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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

追悼 丹生姫さん 

郷里の親友、丹生姫さんを亡くして1か月半が経つ。
いろいろ思い出しては涙する日々だったのだけれど、昨日、藤村さんの追悼文を書いてから、ああやっぱり、私なりのサヨナラをしなくてはと思った次第。
こんな時期なので、お通夜も葬儀も家族だけで行われ、最期のお別れにも行けなかったのだ。
丹生姫さんは、このブログにも何度か登場しているので、あるいは覚えてくださっている方がいるかもしれない。

いちばん反響があったのは、ワタクシが母の形見の帽子を電車に置き忘れ、ま、いいかと、ブログに書いた時のことだ。
9年前のこととはいえ、なかなか記事を見つけられなかったのだが、こそっと最後の「続きを読む」に書いていた(2011.8.24)。⇒

それを読んだ丹生姫さんがメールをよこしたのだ。
亡き母の片見の帽子 めちゃ気になります 八木駅に探しに行こうと思ってます こう見えても私はそういうものは大事にしたい 気にするタイプ

というわけで、ワタクシが帽子を追っかけないわけにはいかなくなった。顛末は2011.9.3⇒

彼女に報告とお礼メールを送ったら、叱られた。
古い新しいの問題じゃないんで 思い直してくれて私もハッピーな気分です それから夜の1人歩き絶対やめて下さい これも懐中電灯持ってる持ってないの問題じゃないです 襲われる(婦女暴行に関してはね)ことはないと思いますが金銭目的ということもありますので(お金持ってなかったらよけい逆上します)気つけて下さいよ 今まで病気ひとつしなかったのに熊にやられたとか強盗にやられたなんて新聞に載ったらもうはっきり言って笑い話です ではお気をつけて 私はさっき帰ってきて一服中 夕飯作ります 空き時間あればまた難波ででも会いましょう~

夜の1人歩きについての注意はたぶんこの記事を読んだからやね。これも「続きを読む」で⇒


忘れ物の記事にはたくさんのコメントをいただいたのだが、なかでも、なららさんの言葉が印象に残った。
ちょっと、涙が出そうになりました・・・
何にって、
かぎろひさんのお人柄にです。すなわちこんな素敵な友情人をお持ちなのは素晴らしい。
おボウシのもどったのもうれしいですが、
こうやって心底心配してくれる友情に乾杯ですね。
URL | *ならら*



ほんとうに、いろいろお世話になるばかりだった…
彼女はずっと前から『かぎろひの大和路』の読者でもあった。「ちょっと難しいけど、かぎろひちゃんが関わっているんだから読むよ」と言って、自分だけではなく、お友達や従姉妹さんにまで広めてくれていたのだ。

「奈良八重桜の会」のイベントにも来てくれたよね。⇒
「正倉院展」にはまるで目的が呈茶席のように。

一緒に奈良の山に登ったことも大事な思い出になった。
龍王山(2012.5.11)⇒
二上山(2012.6.29)⇒


彼女は3年前、末期のすい臓がんという宣告を受けた。余命半年と言われながら、持ち前の明るさでがんばり抜いた。
その間、何度も会えたのは彼女の取り計らいがあったからこそ。カテゴリー「高野山麓から」の最近の記事はほとんど彼女や仲間と一緒だと思う。⇒


彼女は祈祷を受けるために、時々、大安寺まで車で連れてきてもらっていた。
ある日、1人で電車で行くから会えないかという連絡があり、生駒に住むUくん、下市在住のSちゃんと、奈良県人が迎えるかたちに。実はこの日、Yくんにも声をかけてあった。郷里の集まりにも顔を出すことのないYくんは、おそらく彼女の闘病のことも知らないはず。丹生姫さんはYくんには会っておきたいと言っていたのだ。

Yくんはサプライズ参加。これがとてもウケて、喜んでくれたので、よかった。今思い出しても、ちょっと笑える。

180926大安寺
↑大安寺から、ランチは天平倶楽部(⇒)で(2018.9.26)

丹生姫さんは仲間うちでも中心的な、華やかな存在で、あれほど話術の巧みな人を知らない。
ストレートで、時には毒舌ですらありながら、いつも笑いがあふれた。自身は満身創痍でありながら、弱音を聞いたことがない。というよりもそれすら笑いのネタにするほど。サービス精神が旺盛だったのだろうか。仲間が揃うと、その中心にいて、いつも明るくふるまっていたのだが…。


けれども、今年になってからのラインには
軽度でよかったね
私は一ヶ月肺炎で入院したから今思いだしても震えます
23日は残念です 私は来月は検査や入院が控えてて息子からぼちぼち真剣に治療受けるように言われたのでしばらく賢くします色々思うこともありみんなと会うのは一応、同級生たちと会うのは23日でけじめつけるつもりでした
弱って行く自分をはじめとして見られたくないという気持ちはあります
病気が回復して自分の力で行動出来るようになったら、奈良まで会いに行くよ
待っててね💓
早く良くなってね
LINE交換は頑張ります!


早く良くなってね、というのは、彼女の決めた最後の集まりに、ワタクシ不覚にもインフル→肺炎を発症して行けなかったことをさす。
悔やまれ、そして自身こそ大変な時にも思いやってくれて胸がいたむ。

4月下旬
かぎろいありがとね
もう何から話ていいか分からない状況です
私は今医療看護受けて毎日点滴してもらってます、ナースさんが毎日朝と夕方バイタルチェックに来てくれます
そんな状態なのでたぶんコロナが終息しない限り会うことはないです
麻薬薬毎日抗生剤で免疫力低下してる為自分の部屋から出ていません
ナースさんが防御服着て来てくれてますありがとね


これが最後になってしまった。

丹生姫さん、ほんとうにいろいろありがとうね。お疲れさま。

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Posted on 2020/07/11 Sat. 12:24 [edit]

category: 追悼

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11

追悼 藤村さん 

山歩きでよくご一緒していた藤村清彦さんが急逝されたことを知り、ショックを受けている。
つい先日も、「リーダーが山を考えているようです。楽しみにしましょう♪」というメッセージを受け取ったばかりなので、信じられない。

一昨日(7月7日)倒れて救急車で運ばれ、そのまま帰らぬ人となった、ということを娘さんが藤村さんのFBに書きこまれたのだ。

ここに思い出を記して、私なりの、藤村さんとのお別れにしたいと思う。

藤村さんに初めて会ったのは8年前だが、鮮明に記憶に残っている。
糸井神社の秋祭りの日だった。『かぎろひの大和路』(29号⇒)の取材で、あいにくの雨の中、必死で写真を撮っていた。

拝殿での所作を撮り終えた頃、いきなり声をかけられたのだった「ブログされています?」
「はい」と答えると「かぎろひさん?」と言われてビックリ。「naraclubさんとかぎろひさんのブログは毎日見ていますよ」とのことだった。
ブログにも書いてあった。⇒
ブログ糸井神社


翌年(2013)の9月から「かぎろひ歴史探訪」がスタートすると、藤村さんもすぐに会員になって参加してくださるようになった。

お昼の龍講座のとき、藤村さんはいちばん前に座って大きくうなずきながら聞いてくれるので、喋りやすかった、とセンセ。


2015年からは山歩きの仲間に。

ブログをやっていてよかったと思うのはこんなときだ。ちゃんと記録になっている。
初めてご一緒したのは三郎ヶ岳(2015.5.11)⇒
布施城跡⇒(2015.8.4)⇒★
二上山(2016.5.6)⇒
ダイトレ(2016.6.14)⇒
伊奈佐山(2017.4.5)⇒
金剛山(2017.6.16)⇒
大洞山(2017.11.27)⇒
釈迦ヶ岳(2018.10.30)⇒
局ヶ岳(2019.4.9)⇒


後ろ姿しかなくて残念だが、釈迦ヶ岳をめざす藤村さん

181030釈迦ヶ岳2


局ヶ岳登山で

2904局ヶ岳


「かぎろひ歴史探訪」のこともよくFBにアップしてくれていた。
結局、最後のご参加になってしまった4月2日「佐紀佐保路から佐保川沿い桜並木」
藤村さんはその夜にFBにアップ。⇒

藤村さんFB


参加された時は必ずFBで報告されていた。
藤村さんのFB⇒


個人的にメールを交わしたことも多々。
そうそう、「かぎろひの大和路」のおたより欄に掲載させていただいたこともあった。
「載せていいですか」とお聞きしたら「どうぞどうぞ」と快諾いただいたのに、「まほろばソムリエとは書かないでね」と言われたことを思い出す。博識なのに、謙虚なお人柄だった。

紹介しておきますね。かぎろひ誌30号掲載。もう5年も前になる。

奈良は季節ごと、天気によって違った風景が見られるので同じ所でも常に刺激があります。
お昼休みには、参加者の皆さんからブドウやお菓子をいただくなど和気あいあいとした雰囲気で盛り上がりました。

最後に今西酒造さんを入れられたのはヒットでしたね。先代さんが亡くなられたので、皆で応援したいと思っていたのでいい機会でした。
たくさんの方が試飲?に参加されお互いの垣根がとれてよかったですね。日本酒の効用です。

奈良へ行くたびに、JR奈良駅2階で「風の森」や「篠峯」などを買っていましたが「三諸杉」がこれほどいいお酒とは知りませんでした。いいお酒を教えていただいてありがたかったです。

関西でも、日本酒を銘柄で飲むようになりいいお酒を探す楽しみができてきました。
お土産に買ったのを飲むのが楽しみです。

いい経験をさせていただき本当にありがとうございました。
いろいろ先回りされてのお手配お疲れさまでございました。

また一人ひとりに写真などを下さり感激です。



そうそう、油絵も描かれていたはず。
年賀状はいつも自作の版画だった。

2020年賀状

印刷ハガキが多くなるなかで、数少ない手書き、しかも作品付きで、毎年楽しみにしている年賀状のひとつだった。
もういただけないと思うと、さみしさがつのる。

藤村さん、ほんとうにありがとうございました。
心からご冥福をお祈り申し上げます。

Posted on 2020/07/09 Thu. 10:37 [edit]

category: 追悼

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09

北海道からのおたより 

これまで何度か「かぎろひ歴史探訪」にご参加くださっている北海道のHさんからお便りが届いた。

超! お久しぶりでございます。
私ときたら、去年の暮れにメールで、続きは手紙で…なんて調子いいことを書いて、その後ナシのつぶて…お恥ずかしい限りです。
さて、当地札幌は、首都圏の次に新型コロナウィルス感染率上位のあぶない都市となってしまいましたが、私をふくめ無感染と思われる人たちはのんびり暮らしておりました。
もちろん、スポーツクラブも趣味の集まりもすべて休止…
春の奈良旅も水戸の梅祭りもすべてキャンセル。


丁寧な自筆のお手紙と一緒に贈り物も。

200705北海道から


1.北海道新聞の「道新こども新聞」とくにアイヌの❝ネウサラ❞ なっちゃんと一緒に読んでいただけたらと思い同封しました。
2.我家の庭のラベンダーの押し花
3.道民の酒のつまみといえば❝鮭とば❞ほんの少々雀の涙ほど
4.六花亭のウイスキーボンボン(直行さんのデザイン)
なので、ついでに坂本直行と神田日勝のご紹介記事をおまけに。



いずれも、憧れの北海道の香りが色濃く感じられてテンション上がったのだったよ。
「道新こども新聞」は、私自身も興味深く読んだ。今度はなっちゃんと一緒に読もうっと。

200705北海道から2



六花亭のお菓子はお土産によくいただくし、包装紙もおなじみ。

200705六花亭

画家、坂本直行(1906-1982⇒★wik)を、北海道の方は親しみをこめて「ちょっこうさん」と呼ぶのね。Hさんのお手紙で知った。
入れてくださっていた特集「北海道」の冊子をむさぼり読んだ。

200705坂本直行

旅情がつのる。山歩きしたい。


Hさんのお手紙は秋の歴史探訪でお会いしたい、と結ばれていた。

メールでお礼を言うのは失礼な気がして、ワタクシも自筆でお返事を書いた。まだ投函していないけれど。

Hさん、ありがとうございました。

Posted on 2020/07/06 Mon. 10:57 [edit]

category: こんな品

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06

かぎろひ歴史探訪 2020秋期予定コース 

「かぎろひ歴史探訪」第15期は9月から始まります。

日程、コースをホームページにアップしました。⇒

かぎろひ歴史探訪第15期

詳しくは⇒

かぎろひ歴史探訪第15期2

どうぞよろしくお願いいたします。

Posted on 2020/07/04 Sat. 12:11 [edit]

category: かぎろひ歴史探訪

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04

さあ7月 

今年の前半戦は怒涛の日々であったよ。
これが、人生まさかの坂か(笑)


後半戦突入。
久しぶりの佐保川

2007001佐保川2

20701佐保川3
↑トンネルぬけたぞー(笑)。


東へ向かって自転車をこぐ。
懐かしい道を通り、若草山や春日山、東大寺大仏殿の鴟尾が間近に見えてくると、喜びが胸に満ちてくる。

200701若草山


約束の時間にちょっと余裕があるから、大仏池を抜けていこう。

200701大仏池


そうして、久しぶりにこの人とおしゃべりできるシアワセ

200701奈良倶楽部
↑奈良倶楽部さんで。手作りレモンスカッシュ、おいしいー♪
ありがとうございました!


帰宅すると、おすしパーティ。
いやぁ、夫の痛風快復祝を自らの手料理で(笑)。なにしろ、その間、ワタクシが慣れない買物と食事を担当していたので、その慰労もあるか(笑)
2人でささやかに、のはずが、たまたま娘から連絡があり、ちょこっとその話をしたら、自転車の後ろと前に、なっちゃんとあーちゃんを乗せてやってきた。元気もらえたー。

200701おすし


後半戦の充実を象徴するようなスタートの日だった。
と思いたい。

Posted on 2020/07/02 Thu. 07:31 [edit]

category: 日記

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