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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

「中秋の名月」に西行を想う 

9月10日朝、某お寺の執事長から届いたメールの冒頭には
中秋名月の日でございますが、お月様は今宵も雲の上にて地上をもてあそばれるのでしょうか。
とあった。

夕方4時頃、この日もリハビリを兼ねての買物に行こうとしたら、今にも降り出しそうな暗雲たちこめ、遠くで雷鳴も。途中で雷雨に遭ったら困るので、夫は家の近辺を歩くことにして、ワタクシは自転車で買物に走った。

帰り着いたとたん大粒の雨。ワタクシはセーフだったが、夫はどこを歩いているのだろう。ま、雨宿りしているやろ。と玄関前に着くと、あれ、ドア開いてる! すでに夫は帰っていたのだった。鍵は持って出たのね。学習したようで(笑)⇒

中秋の名月は見られないかと思っていたら、東の山の端にまんまるの大きな姿が現れて感激。
何の変哲もない写真で恐縮…^^;

220910中秋の名月


西行法師は花(桜)を詠んでいるイメージが強いけれど、月の歌も多い。そうそう、『百人一首』に採られているのも月の歌やったね。
なげけとて月やはものを思はするかこちがほなるわが涙かな〈『山家集628』〉

大岡信氏の訳詩。
うつけ者よ 月が嘆けと言っただろうか
もの思いにふけれと言っただろうか
月にかこつけ溢れおちる
この涙 このわたしの涙
うつけ者の うつけ涙よ


「月」ではなく「恋」の部に所収。

このように季節のわからない「月」の歌も多いが、「八月十五日夜」の詞書きの付く歌も。
うちつけにまた来む秋の今宵まで月ゆゑをしくなるいのち哉(『山家集333』)

なんという美しい月だろう
生きていてよかった
また来年の中秋の名月もすぐに来ることだろうよ、楽しみだな!
ああ、なんてことだ、私としたことが…、出家の身だというのに、月を愛でるためには命も惜しくなるなんて
(訳 かぎろひ 笑)


『西行花伝』(辻邦生著)にも多くの月の歌が採られている。
おもかげの忘らるまじき別れかな名残りを人の月にとどめて(『山家集621』)

この歌は、その瞬間、詠むという気持もなく生れてきたが、それは歌というより、誓いに似た言葉といってよかった。
別れの夜以来、月は女院の思い出とことさら結びつくようになった。女院を思わないで月を見ることもないし、月を見て女院を思わないことはなかったのだ。
(『西行花伝』)

女院というのは、待賢門院璋子のこと。鳥羽天皇の皇后で、崇徳・後白河両天皇の母君のあの方。西行出家の理由はいろいろに語られるが、『西行花伝』では、待賢門院への思慕が描かれる。


中秋の名月のことを書こうとして、あらぬ方向へきてしまった(笑)。
途中にて、失礼しますm(__)m

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Posted on 2022/09/11 Sun. 12:37 [edit]

category: 辻邦生

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