かぎろひNOW
悠久の奈良大和路を一歩ずつ 風景、もの、人…との出会いを楽しみながら
興福寺東円堂跡のナラノヤエザクラ開花
本日(4月30日)、朝6時過ぎからナラノヤエザクラを見て回りました。
転害門東⇒戒壇堂⇒東大寺東塔跡⇒みとりい池園地⇒興福寺東円堂跡⇒文化会館前⇒興福寺境内
どこのナラノヤエザクラも可憐にけなげに咲いていましたよ。
順番に紹介したいところですが、まずは、いちばんうれしかった東円堂跡のナラノヤエザクラ。
枯死してしまった木に代わり、昨年、植えられたばかりの幼木です。
2019.2.14 植樹式⇒★
同年4月20日にはNo.1のプレートを付けました⇒★
20日時点では開花は見られませんでしたが、その後はどうだったのでしょうか?
不覚にも確認しませんでした^^;
今年も気になっていたのです。まだまだ幼い、か細い木ですからね。
全体としてはこんな感じですが

よく見ると、あっ、咲いてる~♪

あどけない少女のような風情です。

平安時代末期、お公家さんで仏教学者でもあった大江親通(ちかみち)は、東円堂の所まで来て、あの有名な奈良の都の八重桜はまだ咲いていなかった、と『七大寺巡礼私記』に書いています。七大寺を回り記録したこの書は、現代でも資料的価値が高いと評されますが、ナラノヤエザクラのことにも触れているところをみると、よほど有名だったようですね。
八角堂、南向き、とありますが、室町時代に焼失し、再建されなかったようです。江戸時代の『大和名所図会』には、基壇が描かれ八重桜も登場しています。
東円堂跡に同種の桜が、時代を越えて植え継がれていると考えるだけで、何だかしみじみしてしまいます。あれから、何代目のナラノヤエザクラになるのでしょうか。
転害門東⇒戒壇堂⇒東大寺東塔跡⇒みとりい池園地⇒興福寺東円堂跡⇒文化会館前⇒興福寺境内
どこのナラノヤエザクラも可憐にけなげに咲いていましたよ。
順番に紹介したいところですが、まずは、いちばんうれしかった東円堂跡のナラノヤエザクラ。
枯死してしまった木に代わり、昨年、植えられたばかりの幼木です。
2019.2.14 植樹式⇒★
同年4月20日にはNo.1のプレートを付けました⇒★
20日時点では開花は見られませんでしたが、その後はどうだったのでしょうか?
不覚にも確認しませんでした^^;
今年も気になっていたのです。まだまだ幼い、か細い木ですからね。
全体としてはこんな感じですが

よく見ると、あっ、咲いてる~♪

あどけない少女のような風情です。

平安時代末期、お公家さんで仏教学者でもあった大江親通(ちかみち)は、東円堂の所まで来て、あの有名な奈良の都の八重桜はまだ咲いていなかった、と『七大寺巡礼私記』に書いています。七大寺を回り記録したこの書は、現代でも資料的価値が高いと評されますが、ナラノヤエザクラのことにも触れているところをみると、よほど有名だったようですね。
八角堂、南向き、とありますが、室町時代に焼失し、再建されなかったようです。江戸時代の『大和名所図会』には、基壇が描かれ八重桜も登場しています。
東円堂跡に同種の桜が、時代を越えて植え継がれていると考えるだけで、何だかしみじみしてしまいます。あれから、何代目のナラノヤエザクラになるのでしょうか。
30
読者からのおたより
『かぎろひの大和路』36号は発行したものの、直接の読者と書店に発送しただけで、広告スポンサーさんをお訪ねするのは憚られて自粛中。お待ちいただいていたら申しわけございません。もう少し落ち着きましたら、お届けにあがりますのでご了承のほどよろしくお願いしますm(__)m
鬱鬱としたなかにも日々、楽しいことがあるものですね。
今日は、『かぎろひの大和路』のバックナンバーがほしいと連絡いただいたOさんとお話しする機会がありました。
数か月前に、五條の書店で見つけてくださったとか。豊住書店であるだけのバックナンバーを求め、欠けている号がほしいということでした。マニアックな特集が自分の好みに合っていると言われましたので、うれしくて「変わってはりますね」などと言ってしまいましたよ(笑)。
熱心な、ちょっと変人ぽい(褒め言葉デス)読者に支えられていると感じています。
購読継続の郵便振替用紙にひと言を見つけるのもとてもうれしい出来事です。
4月から郵送がなくなり「郵貯ダイレクト」の画面を見るのも楽しみ。

かぎろひ誌のおたより欄に載せさせていただくこともあるのですが、ご紹介してみますね。
●奈良散策は昭和54年から、春、夏、子どもの休みに合わせて平成元年まで毎年2回訪れました。2泊3日の旅で奈良の遺跡をじっくり楽しみました。万葉集と古寺巡礼(和辻哲郎)と大和古寺風物詩(亀井勝一郎)を手に、そしてたくさんの古墳も訪れました。かぎろひの大和路は待ち遠しい本です。(浜松市 Kさん)
※ご主人のお名前から奥様に変わっていて、亡くなられたことを知りました。お会いしたことはありませんが、長いおつきあいでした。ご冥福をお祈りいたします。
●36号の高取城、懐かしく読みました。もう20年も前に訪れた高取城は、山を登っていくと立派な石垣があって、本丸跡には礎石だけひっそりとありました。今回、「ありし日の高取城」の写真を見て、美しい城があそこにあったのかと、また城の歴史も詳しく知ることができて感無量です。表紙の写真もいいなあと心にしみます。(埼玉県飯能市 Kさん)
●かぎろひの大和路、いつも楽しみにしております。次号も楽しみ!!(埼玉県飯能市 Aさん)
下記はメールでいただいたものです。

●先日ブラタモリで法隆寺を特集してました。近年どこかへ出かけるときはピンポイントで日帰りすることが多く、いつか法隆寺へも夜行日帰りで訪ねたいと思っています。
先週「かぎろひ」届きました。高取へ出かけたのは35年も前になります。
壺坂寺と御所の安楽寺(塔の初層があります)を訪ね、高取城の門が移築されていると知った子嶋寺をお参りしたくらいだったのですが、平成に入って壺坂寺に多宝塔が出来ましたので再訪したいという気持ちは持ち続けています。さて、いつになりますことやら・・・。(東京都台東区 Sさん)
●『かぎろひの大和路』復刊36号、拝受いたしました。
お疲れ様でした。
表紙と裏表紙で一枚になっている写真を一目見ただけでグイッと心を鷲摑みにされています。
遠い目をしながら、もう二度とはない「あの世界」「あのトポス」との出会いと別れに、想いを巡らせています。
これだけで、もう何も言うことがなく、困ります。ありがとうございます。
蔵めぐり(24)「乳華(にゅうか)」、興味深いです。
随分昔ですが、愛媛県の牛乳焼酎を飲んだ「絶妙の味わい」を思い出しています。
高取にも新しい施設が沢山できているのですね。「大和当帰」にも心うごかされます。
「高取むげん塾」の活動すごいですね。日本三大山城はどこどこでしょう。
滝廉太郎の「荒城の月」の舞台のひとつと言われる大分県の豊後竹田市にある「岡城(竹田城址)」には一度行きました。「天空の城」「日本のマチュピチュ」と呼ばれ、大騒ぎされている但馬の「竹田城」よりも、「岡城址」の方がずっと昔から有名です。城址からの眺めも遥かに抜群です。
「高取城」の動画、スマホがないのでQRコードが読み取れず残念!
阿波野青畝は有名ですが、「高取の清九郎」の話、「盗むより、盗まれる身」との逸話、さすが「妙好人」ですね。よく調べて書かれているのに感心しました。
15頁、「高取の古墳」。橿考研の「束明神古墳の復元模型」は、完成直後に拝見しています。
古い橿考研の作業小屋のような建物も思い出されます。
「坂上田村麻呂」と清水寺の関係、謡曲「田村」を習ったとき知りました。
清水寺に「田村堂」があり、田村麻呂ほか4名が祀られていることも。
古代の坂上氏が檜前から高取にかけて支配していた渡来人であるのは納得できます。
偶然、檜前寺(於美阿志神社)の発掘調査直後に現地を訪れた経験があり、「東漢の力を把握しておこうとする、天武天皇の懐柔策」との見方が面白いです。
平成29年発見されたという「オンドル」を備えた遺構(市尾カンデ遺跡)。
生れてまる十年間育った北朝鮮では、オンドルが一家の中心的居住空間だったのを覚えています。
古代でも日本には余り必要ではなかったと思える設備です。
北朝鮮は何しろ冬場は室内でもリンゴが芯まで凍り、バケツに一杯の水を汲んで一晩外に出しておくと、底まで氷になる寒さでした。朝起きて無意識に水道の蛇口に触れると、指が引っ付き助けを求め、お湯をかけてもらう始末でした。ですから、オンドルで寝る温かさは例えようがありません。
それにしても昔の人は自らの足でよく歩き、藩士も高取城のような高所に毎朝、登城していたのかと感心したのが、
高取城址に初めて訪れた際の実感でした。それでも、猿石をみて「ああ、ここも明日香の一部なんだ」と思ったものです。
ともあれ、現地取材も大変だったし、文献探索と史的考察もご苦労だったと思います。
重ねて感謝します。
以下、蛇足。
***********************************************************************************
※謡曲「田村」の一節(桜を背景とした絶景を謡う、この曲一番の聴かせ処)
ワキ
げにげにこれこそ暇(イトマ)惜しけれ。異心(コトココロ)なき春乃一時(ヒトトキ)
シテ
げに惜しむべし
ワキ
惜しむべしや
シテ・ワキ
春宵一刻。値千金。花に清香(セイキョオ)。月に陰
シテ
げに千金にも。替へじとハ。今この時かや
~以上はワキ(旅僧)と前シテ(花守の童子)のやり取りで前半の山場。
童子が清水寺の坂の上乃「田村堂」にこもり(「坂上田村麻呂」との語呂合わせとなっている)
「中入」となり、ワキの「待謡」があって、いよいよ「後シテ」坂上田村麻呂の登場となる。
シテ
今ハ何をか裹(ツツ)むべき。人皇(ニンノオ)五十一代。平城(ヘイゼイ)天皇乃御宇(ギョオ)
にありし。坂の上乃田村麿(マル)
地謡
東夷を平らげ悪魔を鎮め。天下泰平(テンガタイヘイ)の忠勤(チウキン)たりしも。
即ち當寺の佛力なり
~以下(略)。前段は都の清水寺の地主権現の桜の下に花守の少年を登場させ、華やかな光景を描き、 ほのかな桜月夜の賛美で後半に移る。世阿弥の考案による複式夢幻能の後半は征夷大将軍たる後シテ田村麻呂が登場する修羅物の本来の姿となる。いずれにしろ、全体を通じて観音信仰の功力で武勲をたて報恩のため清水寺を建立する「清水寺縁起譚」となっている。
***********************************************************************************
余計なことを書いてすみません。
今号も興味ある記事満載で、これからゆっくり拝読します。(香川県 Oさん)
※日本三大山城、最初は記事中に入れていたのですが、スペースに収まり切らなくなりカットしたのでした。
美濃岩村城、大和高取城、備中松山城です。

↑城跡にあります。
※高取城跡の動画は以前のブログからどうぞ。⇒★ ★
※それから本文の修正とお詫びを。ワタクシのミスですm(__)m
18ページの写真説明で、高取の山中にある清九郎の墓が平成11年、250回忌記念事業として改修された、とあるのは間違いで、250回忌の時に改修したのは山中の墓ではなく、因光寺近くの檀家の墓地の一角に同様な墓石を設けたのだそうです。山中にお参りするのが高齢者にとっては大変なので近くでお参り出来るようにしたのだとか。大和の和尚さんからご指摘いただきました。ありがとうございます。
お詫びして訂正します。
清九郎さんのお墓は、大淀町に近い山中にあり、山道を登り続けてやっと行きつきました。
想像よりもたいそう立派なお墓で驚きました。

菩提寺である因光寺さんからいただいた清九郎年譜の最後に
清九郎さん死後二百五十回忌法要を因光寺に於いて営む 記念事業として
㈠清九郎墓改修 🉂清九郎さん本山へ薪献上の姿銅像を建立
とあるのを見て、てっきり、山中のお墓が改修されて、あのように立派になったのだと、思いこんでしまいました^^;
思い込みはあるまじきことで反省しております。
そんななか、東京のMさんからは、うさぎやのどら焼きが届き

保存料などを入れていないので、うさぎやさんは基本的には送らない姿勢だというのに、Mさんは特別扱いしてもらっているらしい。以前のブログ記事⇒★
あんこをほおばりながら、ご縁の不思議さを思うと、気持ちがほっこり温まります。
そうそう、昨日(28日)は、京都のTさんからポン酢が!

↑早速、カツオのたたきにかけて
お世話になっているのはこちらなのに、読者の方からこんなによくしていただくって、奇跡のように思えて、ウルウル。励みになります。またがんばろうという気持ちがむくむく。皆様、ほんとうにありがとうございます。
鬱鬱としたなかにも日々、楽しいことがあるものですね。
今日は、『かぎろひの大和路』のバックナンバーがほしいと連絡いただいたOさんとお話しする機会がありました。
数か月前に、五條の書店で見つけてくださったとか。豊住書店であるだけのバックナンバーを求め、欠けている号がほしいということでした。マニアックな特集が自分の好みに合っていると言われましたので、うれしくて「変わってはりますね」などと言ってしまいましたよ(笑)。
熱心な、ちょっと変人ぽい(褒め言葉デス)読者に支えられていると感じています。
購読継続の郵便振替用紙にひと言を見つけるのもとてもうれしい出来事です。
4月から郵送がなくなり「郵貯ダイレクト」の画面を見るのも楽しみ。

かぎろひ誌のおたより欄に載せさせていただくこともあるのですが、ご紹介してみますね。
●奈良散策は昭和54年から、春、夏、子どもの休みに合わせて平成元年まで毎年2回訪れました。2泊3日の旅で奈良の遺跡をじっくり楽しみました。万葉集と古寺巡礼(和辻哲郎)と大和古寺風物詩(亀井勝一郎)を手に、そしてたくさんの古墳も訪れました。かぎろひの大和路は待ち遠しい本です。(浜松市 Kさん)
※ご主人のお名前から奥様に変わっていて、亡くなられたことを知りました。お会いしたことはありませんが、長いおつきあいでした。ご冥福をお祈りいたします。
●36号の高取城、懐かしく読みました。もう20年も前に訪れた高取城は、山を登っていくと立派な石垣があって、本丸跡には礎石だけひっそりとありました。今回、「ありし日の高取城」の写真を見て、美しい城があそこにあったのかと、また城の歴史も詳しく知ることができて感無量です。表紙の写真もいいなあと心にしみます。(埼玉県飯能市 Kさん)
●かぎろひの大和路、いつも楽しみにしております。次号も楽しみ!!(埼玉県飯能市 Aさん)
下記はメールでいただいたものです。

●先日ブラタモリで法隆寺を特集してました。近年どこかへ出かけるときはピンポイントで日帰りすることが多く、いつか法隆寺へも夜行日帰りで訪ねたいと思っています。
先週「かぎろひ」届きました。高取へ出かけたのは35年も前になります。
壺坂寺と御所の安楽寺(塔の初層があります)を訪ね、高取城の門が移築されていると知った子嶋寺をお参りしたくらいだったのですが、平成に入って壺坂寺に多宝塔が出来ましたので再訪したいという気持ちは持ち続けています。さて、いつになりますことやら・・・。(東京都台東区 Sさん)
●『かぎろひの大和路』復刊36号、拝受いたしました。
お疲れ様でした。
表紙と裏表紙で一枚になっている写真を一目見ただけでグイッと心を鷲摑みにされています。
遠い目をしながら、もう二度とはない「あの世界」「あのトポス」との出会いと別れに、想いを巡らせています。
これだけで、もう何も言うことがなく、困ります。ありがとうございます。
蔵めぐり(24)「乳華(にゅうか)」、興味深いです。
随分昔ですが、愛媛県の牛乳焼酎を飲んだ「絶妙の味わい」を思い出しています。
高取にも新しい施設が沢山できているのですね。「大和当帰」にも心うごかされます。
「高取むげん塾」の活動すごいですね。日本三大山城はどこどこでしょう。
滝廉太郎の「荒城の月」の舞台のひとつと言われる大分県の豊後竹田市にある「岡城(竹田城址)」には一度行きました。「天空の城」「日本のマチュピチュ」と呼ばれ、大騒ぎされている但馬の「竹田城」よりも、「岡城址」の方がずっと昔から有名です。城址からの眺めも遥かに抜群です。
「高取城」の動画、スマホがないのでQRコードが読み取れず残念!
阿波野青畝は有名ですが、「高取の清九郎」の話、「盗むより、盗まれる身」との逸話、さすが「妙好人」ですね。よく調べて書かれているのに感心しました。
15頁、「高取の古墳」。橿考研の「束明神古墳の復元模型」は、完成直後に拝見しています。
古い橿考研の作業小屋のような建物も思い出されます。
「坂上田村麻呂」と清水寺の関係、謡曲「田村」を習ったとき知りました。
清水寺に「田村堂」があり、田村麻呂ほか4名が祀られていることも。
古代の坂上氏が檜前から高取にかけて支配していた渡来人であるのは納得できます。
偶然、檜前寺(於美阿志神社)の発掘調査直後に現地を訪れた経験があり、「東漢の力を把握しておこうとする、天武天皇の懐柔策」との見方が面白いです。
平成29年発見されたという「オンドル」を備えた遺構(市尾カンデ遺跡)。
生れてまる十年間育った北朝鮮では、オンドルが一家の中心的居住空間だったのを覚えています。
古代でも日本には余り必要ではなかったと思える設備です。
北朝鮮は何しろ冬場は室内でもリンゴが芯まで凍り、バケツに一杯の水を汲んで一晩外に出しておくと、底まで氷になる寒さでした。朝起きて無意識に水道の蛇口に触れると、指が引っ付き助けを求め、お湯をかけてもらう始末でした。ですから、オンドルで寝る温かさは例えようがありません。
それにしても昔の人は自らの足でよく歩き、藩士も高取城のような高所に毎朝、登城していたのかと感心したのが、
高取城址に初めて訪れた際の実感でした。それでも、猿石をみて「ああ、ここも明日香の一部なんだ」と思ったものです。
ともあれ、現地取材も大変だったし、文献探索と史的考察もご苦労だったと思います。
重ねて感謝します。
以下、蛇足。
***********************************************************************************
※謡曲「田村」の一節(桜を背景とした絶景を謡う、この曲一番の聴かせ処)
ワキ
げにげにこれこそ暇(イトマ)惜しけれ。異心(コトココロ)なき春乃一時(ヒトトキ)
シテ
げに惜しむべし
ワキ
惜しむべしや
シテ・ワキ
春宵一刻。値千金。花に清香(セイキョオ)。月に陰
シテ
げに千金にも。替へじとハ。今この時かや
~以上はワキ(旅僧)と前シテ(花守の童子)のやり取りで前半の山場。
童子が清水寺の坂の上乃「田村堂」にこもり(「坂上田村麻呂」との語呂合わせとなっている)
「中入」となり、ワキの「待謡」があって、いよいよ「後シテ」坂上田村麻呂の登場となる。
シテ
今ハ何をか裹(ツツ)むべき。人皇(ニンノオ)五十一代。平城(ヘイゼイ)天皇乃御宇(ギョオ)
にありし。坂の上乃田村麿(マル)
地謡
東夷を平らげ悪魔を鎮め。天下泰平(テンガタイヘイ)の忠勤(チウキン)たりしも。
即ち當寺の佛力なり
~以下(略)。前段は都の清水寺の地主権現の桜の下に花守の少年を登場させ、華やかな光景を描き、 ほのかな桜月夜の賛美で後半に移る。世阿弥の考案による複式夢幻能の後半は征夷大将軍たる後シテ田村麻呂が登場する修羅物の本来の姿となる。いずれにしろ、全体を通じて観音信仰の功力で武勲をたて報恩のため清水寺を建立する「清水寺縁起譚」となっている。
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余計なことを書いてすみません。
今号も興味ある記事満載で、これからゆっくり拝読します。(香川県 Oさん)
※日本三大山城、最初は記事中に入れていたのですが、スペースに収まり切らなくなりカットしたのでした。
美濃岩村城、大和高取城、備中松山城です。

↑城跡にあります。
※高取城跡の動画は以前のブログからどうぞ。⇒★ ★
※それから本文の修正とお詫びを。ワタクシのミスですm(__)m
18ページの写真説明で、高取の山中にある清九郎の墓が平成11年、250回忌記念事業として改修された、とあるのは間違いで、250回忌の時に改修したのは山中の墓ではなく、因光寺近くの檀家の墓地の一角に同様な墓石を設けたのだそうです。山中にお参りするのが高齢者にとっては大変なので近くでお参り出来るようにしたのだとか。大和の和尚さんからご指摘いただきました。ありがとうございます。
お詫びして訂正します。
清九郎さんのお墓は、大淀町に近い山中にあり、山道を登り続けてやっと行きつきました。
想像よりもたいそう立派なお墓で驚きました。

菩提寺である因光寺さんからいただいた清九郎年譜の最後に
清九郎さん死後二百五十回忌法要を因光寺に於いて営む 記念事業として
㈠清九郎墓改修 🉂清九郎さん本山へ薪献上の姿銅像を建立
とあるのを見て、てっきり、山中のお墓が改修されて、あのように立派になったのだと、思いこんでしまいました^^;
思い込みはあるまじきことで反省しております。
そんななか、東京のMさんからは、うさぎやのどら焼きが届き

保存料などを入れていないので、うさぎやさんは基本的には送らない姿勢だというのに、Mさんは特別扱いしてもらっているらしい。以前のブログ記事⇒★
あんこをほおばりながら、ご縁の不思議さを思うと、気持ちがほっこり温まります。
そうそう、昨日(28日)は、京都のTさんからポン酢が!

↑早速、カツオのたたきにかけて
お世話になっているのはこちらなのに、読者の方からこんなによくしていただくって、奇跡のように思えて、ウルウル。励みになります。またがんばろうという気持ちがむくむく。皆様、ほんとうにありがとうございます。
29
鳥見山公園から長谷寺
4月26日(日)「かぎろひ歴史探訪」の報告です。
この日は5人によるハイキングとなりました。
コース
近鉄榛原駅北口⇒春日宮天皇妃陵⇒鳥見山公園⇒まほろば湖⇒長谷寺前⇒近鉄長谷寺駅
いよいよ山歩き。準備中

春日宮天皇妃陵へ

春日宮天皇妃陵で

鳥見山公園へ

昼食、講座の後、自然や展望を楽しみ、初瀬方面へ向かいます。



下見で歩いた東海自然歩道(⇒★)はやめて、林道ルートをとることに。
これが正解でした。東海自然歩道よりも道幅は広く、時々パッと明るくなって視界が広がり快適。ちょっと気になっていたのですが、車も通らずホッ。下見歩きのときは、ひたすら足元だけに集中せねばならず緊張しましたが、今回はおしゃべりしながら楽しく歩くことができました。
そのうえ、こちらのほうが距離が短い? 山中の道はくねくね長いのかも? 印象だけですが^^;
下見時と比べてラクラク、疲れ方も全く違いました。
まほろば湖


「かぎろひ歴史探訪」始まって以来のハードな山歩き、最少人数更新。
お疲れさまでした。
こんなときになぜ実施するのか! とヒンシュクをかっているかもしれないとおそれながら…^^;
今後も、個人の自粛におまかせし、主催者は集合場所で待機します、という姿勢でのぞみたいと考えています。
今回も、参加者全員がマスク着用。アルコール除菌液を持参し、朝の集合時やお手洗いの後は利用するようにしました。
お弁当や講座も、間隔をあけて。
もちろん、反省会はナシです。

鳥見山公園からの絶景を背に記念撮影

Fさん、tetsudaさん、Sさんと龍センセ
※反省点
朝、9時46分着の電車で誰も来られなかったので、10時を待たず出発したのです。
10時1分着で、来られていた人がいたなんて知るよしもなく…。
考えたら、車で10時ギリギリに来られる人がいるかもしれなかったのだし、10時までは待つべきでした。それぐらいの時間差ならどこかで合流できていたかもしれません。
Aさん、まことに申しわけありませんでした。
この日は5人によるハイキングとなりました。
コース
近鉄榛原駅北口⇒春日宮天皇妃陵⇒鳥見山公園⇒まほろば湖⇒長谷寺前⇒近鉄長谷寺駅
いよいよ山歩き。準備中

春日宮天皇妃陵へ

春日宮天皇妃陵で

鳥見山公園へ

昼食、講座の後、自然や展望を楽しみ、初瀬方面へ向かいます。



下見で歩いた東海自然歩道(⇒★)はやめて、林道ルートをとることに。
これが正解でした。東海自然歩道よりも道幅は広く、時々パッと明るくなって視界が広がり快適。ちょっと気になっていたのですが、車も通らずホッ。下見歩きのときは、ひたすら足元だけに集中せねばならず緊張しましたが、今回はおしゃべりしながら楽しく歩くことができました。
そのうえ、こちらのほうが距離が短い? 山中の道はくねくね長いのかも? 印象だけですが^^;
下見時と比べてラクラク、疲れ方も全く違いました。
まほろば湖


「かぎろひ歴史探訪」始まって以来のハードな山歩き、最少人数更新。
お疲れさまでした。
こんなときになぜ実施するのか! とヒンシュクをかっているかもしれないとおそれながら…^^;
今後も、個人の自粛におまかせし、主催者は集合場所で待機します、という姿勢でのぞみたいと考えています。
今回も、参加者全員がマスク着用。アルコール除菌液を持参し、朝の集合時やお手洗いの後は利用するようにしました。
お弁当や講座も、間隔をあけて。
もちろん、反省会はナシです。

鳥見山公園からの絶景を背に記念撮影

Fさん、tetsudaさん、Sさんと龍センセ
※反省点
朝、9時46分着の電車で誰も来られなかったので、10時を待たず出発したのです。
10時1分着で、来られていた人がいたなんて知るよしもなく…。
考えたら、車で10時ギリギリに来られる人がいるかもしれなかったのだし、10時までは待つべきでした。それぐらいの時間差ならどこかで合流できていたかもしれません。
Aさん、まことに申しわけありませんでした。
28
オンライン女子会
わが家の女子グループによる初オンライン飲み会。
千葉1、大阪1、奈良2。
4月24日19時スタート。

画面の大きいパソコンでと思ったのだけれど…
考えてみたら、カメラを取り付けてないし、音声も外付けにしていない…
で、スマホに変えてみたのだが、なんかうまくいかない。

ふう。挫折。いまだ理由がわからないまま^^;
で、「たくのむ」というサイトへ移行⇒★
やっと、合流~
小さい画面に4人が登場して

時々、子どもが現れたり、ダンナのつまびくギターの音が聞こえたり、臨場感いっぱい。
千葉は「不動」を飲んでいたな、大阪はワイン、ワタクシはハイボール、あれ、もう一人は何を飲んでいた?
とりとめのないおしゃべりをしながら…、11時頃にまで及んだのだった。

いつの間にか消えてしまったのが約1人、翌朝。

ああ、楽しかった。パソコン環境をよくしようと思う(笑)
千葉1、大阪1、奈良2。
4月24日19時スタート。

画面の大きいパソコンでと思ったのだけれど…
考えてみたら、カメラを取り付けてないし、音声も外付けにしていない…
で、スマホに変えてみたのだが、なんかうまくいかない。

ふう。挫折。いまだ理由がわからないまま^^;
で、「たくのむ」というサイトへ移行⇒★
やっと、合流~
小さい画面に4人が登場して

時々、子どもが現れたり、ダンナのつまびくギターの音が聞こえたり、臨場感いっぱい。
千葉は「不動」を飲んでいたな、大阪はワイン、ワタクシはハイボール、あれ、もう一人は何を飲んでいた?
とりとめのないおしゃべりをしながら…、11時頃にまで及んだのだった。

いつの間にか消えてしまったのが約1人、翌朝。

ああ、楽しかった。パソコン環境をよくしようと思う(笑)
26
「じゅん平」でテイクアウト
4月24日、大和旬菜・魚・鶏「じゅん平」がお昼からの営業となり、テイクアウトも始めたと聞き、行ってきました。
お昼の定食も食べてみたいものですが、

まずはテイクアウトにしてみましょう。

わー、豪華~♪

↑タイムリーにも、夫の燗好きをご存じのMさん(東京在住)から「燗がうまい」と届いた菊姫で。夫は。
ワタクシは、こちらでいただきます。

↑「百楽門」菩提酛で。
おいしくて、手が込んでいてビックリ。

何十種類入っているのか…
全部説明しきれなくて申しわけないのですが^^;
唐揚げもハムも大和肉鶏、サメと鳥の軟骨、カツオの酒盗、ホタルイカ、卵焼き、
野菜もたっぷり。タケノコ、レンコンチーズ、空豆、スナップエンドウ、玉ねぎ、ブロッコリー…
そうそう、イブリガッコに意表をつかれたり。
付けてくれてあった酒粕入りのタルタルもおいしかった~。
お酒が進み過ぎ(笑)
お刺身も変化に富んでいましたよ。

じゅん平さんのお刺身は生野菜たっぷりなのもいいよね(と、いつも思っている)。
※たぶん、調理に時間がかかるはずなので、電話予約してから受け取りにいったほうがよさそう。
予算に合わせて作ってくれるのもありがたい。
電話 0742-31-7140
受け渡し時間 12時〜20時
じゅん平⇒FB
HP⇒★
純平さーん、がんばって!!

お昼の定食も食べてみたいものですが、

まずはテイクアウトにしてみましょう。

わー、豪華~♪

↑タイムリーにも、夫の燗好きをご存じのMさん(東京在住)から「燗がうまい」と届いた菊姫で。夫は。
ワタクシは、こちらでいただきます。

↑「百楽門」菩提酛で。
おいしくて、手が込んでいてビックリ。

何十種類入っているのか…
全部説明しきれなくて申しわけないのですが^^;
唐揚げもハムも大和肉鶏、サメと鳥の軟骨、カツオの酒盗、ホタルイカ、卵焼き、
野菜もたっぷり。タケノコ、レンコンチーズ、空豆、スナップエンドウ、玉ねぎ、ブロッコリー…
そうそう、イブリガッコに意表をつかれたり。
付けてくれてあった酒粕入りのタルタルもおいしかった~。
お酒が進み過ぎ(笑)
お刺身も変化に富んでいましたよ。

じゅん平さんのお刺身は生野菜たっぷりなのもいいよね(と、いつも思っている)。
※たぶん、調理に時間がかかるはずなので、電話予約してから受け取りにいったほうがよさそう。
予算に合わせて作ってくれるのもありがたい。
電話 0742-31-7140
受け渡し時間 12時〜20時
じゅん平⇒FB
HP⇒★
純平さーん、がんばって!!

25
ナラノヤエザクラ開花
あらゆる桜の中でいちばん最後に咲くのがナラノヤエザクラ。
咲き始めたことをnaraclubさんの発信で知りました。⇒★
4月23日、近鉄奈良駅近くに所用があったので(写真現像)、30分ほどの待ち時間に、文化会館前と、県庁東のみとりい池園地まで行ってみました。
文化会館前は比較的開花が早いほうだと思うのですが、パッとみた感じではわかりません。
目を凝らしてやっと、一輪、二輪!


奈良公園バスターミナルの東も、同じ状況でした。



真紅のつぼみが愛らしい!

今年は開花が遅いですね~。
というよりも、ここ数年早すぎた感。本来は、4月下旬からゴールデンウィークのあたりが見頃だったのです。
来週には、ええ感じになりそうです。
咲き始めたことをnaraclubさんの発信で知りました。⇒★
4月23日、近鉄奈良駅近くに所用があったので(写真現像)、30分ほどの待ち時間に、文化会館前と、県庁東のみとりい池園地まで行ってみました。
文化会館前は比較的開花が早いほうだと思うのですが、パッとみた感じではわかりません。
目を凝らしてやっと、一輪、二輪!


奈良公園バスターミナルの東も、同じ状況でした。



真紅のつぼみが愛らしい!

今年は開花が遅いですね~。
というよりも、ここ数年早すぎた感。本来は、4月下旬からゴールデンウィークのあたりが見頃だったのです。
来週には、ええ感じになりそうです。
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かぎろひ歴史探訪4月26日(日)について
「かぎろひ歴史探訪」は、事前申し込みなしの参加OKを謳っている性格上、主催者側からの「中止」にはできない状況です。私どもは一応集合場所に待機し、参加者がいなければ中止、お1人でも来られたら実施という、かぎろひらしいゆるやかな対応(臨機応変)でやっております。
さすがに次は誰もいないかもね、と言いながら、4月21日、下見歩きをしてまいりました。
近鉄大阪線榛原駅から、春日宮天皇妃陵を経て、鳥見山公園をめざします。
鳥見山公園は鳥見山頂735mのすぐ麓、標高570mあたりに開け、ツツジの名所として有名。
榛原駅からは住宅地を抜けて、ゆるかに上っていきます。

額井岳が見え始めるとテンション急上昇

しだいに上がってゆく高度を感じながら、振り返って宇陀のまちを

ふわっとやわらかい新緑の芽吹きが一面に感じられる山里に心洗われる思い

この日は、あちこちで新緑にハッとさせられたのですが、そのいくつかをご紹介。

鳥見山公園までは車でも行くことができる舗装道路と、徒歩のみの山道との2ルートあり。
↓山道のほうを行くと春日宮天皇妃陵への分岐があります。



春日宮天皇って?
志貴皇子のことよっていうと誰でもすぐわかるのにね。「いはばしる垂水の上のさわらびの…」「采女の袖ふきかへす明日香風…」など、胸がキュッとなるような繊細な歌を詠んだ人で、万葉集に6首。ファンも多いはず。天智天皇の息子さんだけれど、政治よりも文学青年のイメージかな。死後50年以上を経て、息子の白壁王が光仁天皇となったときに、「春日宮天皇」と追尊されたのです。そして、妃の紀橡姫(きのとちひめ)さんが「皇太后」号を追贈されたというわけ。
志貴皇子、橡姫、紀氏については、今回の龍センセ講座のメインになるのではないかと、思います、たぶん。
ヒノキ林の中を10~20分ぐらい歩いたかなあ

現れました!


下から(国道165)ずっと石段が続いている? いつか、こちらからも参拝してみたいもの。

さぁ、元の山道に戻って、鳥見山公園をめざしましょう。
あれ、センセ、公園は左ですよ。

↑右手へ下りはじめたセンセ。
オレはさっきの所まで下って、舗装道路で行く!
えー、信じられませんっ。
戻るのと同じくらいの時間で山道を抜けられるはず、なのに。
では、ワタクシは左手へ、このまま登りますんで。

ここだけの話ですが、山歩きに慣れていないセンセは、かなりひるんでいるというか、緊張しているというか、妙に気弱というか(笑)。怒ることもなく、何やら神妙な様子で下りていかはりました。
ワタクシはといえば、久しぶりの山歩きがうれしくて楽しくてたまりません!
はっきり言って、初級程度の山歩きですよぉ(エラソーに)。
うーん、普段からの慣れもあるでしょうが、育ちの違いもある? センセは京都のぼん、ワタクシ、山の子ハイジ(笑)
10分足らずで山道を抜けたものの、センセの姿はなし。まだ下っているのでは?

↑この道を登ってくるはずなんだけど…
心配になって、迎えにいってみたら、かなり下ったところでようやく

再び分岐点。センセは右へ、ワタクシは左へ(笑)

それ以後、鳥見山では別行動。電話するも出ないし^^;
留守電にメッセージを残し、ひとり駆け回りました。

山桜が清楚に彩り、ヤマツツジには早いもののミツバツツジの紫色が鮮やか

ここからの展望も必見です!
この日はちょっとかすんでいたのですが、眼下に広がる風景にくぎづけ。

↑伊那佐山さーん
↓額井岳さーん

センセは鳥見山で、ン十年ぶりの知人に会ったそうでご機嫌よく、無事に再会(笑)
長谷寺方面をめざすことに。初瀬ダムまで5.6km
最初はなだらかに下る舗装道路

このあたりから山道へ

行けども行けども林の道

林が途切れて展望を楽しめる所があればいいのですが、最初は森林浴~♪と喜んでいた気持ちも次第にトーンダウン。息苦しささえ覚えてしまいましたよ^^; 道はきっちりついているのですけどね。
そうして、中間地点あたりから

急勾配の石畳!

ぺっぴり腰で歩くセンセに、心配マックス。こんな所へ連れてきてしまった、と後悔の念も^^;
足元を見ながら慎重に下るしかありません。
ようやく視界が開けたときはホッ。

下界に下りたとたん、軽快に歩き出すセンセ(笑)

センセー、今日は反省会しませんよー、と後ろから叫ぶありさま(笑)。
「かぎろひ歴史探訪」始まって以来のハードな山歩きでした。
で、コースを変更しようか考え中です。
榛原駅⇒春日宮天皇妃陵⇒鳥見山公園というのは変わりませんが、あの過酷な山道をはたして歩く価値があるのか…
ポイントもあまりなくて、ただひたすらの山中ハイキングですからね。展望があれば魅力もあるのですが。
希望者があれば同行しますが、ちょっと「かぎろひ歴史探訪」らしくないかも、デス。
当日、顔ぶれを見てきめましょうか、な~んて、のんきなことを考えております。
今のところ、tetsudaさんとSさんが参加予定ですので、4月26日は実施します。
ご無理のないように、よろしくお願いします。
当初の予定ではバス停解散などと書いておりますが、近鉄長谷寺駅になると思います。

※4月26日(日)午前10時、近鉄大阪線榛原駅北口(改札を出て左手)。改札前でお待ちしております。
参加費1500円。鳥見山公園で昼食、講座。お弁当とシートなどご持参ください。
※以前、登った鳥見山の記事をご参考までに⇒★
さすがに次は誰もいないかもね、と言いながら、4月21日、下見歩きをしてまいりました。
近鉄大阪線榛原駅から、春日宮天皇妃陵を経て、鳥見山公園をめざします。
鳥見山公園は鳥見山頂735mのすぐ麓、標高570mあたりに開け、ツツジの名所として有名。
榛原駅からは住宅地を抜けて、ゆるかに上っていきます。

額井岳が見え始めるとテンション急上昇

しだいに上がってゆく高度を感じながら、振り返って宇陀のまちを

ふわっとやわらかい新緑の芽吹きが一面に感じられる山里に心洗われる思い

この日は、あちこちで新緑にハッとさせられたのですが、そのいくつかをご紹介。

鳥見山公園までは車でも行くことができる舗装道路と、徒歩のみの山道との2ルートあり。
↓山道のほうを行くと春日宮天皇妃陵への分岐があります。



春日宮天皇って?
志貴皇子のことよっていうと誰でもすぐわかるのにね。「いはばしる垂水の上のさわらびの…」「采女の袖ふきかへす明日香風…」など、胸がキュッとなるような繊細な歌を詠んだ人で、万葉集に6首。ファンも多いはず。天智天皇の息子さんだけれど、政治よりも文学青年のイメージかな。死後50年以上を経て、息子の白壁王が光仁天皇となったときに、「春日宮天皇」と追尊されたのです。そして、妃の紀橡姫(きのとちひめ)さんが「皇太后」号を追贈されたというわけ。
志貴皇子、橡姫、紀氏については、今回の龍センセ講座のメインになるのではないかと、思います、たぶん。
ヒノキ林の中を10~20分ぐらい歩いたかなあ

現れました!


下から(国道165)ずっと石段が続いている? いつか、こちらからも参拝してみたいもの。

さぁ、元の山道に戻って、鳥見山公園をめざしましょう。
あれ、センセ、公園は左ですよ。

↑右手へ下りはじめたセンセ。
オレはさっきの所まで下って、舗装道路で行く!
えー、信じられませんっ。
戻るのと同じくらいの時間で山道を抜けられるはず、なのに。
では、ワタクシは左手へ、このまま登りますんで。

ここだけの話ですが、山歩きに慣れていないセンセは、かなりひるんでいるというか、緊張しているというか、妙に気弱というか(笑)。怒ることもなく、何やら神妙な様子で下りていかはりました。
ワタクシはといえば、久しぶりの山歩きがうれしくて楽しくてたまりません!
はっきり言って、初級程度の山歩きですよぉ(エラソーに)。
うーん、普段からの慣れもあるでしょうが、育ちの違いもある? センセは京都のぼん、ワタクシ、山の子ハイジ(笑)
10分足らずで山道を抜けたものの、センセの姿はなし。まだ下っているのでは?

↑この道を登ってくるはずなんだけど…
心配になって、迎えにいってみたら、かなり下ったところでようやく

再び分岐点。センセは右へ、ワタクシは左へ(笑)

それ以後、鳥見山では別行動。電話するも出ないし^^;
留守電にメッセージを残し、ひとり駆け回りました。

山桜が清楚に彩り、ヤマツツジには早いもののミツバツツジの紫色が鮮やか

ここからの展望も必見です!
この日はちょっとかすんでいたのですが、眼下に広がる風景にくぎづけ。

↑伊那佐山さーん
↓額井岳さーん

センセは鳥見山で、ン十年ぶりの知人に会ったそうでご機嫌よく、無事に再会(笑)
長谷寺方面をめざすことに。初瀬ダムまで5.6km
最初はなだらかに下る舗装道路

このあたりから山道へ

行けども行けども林の道

林が途切れて展望を楽しめる所があればいいのですが、最初は森林浴~♪と喜んでいた気持ちも次第にトーンダウン。息苦しささえ覚えてしまいましたよ^^; 道はきっちりついているのですけどね。
そうして、中間地点あたりから

急勾配の石畳!

ぺっぴり腰で歩くセンセに、心配マックス。こんな所へ連れてきてしまった、と後悔の念も^^;
足元を見ながら慎重に下るしかありません。
ようやく視界が開けたときはホッ。

下界に下りたとたん、軽快に歩き出すセンセ(笑)

センセー、今日は反省会しませんよー、と後ろから叫ぶありさま(笑)。
「かぎろひ歴史探訪」始まって以来のハードな山歩きでした。
で、コースを変更しようか考え中です。
榛原駅⇒春日宮天皇妃陵⇒鳥見山公園というのは変わりませんが、あの過酷な山道をはたして歩く価値があるのか…
ポイントもあまりなくて、ただひたすらの山中ハイキングですからね。展望があれば魅力もあるのですが。
希望者があれば同行しますが、ちょっと「かぎろひ歴史探訪」らしくないかも、デス。
当日、顔ぶれを見てきめましょうか、な~んて、のんきなことを考えております。
今のところ、tetsudaさんとSさんが参加予定ですので、4月26日は実施します。
ご無理のないように、よろしくお願いします。
当初の予定ではバス停解散などと書いておりますが、近鉄長谷寺駅になると思います。

※4月26日(日)午前10時、近鉄大阪線榛原駅北口(改札を出て左手)。改札前でお待ちしております。
参加費1500円。鳥見山公園で昼食、講座。お弁当とシートなどご持参ください。
※以前、登った鳥見山の記事をご参考までに⇒★
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『かぎろひの大和路』最新号 書店へ発送
『かぎろひの大和路』復刊36号、こんな時期なので、下記の書店へは送ることにしました。昨日発送しましたので、明日20日に到着すると思います。
海老山書店(天理市)
倭の国書房(磯城郡田原本町)
椿日進堂(御所市)
桜井誠文堂(五條市)
森谷書店(香芝市)
久保弘文堂(生駒市)
高垣弘文堂(大和高田市)
東京国立博物館、奈良国立博物館は休館が続いていますので、発送ももう少し後にします。
よろしくお願いします。
海老山書店(天理市)
倭の国書房(磯城郡田原本町)
椿日進堂(御所市)
桜井誠文堂(五條市)
森谷書店(香芝市)
久保弘文堂(生駒市)
高垣弘文堂(大和高田市)
東京国立博物館、奈良国立博物館は休館が続いていますので、発送ももう少し後にします。
よろしくお願いします。
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上狛の里 探訪報告
4月16日の「かぎろひ歴史探訪」は、新型コロナウィルスの猛威がおさまらない状況下、参加者がいなければ中止、1人でもいれば実施という姿勢でのぞみました。
前日までにtetsudaさんとお知り合い2人の参加がわかっていましたので、これは5人による探訪ハイキングになるかも?
が、想像を超える10人の方がいらっしゃり、過去最少人数なのに、多い! と思ってしまいました。こんな時期なので、自粛を願いながら、やっぱりうれしい!
高麗寺跡で記念撮影

常連さんはK田さん、H田さん、S井さん、Nさん、Iさん
最近連続ご参加のtetsudaさん、S田さんとお友達のIさん
奈良八重桜などいろいろ関わりのあるI田さんの登場にもビックリ。
そして初参加のFさんは、なんと、「かぎろひNOW」をずいぶん前から読んでくださっているとのこと。他のイベントが全て中止になったので、ご参加くださったようでした。
ブログの読者って、コメントをいただかない限りはお顔が見えませんので、とてもうれしいできごとでした。
コース
JR奈良線上狛駅⇒泉橋寺⇒茶問屋街⇒上狛環濠集落⇒大井戸跡⇒西福寺⇒上狛駅前公園⇒上狛墓地の石仏・石碑⇒高麗寺跡⇒サエの石神像⇒小林家住宅⇒環濠集落⇒上狛駅
泉橋寺門前の石地蔵さん。高さ4.58m

天平十三年辛巳に大橋をわたし、狛の里に伽藍を建て、僧院として泉橋院と号す。(『行基大菩薩行状記』)

お茶問屋街

↑歩いている人なんてほとんどいないのに、Hさんはバッタリ高校の同級生と出会って


上狛環濠集落の風情もたっぷり味わいました


お弁当と龍講座の後は高麗寺跡へ


南面して西に金堂、東に塔の、法起寺式伽藍配置
塔の心礎

高麗寺跡から

どこまでものどか~

この日いちばんの急坂

のんびり、コロナ騒ぎを忘れたひととき、
行く先々でであう八重桜の花姿にも癒されたのでした。



ご参加の皆様、ありがとうございました。
前日までにtetsudaさんとお知り合い2人の参加がわかっていましたので、これは5人による探訪ハイキングになるかも?
が、想像を超える10人の方がいらっしゃり、過去最少人数なのに、多い! と思ってしまいました。こんな時期なので、自粛を願いながら、やっぱりうれしい!
高麗寺跡で記念撮影

常連さんはK田さん、H田さん、S井さん、Nさん、Iさん
最近連続ご参加のtetsudaさん、S田さんとお友達のIさん
奈良八重桜などいろいろ関わりのあるI田さんの登場にもビックリ。
そして初参加のFさんは、なんと、「かぎろひNOW」をずいぶん前から読んでくださっているとのこと。他のイベントが全て中止になったので、ご参加くださったようでした。
ブログの読者って、コメントをいただかない限りはお顔が見えませんので、とてもうれしいできごとでした。
コース
JR奈良線上狛駅⇒泉橋寺⇒茶問屋街⇒上狛環濠集落⇒大井戸跡⇒西福寺⇒上狛駅前公園⇒上狛墓地の石仏・石碑⇒高麗寺跡⇒サエの石神像⇒小林家住宅⇒環濠集落⇒上狛駅
泉橋寺門前の石地蔵さん。高さ4.58m

天平十三年辛巳に大橋をわたし、狛の里に伽藍を建て、僧院として泉橋院と号す。(『行基大菩薩行状記』)

お茶問屋街

↑歩いている人なんてほとんどいないのに、Hさんはバッタリ高校の同級生と出会って


上狛環濠集落の風情もたっぷり味わいました


お弁当と龍講座の後は高麗寺跡へ


南面して西に金堂、東に塔の、法起寺式伽藍配置
塔の心礎

高麗寺跡から

どこまでものどか~

この日いちばんの急坂

のんびり、コロナ騒ぎを忘れたひととき、
行く先々でであう八重桜の花姿にも癒されたのでした。



ご参加の皆様、ありがとうございました。
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かぎろひの大和路 最新号納品状況4月17日
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