し前でしたが、すでに多くの人がつめかけていました。

↑左の建物は法隆寺iセンター。舟塚古墳は、その奥

斑鳩町教育委員会と奈良大学文学部文化財学科により調査されました。
説明してくださったのは、奈良大学の豊島直博先生。

6世紀後半の築造とみられますが、藤ノ木古墳よりも古いそうです。
並んで、やっと見学できましたー

横穴式石室。石室は右片袖式で南東方向に開口。羨道部、石室の奥壁と側壁の上半分、天井石は失われています。
2人が埋葬されていたとみられていますす。
出土した須恵器の年代がずれている(6世紀中頃と6世紀末)のもその理由の一つとか。
おもな出土遺物(現説資料から)
①武器類 大刀2振、鉄鏃(※数量については確認中)
②馬具類 轡、辻金具、鉸(※他の種類については確認中)
③玉 類 琥珀玉11点、埋木玉1点
④土器類 37点
須恵器:子持壺1点、台付壺2点、高杯4点、杯身16点、杯蓋8点、壺3点
土師器:壺2点、坩1点


出土状況

↑会場の掲示写真から
出土品には、藤ノ木古墳のような豪華なものはなく、質素な印象で、被葬者は地元の小豪族ではないかと、豊島先生は話されていました。
この日の夕方までに埋め戻されたようです。

↑会場の掲示写真より
掘ってみたら古墳(円墳)だったなんて、奈良ならではというか、おもしろくて、現地説明会に行ってきました。
説明会は9月9日の午前中(10:00~12:00)だけだったせいか、報道が大きかったことにもよるのでしょう、ワタクシが着いたのは10時少し前でしたが、すでに多くの人がつめかけていました。

↑左の建物は法隆寺iセンター。舟塚古墳は、その奥

斑鳩町教育委員会と奈良大学文学部文化財学科により調査されました。
説明してくださったのは、奈良大学の豊島直博先生。

6世紀後半の築造とみられますが、藤ノ木古墳よりも古いそうです。
並んで、やっと見学できましたー

横穴式石室。石室は右片袖式で南東方向に開口。羨道部、石室の奥壁と側壁の上半分、天井石は失われています。
2人が埋葬されていたとみられていますす。
出土した須恵器の年代がずれている(6世紀中頃と6世紀末)のもその理由の一つとか。
おもな出土遺物(現説資料から)
①武器類 大刀2振、鉄鏃(※数量については確認中)
②馬具類 轡、辻金具、鉸(※他の種類については確認中)
③玉 類 琥珀玉11点、埋木玉1点
④土器類 37点
須恵器:子持壺1点、台付壺2点、高杯4点、杯身16点、杯蓋8点、壺3点
土師器:壺2点、坩1点


出土状況

↑会場の掲示写真から
出土品には、藤ノ木古墳のような豪華なものはなく、質素な印象で、被葬者は地元の小豪族ではないかと、豊島先生は話されていました。
この日の夕方までに埋め戻されたようです。
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