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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

往生院(生駒市) 

7月21日、取材をかねて暗峠(くらがりとうげ)ハイキングをしようと思い立ちました。2日間べったりデスクワークだったので歩きたいということもあるのですが、手持ちの仕事と同時進行でそろそろ取材も進めていかないとねえ。

なるべく朝早く、涼しいうちにと、午前7時過ぎ、リュックを背負ったままの姿で投票所へ向かい、そのまま電車に乗りました。

起点の近鉄生駒線南生駒駅に降り立ったのは8時頃だったでしょうか。このまま行ってしまうと暗峠に早く着き過ぎるような気がしましてね。
峠周辺のお店でランチしてかき氷を食べるのも1つの目的ななものですから、あんまり早くてもいかんのです。いやぁ、これも一応取材なのですぞ。

というわけで、山麓の、気になっていた2か所を訪ねてから暗峠道へ出ることにしました。
美務岡萬(みののおかまろ)の墓と、行基が火葬されたと伝わる往生院(おうじょういん)。

急に思いついた予定外の行動なので、きちんと調べてこなかったという難点はあるにしても、まあ誰かに聞けばわかるやろ、と軽い気持ちで。

竜田川を渡り





住宅地の坂道を登っていくと、美務岡萬の墓はすぐに見つけることができました(誰やねん、何がオモロイねん、という話は後日)。

そこから往生院はさほど離れていないはず(というくらいの認識^^;)
簡単な地図は持っていたのだけれど、これがわかりにくい。

新興住宅地の中を行ったり来たり、会う人ごとに尋ねても「さあ」「知りませんなあ」。
親切にも教えてくださる方は「あっち」「こっち」と逆方向だったりして・・・
時には、あれっこれって暗峠街道やん、そんなはずはないわ、と戻ったり・・・

美務岡萬の墓と円福寺の間ぐらいにあるとイメージしているのに、気がつくと目の前に円福寺(こちらの話題も後日)。



おかしいなあ。こうなったら意地でもと、どグルグル回るも探せず、ようやく「知っている」とおっしゃる植木職人さん(?)に出会うことができました。

住宅地のはずれの山のほうへ、教えられたとおりに行ってみると、そこは墓地なのでした。



お堂はこの墓地の奥にひっそりと、でも立派な石碑が建っていました。





少し荒れた感じのお堂ですが




境内には、屋根よりも高いほどに感じられる宝篋印塔がたたずんでいて、目を引きました。
説明板によると、元正元年(1259)の銘があり、県内最古だそう(重要文化財)。

←近づけば、見上げる迫力












でも、県内最古のほうは↓こちらかも? 




由緒ありそうなものが、あちこちに、なにげなく。

お堂におかれていたしおりによると、
中世から続く生駒谷11カ村の郷墓(ごうぼ)で、行基が火葬された地と伝えられています。
中世から近世にわたる約6000基もの墓塔が残っています。墓の中心である往生院には、行基の墓塔と伝えられる五輪塔があります。鎌倉時代の墓塔を残す県内でも創立の古い貴重な墓地です。


南北朝時代のこの五輪塔には、行基の遺徳を慕って参詣する人々が削ったと思われる痕跡が見られるそうです。
堂内に安置されているもよう。

墓地を歩いてみると、なるほど、歴史を感じさせるものが多く、おびただしい無縁仏群もあれば、えらいお坊さんのらしきもの、十三重石塔も。



やっと往生院へたどりつけたうれしさとともに、漂う長い歴史を感じていると、すでにお昼近くになっていて、もはや暗峠まで歩く気力はすっかり消滅していたのでした。

「急ぐことはない。また出直しなはれ」行基さんにも言われた気がして…^^;







↓地図で見てみると、行基さんのお墓のある竹林寺のほぼ真南に位置するようです。


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Posted on 2013/07/22 Mon. 05:53 [edit]

category: 大和の寺社

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