かぎろひNOW
悠久の奈良大和路を一歩ずつ 風景、もの、人…との出会いを楽しみながら
手作りの子供服2023
なっちゃんとあーちゃんのワンピースを作っては送ってくれるTさん。
昨年ブログアップしたはずと、チェックしてみたら7月3日にあった。⇒★
Tさんからの洋服はもう3つ目だと書いてある。
実は今年もすでに3つめが今日(6月30日)届いたばかり。
2人が来たら、着替え用にとっておこうと、2枚目のはワタクシのところに置いたままである。

そして、本日届いたのは

お揃いじゃないのもいいよね。
着ているのが目に浮かぶようなワンピース。2人の好みにもドンピシャのはず。
1枚目は先日、じーさんの誕生日のときに着てきたので、Tさんに写真を送っておいた。


こんな洋服をチャチャっと作れるなんて、スゴイよね。
Tさんは20代の初め、社会人になって初めて出会った友人。あの頃、夜行列車で信州へ行ったり、山陰へカニを食べに行ったり…、よく遊んだものだ。高野山麓の実家へ来てくれて、母が運転する車で高野山へ行ったのも懐かしい。彼女を好きになった男子の相談にのったもこともあるなあ(笑)。でも若い頃は、洋裁の特技を持っているなんて、知らなかったよ。
いつもありがとう~
2人がこちらへ来る予定はないし、2枚も手元においておくのもモッタイナイので、近々持っていくとするか。

昨年ブログアップしたはずと、チェックしてみたら7月3日にあった。⇒★
Tさんからの洋服はもう3つ目だと書いてある。
実は今年もすでに3つめが今日(6月30日)届いたばかり。
2人が来たら、着替え用にとっておこうと、2枚目のはワタクシのところに置いたままである。

そして、本日届いたのは

お揃いじゃないのもいいよね。
着ているのが目に浮かぶようなワンピース。2人の好みにもドンピシャのはず。
1枚目は先日、じーさんの誕生日のときに着てきたので、Tさんに写真を送っておいた。


こんな洋服をチャチャっと作れるなんて、スゴイよね。
Tさんは20代の初め、社会人になって初めて出会った友人。あの頃、夜行列車で信州へ行ったり、山陰へカニを食べに行ったり…、よく遊んだものだ。高野山麓の実家へ来てくれて、母が運転する車で高野山へ行ったのも懐かしい。彼女を好きになった男子の相談にのったもこともあるなあ(笑)。でも若い頃は、洋裁の特技を持っているなんて、知らなかったよ。
いつもありがとう~
2人がこちらへ来る予定はないし、2枚も手元においておくのもモッタイナイので、近々持っていくとするか。

30
「藍のキセキ」展
本日(29日)、ハガキが届きました。

大和郡山の藍染作家、西井康元さんの展覧会が今年も開かれます。
毎年のように楽しみにうかがっているのですが、ブログを確認してみたら、最初は2009年でした。
展覧会の様子、弊ブログ内⇒★
オリジナルの板締め技法で表現される、繊細な藍染の西井ワールド。毎年意欲的な作品に圧倒されます。お弟子さんたちの作品もスゴイのです。
※綿元100周年記念・2023年西井康元と藍山会
「藍のキセキ」展
2023.7.13(木)~17(月)
AM10:00~PM5:00
DMG MORI やまと郡山城ホール展示場
大和郡山市北郡山町211-3


大和郡山の藍染作家、西井康元さんの展覧会が今年も開かれます。
毎年のように楽しみにうかがっているのですが、ブログを確認してみたら、最初は2009年でした。
展覧会の様子、弊ブログ内⇒★
オリジナルの板締め技法で表現される、繊細な藍染の西井ワールド。毎年意欲的な作品に圧倒されます。お弟子さんたちの作品もスゴイのです。
※綿元100周年記念・2023年西井康元と藍山会
「藍のキセキ」展
2023.7.13(木)~17(月)
AM10:00~PM5:00
DMG MORI やまと郡山城ホール展示場
大和郡山市北郡山町211-3

29
銀座の柳
先日、奈良八重桜の会「復曲能実行委員会」でのこと。
復曲は、金春流にお願いしていることもあって、いつしか銀座金春通りの話になった。たまたまいらっしゃっていたOさんが市長をされているときに、銀座の柳をもらい受けて荒池畔に植えたことなどを話された。
そういえば、荒池にそんな説明板があったことを思い出して「立派な石碑が建ってますよね。金春通りのことも書かれていたと思います」などと言ってしまったのだが、なんだか気になって、6月28日、文章講座の後、現地へ行ってみた。

記憶のええ加減さを思い知った(;^_^A
上の写真で、立派な石碑は荒池の由来を書いたもので、銀座の柳二世のことは、その右手後ろにある、小さな説明版だったのだ。ワタクシにとっては「金春通り」があることや、銀座の柳のほうがインパクトが強かったのに違いない。いつのまにか、立派な石碑に書かれてあったと思い込んでいたようで。
文字も薄くなりつつある、銀座の柳二世の説明板

しかも、最後にたった3行だったとは。
そうして、今は、柳の姿はどこにもない。

ネット検索してみると「銀座の柳」年表がヒット⇒★
この中の
1968年(昭和43) 銀座通りの改修工事及び柳の衰弱が著しいため柳は撤去される。
銀座通りの大改修により、残った柳は日野市の苗圃や日本各地に「銀座の柳」として移植される。
1984年(昭和59)に、銀座の柳が苗圃に3本だけ残っていることを知った、銀座の有志が枝を持ち帰り、接ぎ木して、二世柳を復活させ、全国に寄贈した。
1984年のことカナ? 奈良に移植されたのは。
ここまで来たついでにといってはなんやけど、ワタクシ的にはおそらく修理前最後になりそうな興福寺五重塔。

7月から工事が本格化するもよう。
復曲は、金春流にお願いしていることもあって、いつしか銀座金春通りの話になった。たまたまいらっしゃっていたOさんが市長をされているときに、銀座の柳をもらい受けて荒池畔に植えたことなどを話された。
そういえば、荒池にそんな説明板があったことを思い出して「立派な石碑が建ってますよね。金春通りのことも書かれていたと思います」などと言ってしまったのだが、なんだか気になって、6月28日、文章講座の後、現地へ行ってみた。

記憶のええ加減さを思い知った(;^_^A
上の写真で、立派な石碑は荒池の由来を書いたもので、銀座の柳二世のことは、その右手後ろにある、小さな説明版だったのだ。ワタクシにとっては「金春通り」があることや、銀座の柳のほうがインパクトが強かったのに違いない。いつのまにか、立派な石碑に書かれてあったと思い込んでいたようで。
文字も薄くなりつつある、銀座の柳二世の説明板

しかも、最後にたった3行だったとは。
そうして、今は、柳の姿はどこにもない。

ネット検索してみると「銀座の柳」年表がヒット⇒★
この中の
1968年(昭和43) 銀座通りの改修工事及び柳の衰弱が著しいため柳は撤去される。
銀座通りの大改修により、残った柳は日野市の苗圃や日本各地に「銀座の柳」として移植される。
1984年(昭和59)に、銀座の柳が苗圃に3本だけ残っていることを知った、銀座の有志が枝を持ち帰り、接ぎ木して、二世柳を復活させ、全国に寄贈した。
1984年のことカナ? 奈良に移植されたのは。
ここまで来たついでにといってはなんやけど、ワタクシ的にはおそらく修理前最後になりそうな興福寺五重塔。

7月から工事が本格化するもよう。
28
「でんでんむし」は狂言から?
6月25日、奈良金春会演能会へ。
お能は「頼政」と「羽衣」。についても書きたいことはあるのだが、なんといってもインパクトのあった狂言「蝸牛」から。
狂言は能と違って、言葉も動きもわかりやすくて、楽しい。
蝸牛はもちろん、カタツムリのこと。ストーリーはシンプルだ。
カタツムリを取ってこいと命じられた太郎冠者だが、どんなものか全く知らない。主人が言うには「藪に住むものじゃ。頭が黒うて、腰に貝をつけている。折々はツノを出すものじゃ。大きなものは人間ほどもあるから、できるだけ大きなものを取ってこい」。
藪の中を探して、寝ている山伏を見つけた太郎冠者はカタツムリかと尋ねる。山伏は、アホな奴め、からかってやろうと、カタツムリのフリをする。
すっかり信じた冠者が、主人のところへ一緒に来てくれと頼む。山伏は囃子物(はやしもの)に乗るならば行こうという展開に。
※囃子物とは中世に流行した芸能→★
ここからは原文をひいてみることに。手元に「日本古典文学大系」が揃っているのがありがたい。夫のもの。

太郎冠者 早う来てくだされい。
山伏 さりながら ただは行かれぬ。囃子物で行こうぞ。
太郎冠者 囃子物は 私の得物でござる。それは 何と申して囃しまするぞ。
山伏 別にむつかしいことでもない。そちは、「雨も風も吹かぬに、出ざ かま打ち割ろう、出ざ かま打ち割ろう」と言うて囃せ。みどもは「でんでんむしむし、でんでんむしむし」と言うて、浮きに浮いて行こう。
太郎冠者 これは面白そうにござる。それならば囃しましょう。
そこへ帰りが遅いと主人がやってきて冠者を叱るのだが、最後はつり込まれ、3人で囃しながら退場。
何度も何度も「でんでんむしむし、でんでんむしむし」が繰り返される…
大笑いしたのだが、え、でんでんむし、ってこの時代から言うてたん? という疑問が。
だって、「でんでんむしむしかたつむり…」の童謡はあまりにも有名。この狂言は初めてだったので、もしかしたら現代風にアレンジしているのかと思ったくらい。でも、「日本古典文学大系」にちゃんと載ってるところを見ると、中世からあったんやと、びっくりしたのだった。
ネット検索してみると、
でんでん虫という名の由来は? 子どもたちが殻から出てこいと囃し立てた「出ろ出ろ虫」→「出ん出ん虫」→「でんでん虫」となった説が有名です。 この他に、狂言の「蝸牛」で唄われた歌の歌詞から由来したとも言われています。 狂言「蝸牛」とはどんな話?
えーっ、中世の狂言が「でんでんむし」の元祖だったとは!
文部省唱歌「かたつむり」は明治44年(1911)、尋常小学校第一学年用にできたんだって。意外に古いのに、そんな感じはないよね。知らない子どもなんていないのでは? カタツムリを見たことがない子はいるかもしれないけれど。
方言もいろいろあるみたい。
学術的には「マイマイ」が正しい、とか。
お能は「頼政」と「羽衣」。についても書きたいことはあるのだが、なんといってもインパクトのあった狂言「蝸牛」から。
狂言は能と違って、言葉も動きもわかりやすくて、楽しい。
蝸牛はもちろん、カタツムリのこと。ストーリーはシンプルだ。
カタツムリを取ってこいと命じられた太郎冠者だが、どんなものか全く知らない。主人が言うには「藪に住むものじゃ。頭が黒うて、腰に貝をつけている。折々はツノを出すものじゃ。大きなものは人間ほどもあるから、できるだけ大きなものを取ってこい」。
藪の中を探して、寝ている山伏を見つけた太郎冠者はカタツムリかと尋ねる。山伏は、アホな奴め、からかってやろうと、カタツムリのフリをする。
すっかり信じた冠者が、主人のところへ一緒に来てくれと頼む。山伏は囃子物(はやしもの)に乗るならば行こうという展開に。
※囃子物とは中世に流行した芸能→★
ここからは原文をひいてみることに。手元に「日本古典文学大系」が揃っているのがありがたい。夫のもの。

太郎冠者 早う来てくだされい。
山伏 さりながら ただは行かれぬ。囃子物で行こうぞ。
太郎冠者 囃子物は 私の得物でござる。それは 何と申して囃しまするぞ。
山伏 別にむつかしいことでもない。そちは、「雨も風も吹かぬに、出ざ かま打ち割ろう、出ざ かま打ち割ろう」と言うて囃せ。みどもは「でんでんむしむし、でんでんむしむし」と言うて、浮きに浮いて行こう。
太郎冠者 これは面白そうにござる。それならば囃しましょう。
そこへ帰りが遅いと主人がやってきて冠者を叱るのだが、最後はつり込まれ、3人で囃しながら退場。
何度も何度も「でんでんむしむし、でんでんむしむし」が繰り返される…
大笑いしたのだが、え、でんでんむし、ってこの時代から言うてたん? という疑問が。
だって、「でんでんむしむしかたつむり…」の童謡はあまりにも有名。この狂言は初めてだったので、もしかしたら現代風にアレンジしているのかと思ったくらい。でも、「日本古典文学大系」にちゃんと載ってるところを見ると、中世からあったんやと、びっくりしたのだった。
ネット検索してみると、
でんでん虫という名の由来は? 子どもたちが殻から出てこいと囃し立てた「出ろ出ろ虫」→「出ん出ん虫」→「でんでん虫」となった説が有名です。 この他に、狂言の「蝸牛」で唄われた歌の歌詞から由来したとも言われています。 狂言「蝸牛」とはどんな話?
えーっ、中世の狂言が「でんでんむし」の元祖だったとは!
文部省唱歌「かたつむり」は明治44年(1911)、尋常小学校第一学年用にできたんだって。意外に古いのに、そんな感じはないよね。知らない子どもなんていないのでは? カタツムリを見たことがない子はいるかもしれないけれど。
方言もいろいろあるみたい。
学術的には「マイマイ」が正しい、とか。
27
6月28日の文章講座
気がついてみると、文章講座が今週水曜日に迫っていました(;^_^A
もうかなり前に、センセはテキストを準備しています。
現代文は、夏目漱石の書いた「正岡子規」

読めない漢字があったので、センセに質問すると「まあ、28日をお楽しみに」などと言われてしまいました。自分で調べればいいのですが、当日を待つことにします(笑)
万葉集はシリーズ「持統女帝と光明皇后」
俳句鑑賞は、細見絢子
よろしくお願いいたします。
かぎろひ文章教室⇒★
6月28日10:00~12:00
奈良県女性センター3階講座室2
講師=田中龍夫
飛び入り参加OK(1500円)
もうかなり前に、センセはテキストを準備しています。
現代文は、夏目漱石の書いた「正岡子規」

読めない漢字があったので、センセに質問すると「まあ、28日をお楽しみに」などと言われてしまいました。自分で調べればいいのですが、当日を待つことにします(笑)
万葉集はシリーズ「持統女帝と光明皇后」
俳句鑑賞は、細見絢子
よろしくお願いいたします。
かぎろひ文章教室⇒★
6月28日10:00~12:00
奈良県女性センター3階講座室2
講師=田中龍夫
飛び入り参加OK(1500円)
26
しずく媛
夫の誕生日にいただいたお酒「しずく媛」。

↑誕生日にもらった「炙り焼き器」で焼き鳥とイカ焼きをするところ

やさしい味わいのおいしいお酒で楽しませていただきました。
ブログアップしようと検索をかけると、いろいろな発見あり。
まず、「しずく媛」というのは、愛媛県の酒造好適米の名前でした。
醸造元の名前を確認しようと、入っていた箱を見ると、何も書かれていないので、え?
どうやら、「しずく媛」というお酒は愛媛の各酒蔵がつくっていて、何種類もあり、箱は共有ではないかと思われます。瓶にはもちろん表示されています。いただいたのは西本酒造(宇和島市)のものでした。箱には、愛媛の酒 しずく媛、とだけ書かれていて、各蔵はそれにレッテルを貼るようにしている?

愛媛県一丸となってやってはるんですねぇ。
奈良県も平城遷都1300年祭のときに「奈良うるはし」というお酒を各蔵が一斉に出したことがありました。2010年はブログを書いていたな、レセプションパーティに行ったな、ということを思い出してさかのぼってみました。⇒★
当時のブログによると(笑)
2010年4月3日、奈良県内の26の蔵元が「奈良うるはし」という銘柄の新酒を一斉に発売する。組合統一銘柄というのは、奈良県酒造組合史上初めて。
残念ながら、今はもうあまり聞かなくなりました。いくつかの蔵では出されていると思いますが…。正暦寺で分離した酵母を使っているのが特徴で、個人的には好きなお酒だったのですけれど。
なーんていうことを思い出させてくれた「しずく媛」でした。
ありがとうございました。

↑誕生日にもらった「炙り焼き器」で焼き鳥とイカ焼きをするところ

やさしい味わいのおいしいお酒で楽しませていただきました。
ブログアップしようと検索をかけると、いろいろな発見あり。
まず、「しずく媛」というのは、愛媛県の酒造好適米の名前でした。
醸造元の名前を確認しようと、入っていた箱を見ると、何も書かれていないので、え?
どうやら、「しずく媛」というお酒は愛媛の各酒蔵がつくっていて、何種類もあり、箱は共有ではないかと思われます。瓶にはもちろん表示されています。いただいたのは西本酒造(宇和島市)のものでした。箱には、愛媛の酒 しずく媛、とだけ書かれていて、各蔵はそれにレッテルを貼るようにしている?

愛媛県一丸となってやってはるんですねぇ。
奈良県も平城遷都1300年祭のときに「奈良うるはし」というお酒を各蔵が一斉に出したことがありました。2010年はブログを書いていたな、レセプションパーティに行ったな、ということを思い出してさかのぼってみました。⇒★
当時のブログによると(笑)
2010年4月3日、奈良県内の26の蔵元が「奈良うるはし」という銘柄の新酒を一斉に発売する。組合統一銘柄というのは、奈良県酒造組合史上初めて。
残念ながら、今はもうあまり聞かなくなりました。いくつかの蔵では出されていると思いますが…。正暦寺で分離した酵母を使っているのが特徴で、個人的には好きなお酒だったのですけれど。
なーんていうことを思い出させてくれた「しずく媛」でした。
ありがとうございました。
25
久しぶりの運動会
24
クラフトチューハイ
ちょっと前にいただき、すでに飲み終えたものですが。

クラフトビールならぬ、クラフトチューハイって、聞きなれないなあ。
と思って検索してみたら、宝酒造のオリジナルなんですね。⇒★
全国各地の特色ある果物を使っているようです。
宝酒造のサイトによると
ご当地で丁寧に育てられた素材を使い、
素材の個性やクセを最大限活かし、
約2万樽・約85種類の中から厳選した
樽貯蔵熟成焼酎を合わせ丁寧に仕込むと謳ってはります。名づけて「ひとてま造り」製法。
たしかに、スーパーなどで売られているチューハイに比べると、素材の味わいがしっかりしているという感じ。
で、でも、あま~い。
ジュースみたいやん、ってゴクゴク飲んでいたら、アルコール度数8%もあるんですって。危険かも(;^_^A
うーん、サカナをアテにゆっくり飲むという味わいでもないので、やっぱりゴクゴクやわ(笑)
楽しませていただきました。ありがとうございます。

クラフトビールならぬ、クラフトチューハイって、聞きなれないなあ。
と思って検索してみたら、宝酒造のオリジナルなんですね。⇒★
全国各地の特色ある果物を使っているようです。
宝酒造のサイトによると
ご当地で丁寧に育てられた素材を使い、
素材の個性やクセを最大限活かし、
約2万樽・約85種類の中から厳選した
樽貯蔵熟成焼酎を合わせ丁寧に仕込むと謳ってはります。名づけて「ひとてま造り」製法。
たしかに、スーパーなどで売られているチューハイに比べると、素材の味わいがしっかりしているという感じ。
で、でも、あま~い。
ジュースみたいやん、ってゴクゴク飲んでいたら、アルコール度数8%もあるんですって。危険かも(;^_^A
うーん、サカナをアテにゆっくり飲むという味わいでもないので、やっぱりゴクゴクやわ(笑)
楽しませていただきました。ありがとうございます。
23
パワーポイント作業
最近、根をつめてやっているデスクワークが、パワーポイント作業。
「奈良八重桜の会」の新会員歓迎会&研修会を7月に開催予定で、そのときに、パワーポイントで会の紹介をしようということになりまして。となると、写真を撮っているのはワタクシなので、当然その役も回ってくるというわけで。
最初はちょっと尻込み。会長も、以前作ったのがあるからそれに付け足す感じでね、ということで、簡単に済むはずだったのですが。
我ながら、なんなんでしょう。やり始めると、この際、最初からきちんと記録しておこう、という気持ちがむくむく。
最初は2001年。22年前になるのですが、このときはまだフィルムカメラを使っていたんですよね。紙焼きをスキャンしたり、資料を引っ張り出したり。まあ、「会報」を作っているし、昨年は20周年記念誌の作成もしたので、わりとスムーズではあるのですが。
8割方できたかなあという状況です。

100ページを超えましたよ。

まだ、もう少しかかりそうですが、それなりに楽しんでいます。
ほかに、しなければいけないこともあるのですが…(;^_^A
「奈良八重桜の会」の新会員歓迎会&研修会を7月に開催予定で、そのときに、パワーポイントで会の紹介をしようということになりまして。となると、写真を撮っているのはワタクシなので、当然その役も回ってくるというわけで。
最初はちょっと尻込み。会長も、以前作ったのがあるからそれに付け足す感じでね、ということで、簡単に済むはずだったのですが。
我ながら、なんなんでしょう。やり始めると、この際、最初からきちんと記録しておこう、という気持ちがむくむく。
最初は2001年。22年前になるのですが、このときはまだフィルムカメラを使っていたんですよね。紙焼きをスキャンしたり、資料を引っ張り出したり。まあ、「会報」を作っているし、昨年は20周年記念誌の作成もしたので、わりとスムーズではあるのですが。
8割方できたかなあという状況です。

100ページを超えましたよ。

まだ、もう少しかかりそうですが、それなりに楽しんでいます。
ほかに、しなければいけないこともあるのですが…(;^_^A
22
四国酒場
21