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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

発行遅れのおわび(言い訳) 

『かぎろひの大和路』をご愛読いただいている皆様、復刊29号が遅れに遅れまして、ついに年を越すこととなりました。おわび申し上げます。




遅れた理由を考えてみますと…、ほかの仕事や趣味に時間を割いているのも事実なのですが、スタッフの高齢化も否めないかなあ…^^;

若い頃は、睡眠や食事の時間も削って、ひたすら集中することもできたのですが、ふんばりがきかなくなりましたね。




ただ、『かぎろひの大和路』のことは、とてもとても大事に考えています。
身体の動く限り、続けていくゾicon09

お待ちくださっている読者の皆様には、ほんとうに申しわけございません。
非常に恐縮しながら、汗をかく思いで、年末にひと言、おわび申し上げる次第です。

どうか、もうしばらく、気長にお待ちくださいますようお願いいたします。



(以上の挿入写真は、太子道で出会った石仏たち。2012.4.24撮影)

…………………………………………………………
続きまして、『かぎろひの大和路』29号の概要を。

特集地域は磯城郡川西町を中心に。糸井神社、比売久波(ひめくわ)神社(↓写真)、島の山古墳、結崎座(大和猿楽四座の1つ)、太子道などなど。




このメインページが上がってきてない状況です。龍センセ、苦戦です。

「大和を彩った人」は忍性さん。この記事にもずいぶん時間を費やしていたようです。単に忍性さんの事績について触れるだけではなく、人間の生きざまに迫らなければとの思いで、やっと書き上げています。

「文学&奈良」は世阿弥の『夢跡一紙(むせきいっし)』。





ワタクシが担当したものでは、「生活と風習と」で糸井神社の秋祭りをとりあげています。
ブログでは取材するたびにアップしてきましたが、冊子のほうでは、たった1ページの扱いなんですよね。つらっ、ということで、今回は特例で見開き2ページ分をゲットすることができました。

あとは、算額最中、手づくりうどん美ノ吉、貝ボタン、結崎ネブカ、NPO法人ミルクならネットワーク、などをご紹介しています。




↑奈良県内の前方後円墳の中で19番目の規模をもつ、島の山古墳(2012.4.24撮影)

……………………………………………

最後になりましたが、このような不定期スローな小冊子をご愛読くださっている皆様には、いつも感謝しております。奇跡的なご縁だと感じることも多く、それが私どもの原動力であることは間違いありません。ほんとうにありがとうございます。

どうぞ皆様、よいお年をお迎えくださいますように。

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Posted on 2012/12/31 Mon. 00:26 [edit]

category: かぎろひの大和路

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31

竜王渓遊歩道 

12月26日、実家の墓参り(掃除)へ。

両親がいなくなった家はなんともさみしくて、午後すぐに帰路につく。

“峠のわが家”から九度山駅まで歩いて約30分、ひたすら下り道。
途中のビューポイント。 



前方が和泉山脈、手前に紀ノ川。あっ、上空に雪雲? 左のほうは、雨引山から高野山へと至る町石道(ちょういしみち、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」)が。

九度山駅へはまっすぐ下るのだけれど、この日は左へ、ちょっと別のコースをたどる気になった。



ここを行くと、九度山駅よりひとつ高野山寄りの「高野下駅」へと導かれるのは承知の上。↑前方に見えるのが雨引山。



←やがて、紀ノ川の支流、丹生川が見えてくる。

ワタクシが子どもの頃、親しんだのはここよりもっと上流で、「玉川」と呼んでいた。

icon61水清らかに 鮎おどり 流れ尽きせぬ 玉川の こだまのひびき 君を呼ぶ…

ふと口をついて出てくるのは、中学校の校歌だ^^;



高野下駅手前で、魅力的な細道を見つけた。
道標などがないので、はたして行き止まりなのか、どこへ続いているのか、皆目わからない。
が、行ってみたい気持ちの勝ち~




道は丹生川沿いに続いている。

このあたりの丹生川は奇岩を縫って流れる風情があって、景勝地だよなあ、とかねてからひそかに思っている。




と、看板が!





おお、竜王渓って言うんや(知らなかった)。

●説明文

このあたりは雨を降らせる神様である善女竜王が祀られていることから「竜王渓」と称されています。
透き通るような丹生川(玉川)が流れており、多くの甌穴(おうけつ)が見られます。

この遊歩道は、木材や資材を運ぶために使われていた高野山森林鉄道の跡地です。



ネットで検索をかけてみると、つい最近、「守ろう竜王渓~明るい森づくりプロジェクト~」が開催されたことを知って、ちょっと感動。

秋には紅葉狩りハイキングが楽しめそう♪

高野山森林鉄道については、高野山霊宝館のサイトで概要を知ることができる。→こちら

へぇ、日本初の森林鉄道だと言われている「津軽森林鉄道」よりも実は4年も早く誕生しているんですって!


高野山森林鉄道跡を歩かれた人の「森林鉄道→●発車します」というブログを発見。おもしろい。→こちら


結局、この道は、30分もかからずに九度山町役場の下へ。



↑「日本一九度山の富有柿」


それにしても、この「竜王渓遊歩道」、高野山森林鉄道という歴史と丹生川の奇観、なかなか素敵なハイキングコース!
九度山の町並みと併せたら、観光の幅も広がるぞ。

と思って、検索したら、すでに、九度山町さん、やってはりました。→こちら


九度山駅には、新しいトイレ(もち、「六文銭」マーク)も完備。おもてなしの態勢も着々のよう。




「竜王渓遊歩道」は、高野下駅ー九度山駅を結ぶ。







1人でもコワクないよ!

対岸は国道370号線、その上を南海高野線が走るんだもの。
あっ特急高野号! おっ各駅停車。



Posted on 2012/12/29 Sat. 22:35 [edit]

category: 高野山麓から

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29

葛城山麓 お酒のご縁 

葛城山麓、御所市にある3つの蔵が醸すお酒は、いずれもうまく、またそれぞれが個性的で、高い人気があります。

3つの蔵とは、「風の森」「鷹長」の油長酒造、「篠峯」「櫛羅」の千代酒造、「百楽門」の葛城酒造。

地図におとしてみると↓こういう位置になります。






『かぎろひの大和路』御所特集のとき、この3つの蔵が並んだ裏表紙の協賛広告はワタクシの自慢。

やっぱり好きなお酒の広告が入るのはうれしくてたまらないのであります。
感謝、感謝。ありがとうございます。










12月23日、御所方面へ。

葛城市歴史博物館で特別陳列「當麻寺菩薩面と古代の匠のプロフィール」(icon52)を見てから、笛吹神社を経由して、御所のまちまでハイキング。


←途中出合うのは、どっしりした蔵構えの千代酒造。

「篠峯」ファンのNさんのことが浮かんだり、近々の墓参帰りに、この蔵直営の立ち飲み「櫛羅」へ寄ってみようかな、と考えたりしながら、道を下ります。



この日のもうひとつの目的は、「風の森」の新酒を仕入れること。
普段、蔵ではお酒を販売されないのですが、年末のこの日ばかりは特例。ワタクシの年中行事ともなっているのです。



家を出るときは晴天だったのに、ワタクシが御所入りする頃にはポツリポツリときて、やがて土砂降りの雨。ウ、ウソッ、なんでぇぇ…^^;

でも、雨など気になりませんでしたね。
へへ、顔見知りはもちろん、初対面の人とも、わいわい、新酒とアテで楽しいひととき~♪




ようやく、雨はあがったのをみて、ごちそうさま、失礼しまーす。
お酒をかついで、エッチラ、オッチラ。身体もすっかり温まって気分も上々。

がらんとしたローカルな御所線でくつろいでいると。
「よっ」と、隣に座られる方が。なんと、葛城酒造の蔵元社長さんではありませんか!

大阪で開かれるお酒の会に行かれるところだそうで、おしゃべりしながら尺土駅まで。
朝5時半から作業を始めて年内の仕込みは終わったこと、お正月とはいっても、お酒は常に見守らなければならないこと、などをお聞きしました。大切に育てられて、おいしいお酒ができるのですね。お酒の話は楽しい~icon61


お別れしてから、おっと、奇しくも1日のうちに、御所の3つの蔵元さん、制覇(?)したやん、ということに気づきました。
大好きなお酒たちの蔵元さんとやっぱりご縁があるんやわ、と勝手に考えるだけで、何だか楽しく、うれしい日になったのでした。

お正月は(も)、飲むゾbikkuri-01

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Posted on 2012/12/25 Tue. 23:15 [edit]

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25

御蓋山へ登ったこと 

春日なる御蓋(みかさ)の山。
ひときわうるわしく端正な神の山をのぞむたび、手を合わせたくなります。

県庁屋上から(11.3.17撮影)

10.3.17御蓋山


どこにいても、このお山を意識してしまいます。

御蓋山3枚


神山につき禁足地。
しかし、春日大社が催される「春日山錬成会」では、時により登ることができます。

過日、9月29日の「秋の峰」(→icon52)に参加する気になったのも、御蓋山へ登ることができるというのが大きな理由でした。


実は、実は、実は…思い切って罪科の告白をしたいと思います。

奈良で働き始めたばかりの若い頃、うーん、30年ほど前になるでしょうか、バチアタリにも、勝手に御蓋山へ登ってしまったことがあるのです。

「奈良公園、もう一歩の探勝」というテーマで取材をしていたときのことでした。

旧刊奈良公園


奈良公園をウロウロ歩き回って、どんどん東へ。ついに突き当たった傾斜地を登っていくと……それが御蓋山だった…

とんだアホなヤツですね。若気の至りというにしても、登った本人は誰にも言えず、長年ずうっと罪の意識を抱えて苦しんできましたので(ほんまかっ)、その報いは十分にあったと言えるかもしれません。

このお山に手を合わせたくなるのは、実はゴメンナサイの気持ちが大きいのでした。




「秋の峰」で御蓋山へ登ることができるとわかり、どこかホッとしたのも事実です。そして、頂上で謝罪してこようと思いました。


この日は、正々堂々と正面から、御蓋山へ。

12.9.29本宮神社


道なき道を、登っていきます。

12.9.29御蓋山へ2



見上げると、あやしく不思議なかたちの樹木

12.9.29御蓋山樹木




標高295メートル。あっという間に頂上へ。
御蓋山浮雲峰。社前を10メートル四方の自然石が取り囲むようにあり、祭祀遺跡だと考えられているそうです。

12.9.29本宮神社頂上



全員で「神拝詞」を唱和した後、順番に3人ずつお参りしました。

12.9.29御蓋山頂上



ワタクシ、30年ぶりの登拝をご報告しました。
あっ違う、あのときはゴメンナサイ<(_ _)>



下山は、南へ。こちらはゆるやかで、歩きやすい道でした。

12.9.29御蓋山下山



ああ、ほんとうに、胸のつかえがおりた気がします。
秘密にしていたことを、告白もしてしまったし…。

もちろん、これからも、御蓋山に手を合わせていきたいと思います。そして、また春日山錬成会にも参加したいもの。いただいた金剛杖も、そのつもりで置いてきたのです。

あっ、この後、念願の芳山二尊石仏も拝観できて(これについては後日アップしたいと思います)、忘れられない一日になったのでした。


コースの最終地点、若草山からのぞむ御蓋山

12.9.29若草山から御蓋山


Posted on 2012/12/22 Sat. 22:42 [edit]

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22

當麻寺菩薩面と古代の匠のプロフィール 

葛城市歴史博物館の特別陳列のご案内です。


(平成24年12月28日~平成25年1月4日休館)






「葛城市歴史博物館」は、興味をもちながら、なかなか行くことができず、今回が初めてのご紹介になると思います。

先日のこと。
葛城市歴史博物館のYさんから、「かぎろひさんのブログ等でも取上げていただけるようでしたら、ぜひ宜しくお願い致します」というメールが届きました。

たまたま、このブログが葛城市歴史博物館の方のお目にとまったのかなあと思っていたのですが、実は先日、お会いしていた方だったのです。ほほ、一方的にですが…^^;

メールの最後に
先だってのアウルリコーダー演奏会に、お越しいただき、本当に有難うございました。篤く御礼申し上げます。


とあり、なんと、先日、奈良ホテルの聖ラファエル教会で演奏会をされた「アウルリコーダーアンサンブル」(→icon52)のメンバーの中にいらっしゃったのだとか。
素敵ですよねえ。博物館の学芸員をしながら演奏もされるなんて(あっ、どの方かすぐにピンときました^^)。

ちょうど、近々に、御所方面へ行く予定がありますので、そのときに立ち寄って拝見させていただくことにしましょう。
それからご案内しようかと思っていたのですが、まずは、お知らせだけ。

詳しくは、葛城市歴史博物館のサイトでご覧ください。→こちら

と、丸投げしようとしたものの、んん? どこを探しても、詳しい内容は載ってへんゾ。独自のHPでもないようだし。

というわけで、お送りいただいた内容をそのままここに載せることにします。

【特別陳列】
當麻曼荼羅完成1250年記念
『當麻寺菩薩面と古代の匠のプロフィール』

當麻寺の伝承によれば、天平宝字7年(763)6月、 中将姫によって約4m四方の「綴織當麻曼荼羅図」が蓮糸で織り上げられた、と言われています。
そして、その時から数え、来たる平成25年(2013)は、『當麻曼荼羅完成1250年』の記念の年になります。

このことから、当館では當麻寺と関係諸寺のご協力により、當麻寺練供養会式(二十五菩薩来迎会)で8年前まで使用された「菩薩面」(鎌倉~江戸時代)28面すべてと、昭和33年の當麻寺本堂解体修理時に発見された「墨書男性人物落書き板」(平安初期)、そして「當麻曼荼羅図」(鎌倉期)を中心に、関連資料を一堂に集め、特別陳列を行います。

特に、古い菩薩面すべての公開は、8年ぶり。
また、門外不出とされてきた28の菩薩面すべてが博物館に出品されるのは、今回が初めてとなります。
鎌倉時代から現代に至る約800年間、人々の願いと心からの祈りの声を、練供養会式の橋の上で聞き届けてくだ さった、菩薩の面を鑑賞できる絶好の機会となります。

優しく、力強く、迫力のある菩薩面を、ぜひ間近でご観覧ください。

【主な展示品】
・菩薩面 28面(鎌倉~江戸) 當麻寺蔵
・()墨書男性人物落書き(平安初期)當麻寺蔵
・當麻曼荼羅図 (鎌倉) 當麻寺中之坊蔵
・當麻曼荼羅縁起絵巻(江戸)當麻寺奥院蔵
ほか







【展示説明会】
『特別陳列』の展示品についての説明会を行ないます。
とき 平成25年1月12日(土)午後2時~・要申込
ところ 葛城市歴史博物館「あかねホール」・参加無料


※葛城市歴史博物館
葛城市忍海250番地1
電話 0745-64-1414
FAX 0745-62-1661

※円亀山人さんから情報をいただきました。こちらに詳しい内容が出ているようです。

Posted on 2012/12/20 Thu. 00:10 [edit]

category: 未分類

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大宿所詣2012 

12月17日はいよいよ「春日若宮おん祭」(国の重要無形民俗文化財)。
※詳しくは春日大社のサイトで→こちら


「春日若宮おん祭」のトップをきって、12月15日に「大宿所詣(おおしゅくしょもうで)」が行われました。
これは商店街の皆さんがご奉仕される行事。
ワタクシは関連の機関紙編集を担当していることもあり、毎年、取材に出かけています。


お渡り行列が出発するのはJR奈良駅。
ここで、思いがけない方々に出会って、ビックリしたり、喜んだり。時ならぬ同窓会みたいで…

すでに皆さん、ブログアップされています。
奈良倶楽部さん→こちら
*ならら*さん→こちら
らんさん→こちら

そして「奈良散策」のさんまるさんにも「はじめまして」のごあいさつを。
さんまるさん「えっ、かぎろひさんって男性だと思ってました」


時代装束を身につけたお渡りの一行は、12時45分にJR奈良駅前をスタート。






←三条通りを東へ。
















↓左は東向商店街、右は東向北~花芝商店街。




↓大宮通り

↑重い輿を担ぐのは今年も航空自衛隊のめんめん。「鉛筆を持つ程度」とおっしゃっていました。さすがの笑顔!





もちいどのセンター街の中にある大宿所では、御湯立(みゆだて)の儀がしめやかに。



最近はテレビカメラが入り、新聞社の方も多くて、いい場所がとれにくくなりました…^^;
昨年はテレビカメラの前にしゃがむような感じで撮影。→昨年

反省を踏まえて、よしっと今年は脚立を持参。

実際はこんな状況をかいくぐって撮りました。




↓お渡りを追っかけているときに出会った人や気づいたもの。

その1.
東向通りで、まんとくんに出会ったよ(このとき、お渡り行列は小西さくら通りを通過中)。
「ボクは今日、大宿所じゃないんだ」と、逆の方向へ。どこへ行ったのかな。






その2.
河瀬直美監督がいらっしゃいました(花芝通り商店街で)。





その3.
もちいどのセンター街では、フラッグに「御湯立」の写真が。



それがなにか?






へへ、実はこれ、ワタクシの写真なんで~す。
って、これが言いたかったのでアリマス。

1年ほど前に、ブログを見てくださったとかで、写真を借りたい旨のお話があり、お送りしていたのです。
すっかり忘れていたものですから、これを見つけてちょっと感激。


もちいどのをお通りの際には、見上げてくださいまし。

Posted on 2012/12/17 Mon. 00:24 [edit]

category: 仕事

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17

ナラノヤエザクラ紅葉 

12月11日、近鉄奈良駅周辺まで所用があったので、大回りして奈良公園を抜けていくことに。

大仏池あたり。さぶっ。




常緑樹以外はすっかり葉を落とし冬支度。師走やもんね。雪も降ったし…。


と、大仏殿の西側へ来てビックリ。
↓うそっ。桜紅葉がい、いまごろface08



なんや、ショボイやん、っておっしゃいませんように。

これは、ナラノヤエザクラなんです。

忘れもしない2009年、「奈良八重桜の会」(上田トクヱ会長)が植樹しました。東大寺知足院のもの(天然記念物)と同様の純系種であることがDNA鑑定で確認されている、由緒正しいナラノヤエザクラなのですよ。


それにしても、驚きました。だって、ソメイヨシノなどの桜はいち早く紅葉して散っていきますからね。

もしかしたら、ナラノヤエザクラって、開花が遅いように、紅葉も?

それから、県庁東駐車場横のナラノヤエザクラ、興福寺境内と見ながら行ったのですが、どれも散り尽くしていました。

ナラノヤエザクラの紅葉が他の桜に比べてほんとうに遅いのかどうか、専門家に聞かなければわかりませんが、この時期に出合った紅葉は、何か奇跡的なものに思われてうれしかったのです。

12月11日と4月29日の、大仏殿西側のナラノヤエザクラを並べてみました。



ひょろりとして1本、そこにあるので、目に留められることも少ないのですが、けなげな感じがして心を打たれます。もしこのあたりを通られたら気にしてくださるとうれしい限りです。

あっ、「奈良八重桜の会」では、この桜にプレートを付けたいと考えています。
そうすれば、立ち止まって愛でてくださる方も増えるかもしれませんね。


あっ、あっ、もうひとつ。
「奈良八重桜の会」では、ただいま会員増強中です。

奈良八重桜を愛で、植樹や保護育成、また講演会などを開いて周知するための活動をしています。
会ができてから10年が経過、新たな企画もあたためています。

ワタクシも当初からの会員で~す。
ただいま、会員は約30人(うち、男性3人)。
なにせ、可憐なお花がテーマの会ですから、いつもにこやかな、和気藹々とした雰囲気が漂っています。

もしも、興味のおありの方、お問い合わせ、入会の希望などがございましたら、右のメールフォームからご連絡くださいませ。
ワタクシ、頼りないながら、事務局と機関紙編集などを担当しております。

よろしければ、ホームページへお訪ねくだされば、会の趣旨などおわかりいただけるかと思います。

このHPも、ずいぶん前にワタクシが作ったものですが、稚拙でお恥ずかしい限り。
リニューアルもしたい、きちんと更新したいと思ってはいるのですが…。

※奈良八重桜の会
奈良市小西町23 花小路内

※参考 ブログ内記事icon52 icon52

年会費:3000円
年齢、性別、在住地は問いません。

Posted on 2012/12/14 Fri. 22:38 [edit]

category: 奈良八重桜

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森鷗外記念館 

10日間ほど東京に滞在されていた円亀山人さんから、封書が届きました。

円亀山人さんは『かぎろひの大和路』の古くからの読者で、かぎろひ掲示板の常連さんでもあります。

今どき、あのスタイルの掲示板が機能しているのは稀有、という賛辞(ですよね)をよくいただくのですが、牽引してくださっている中心的人物が円亀山人さんなのです。

封をとくと、森鷗外記念館のしおり、絵はがき、一筆箋などと丁寧なお手紙が入っていました。

森鷗外記念館は、この11月1日にオープンしたばかりなのですね。
もと、鷗外の旧居「観潮楼」跡地に開館したのだそうです。



森鷗外は奈良にもゆかりのある文豪。
大正6年、帝室博物館の総長に任命され、大正7年から10年まで、奈良に訪れて正倉院の開封に立ちあっています。

奈良国立博物館の東北隅には「鷗外の門」が。





←宿舎がこのあたりにあったとか。詳しくはクリックしてどうぞ。




森鷗外はほぼ同じ年代を生きた文豪、夏目漱石に比べて、どこか親しみにくい気がしてしまいます。
『坊っちゃん』『吾輩は猫である』『こゝろ』などは中学時代でもすうっと読めたのに、森鷗外は文語調で読みづらかったものです。

高校の教科書で『舞姫』を読んだときは、それはもうショックでしたね。
なにせ、(作者を思わせる)エリート主人公が、ドイツ留学で親しくなった女性を捨てて帰国するというお話でした。
それも、貧しい踊り子、すでに身ごもっていて、果ては精神を病む、そんな女性を見放すのです。

純情で正義感の強い高校生にとってはかなりショッキングな内容で、現国の授業中、クラスで熱い討論会になったことを思い出します。

ワタクシもひたすら主人公を許せないだけのあの頃でした。今はもう少し大きな視野で見られるような気がするのですが、はて…^^;


そんな鷗外のイメージとは違って、素顔は子煩悩なオヤジだったとか。そういったことも、この鷗外記念館ではうかがい知ることができるようです。

円亀山人さんのお手紙は、一編の上質なエッセーに仕上がっていて味わい深く、ワタクシ、最後には泣きそうになって…。また、鷗外と奈良との関わりに焦点を当ててくださっているのも、奈良好きなワタクシへのご配慮だと思いました。

ワタクシひとりのものにしておくのは惜しいと思われますので、ご紹介させていただきます。

          (↓チラシから)





↓以下、円亀さんからのお手紙です(本文は段落下げがありますが、こちらではなくしました)。

……
今年11月1日に新築開館したばかりの「文京区立 森鷗外記念館」を中心に、千駄木・根津を散策したときの記念を、ささやかですが同封しました。単に宣伝パンフだけですが、他に売店で鷗外が亡くなる直前の大正11年5月5日に次女・杏奴(あんぬ)に届けた奈良便りのレプリカが面白かったのでお届けします。

「アンヌにとらせたい正倉院の中のゲンゲ」という短文に本物の「れんげ草」を押し花にして添えている何気なさがいい。本物のゲンゲの押し花書簡は展示室にありました。
また、1918年に同様に奈良から杏奴に出した葉書には鹿の頭部(角を中心とした)の簡単なスケッチが描かれており、鷗外の子煩悩ぶりが微笑ましく思われました。

優れた文学者でありながら、軍医として日清、日露の戦役に従軍し、また陸軍軍医学校長、陸軍軍医総監、陸軍省医務局長を歴任した強面のイメージが一方にあるので、展示物などに感じる家庭人としての鷗外の意外な一面にであうことができて、認識を新たにしています。

結婚でさえ天皇の許可が必要だった立場ですから、医者としての自主的な研究には不自由さを感じつつ、命じられたドイツ留学、帰朝後の外国医学書の翻訳紹介に精を出しています。
だから本当に自分らしい文学が書けたのは意外に短い期間だったようです。


「人生にはどうしようもないこともあるのだと半分意識しながら生きていくと、少し楽な気持ちで人生を眺められるかもしれません。その意味で、鷗外の小説には、彼の人間に対する繊細で、知的で、優しいまなざしが含まれていると思います。」
(作家・平野啓一郎さんのことば)


お話しが横道にそれましたが、鷗外は晩年の数年間は毎年、奈良へ出張しています。
大正5年に退職し、翌年から帝室博物館総長兼図書領となり、上野や奈良の正倉院の管理にも責任があったからです。正倉院の曝涼には監督官として立ち会っていたのですね。

記念館は、東京メトロ「千駄木駅」からすぐの団子坂上の旧居(亡くなるまでの30年間居住)の「観潮楼」跡地に鉄筋コンクリートで新築されています。
昔は木造の2階から東京湾が一望できたそうですから、何かそぐわない建物ですが仕方がないですね。ここは石川啄木、斎藤茂吉、与謝野寛、永井荷風など、物凄いメンバーが集う文学サロンだったそうで、記念館の別の出入口のある「藪下通り」は永井荷風の「日和下駄」に出てくるゆかりの坂道です。

私は荷風が愛した趣のある石垣をしみじみ眺めつつ、坂をくだり「根津神社」へ向かい、最後は弥生坂の「弥生式土器発掘ゆかりの地碑」まで歩きました。

途中、岩田専太郎館、夏目漱石旧居、林芙美子旧居、サトウハチロー、佐藤紅緑旧居等々が点在していますがすべてパス。大正の風格あふれる木造の「根津教会」だけは写真に収めてきました。

地域雑誌「谷中・根津・千駄木(谷根千)」の編集発行で知られる、森まゆみさんの名著『鷗外の坂』(中公文庫)を片手に、この下町と山の手が混在している土地は、これからも機会あるごとに(体力があればの話ですが)歩いてみたい処です。


「鷗外の足跡を追うとき、あまりに多くの坂を上り降りせざるを得ないのに気づいた。
団子坂はもとより、三崎坂、三浦坂、S字坂、無縁坂、芋坂、暗闇坂・・・。
いろんな向きと幅と角度の坂があり、風に向かって登ることも、夕陽をあたたかく背にうけて降りることもあった。」

「それは巨人の胸を借りるような仕業であって、私はしばしば自分の非力さに立往生した。それでもわたくしはわたくしの杯で戴きますというしかない。そして小さい杯で汲んだ水が私の生活をいかに潤したか、とうてい量ることはできない。」
『鴎外の坂』「はじめに」より


最後の「わたくしはわたくしの杯で戴きます」、「小さい杯で汲んだ水が私の生活をいかに潤したか」が、強い実感をもって迫ってきます。
小さい杯で戴く水はお酒かもしれず、ふと、失礼ながら「かぎろひ」様の編集者としてのご苦労と喜びを重ね合わせてしまうのでした。



文京区立 森鷗外記念館

東京都文京区千駄木1-23-4
TEL:03-3824-5511

開館記念特別展
「150年目の鷗外ー観潮楼からはじまる」

2013年1月20日(日)まで

Posted on 2012/12/12 Wed. 08:01 [edit]

category: 耳より情報

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じゅん平 

オトモダチの純平さんが、このほど独立して居酒屋をオープンさせました。
その名も「大和旬菜・魚・鶏 じゅん平」

これは万難排して行かなくては!!




オープンしたのが、11月21日。
結崎の最終取材後、まっすぐに「じゅん平」へかけつけました。
おめでとう~ ^O^)ノ☆.。・:*:・゚`☆、。・:*:・゚`★.。・:*:・゚`☆.。・:☆♪


想像以上に素敵なお店だったので、すぐにブログでも紹介したかったのですが…。
お酒の写真もうちょっとほしいな、あっそれと、オープン前に純平さんが熱く語っていた「野菜刺身の盛り合わせ」を食べないことには書けへんやろ…、と力が入ってしまいまして、夫に笑われながら、すでに3回も通ってしまいました^^; 


まだ食べてないもの、食べたいもの、のほうが多い状況なのですが、これ以上、遅らせるのもどうかと思いまして、まずは第1弾の発信で~す。


以前から書いていると思いますが、ワタクシの、居酒屋(奈良の)評価ポイントは、奈良の地酒が飲めるかどうか、なんですよね。

おお、じゅん平は、見事合格!(エラソーにすみません^^;)

こんなお酒をいただくことができます。




常時飲める奈良酒は
「風の森」秋津穂純米大吟醸
「篠峯」超辛口純米
「梅乃宿」辛口純米「辛」

日替わりで他の地酒も。
3回目に行ったときは、花巴「ゆづりは 生原酒」、篠峯「うすにごり 生原酒」がありましたよ。

そうそう、純平さんは何年か前の「全国きき酒選手権大会奈良県予選」(奈良県酒造組合主催)で上位入賞、奈良県代表として全国大会へも行ったほどのきき酒師。これからも、純平さんのチョイスを楽しみにしたいと思います。


ま、奈良酒はワタクシの趣味ですが、このほか、焼酎やワイン、ノンアルコールやソフトドリンクまで、充実しています。

←ご確認くださいね。





食べ物メニューも豊富ですが、ワタクシのイチオシは大和肉鶏。
お刺身、串焼き、手羽焼き、どれもおいし~、新鮮です。







野菜のお刺身盛り合わせ、これも4種類のタレで。青唐辛子味噌がうまい!
契約農家の安心で新鮮な野菜たち。





3回も行ったわりには食べてないなあ。撮り忘れも…^^;

←メニュー表をどうぞ。これとは別に、本日のおすすめ、が登場します。



カウンターで隣り合わせたおじさま「私はね、これまでも、じゅん平さんのいるお店に通ってきたんや。腕はたつし、人柄はええし、間違いない。また来たってや」。
「はい!」

カウンター越しの調理場では、じゅん平さんがひとりで切り盛り。
たくさんの注文をテキパキとさばきながら、料理をし、時にはカウンターのお客さんと冗談をかわす笑顔のさわやかな好青年。

オープン間もないというのに、結構賑わっていたのは、きっと、じゅん平さんファンが多いのでしょう。若い女性グループからおじさま連中まで、客層も幅広い感じがしました。

ワタクシも行きつけのお店になりそうな予感。

旅先でこんなお店に出合ったらうれしいなと思いますので、県外からの観光客にもおすすめです。
近鉄奈良駅から徒歩5分、JR奈良駅からも7分ぐらい、立地もいいですね。


※大和旬菜・魚・鶏 じゅん平
奈良市上三条町7番地 メゾンドバンイノウエ1F
TEL0742-31-7140

17時から、なんと午前2時までの営業。
しばらくは無休で、年内いっぱいがんばられるようです。



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Posted on 2012/12/09 Sun. 01:20 [edit]

category: こんな店

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しぼりたて 談山 

いかなる言葉をもってしても言い表せそうにない玄妙な味わいの日本酒に、またそれを醸し出す蔵人さんに、常日頃から大いに尊敬の念を抱いているワタクシ、この時期になると、酒造りにいそしまれているであろうあちこちの蔵々に思いを馳せてしまいます。

見学をさせていただいたことがある酒蔵の中を思い浮かべるだけで、あの香りが漂ってきそう♪
おいおい、まじめに仕事しろよ、とおっしゃっているのは誰?


毎年、奈良県内のいくつかの蔵のしぼりたてを味わうのを楽しみにしているのですが、今年の第1号が届きました!



←多武峰山麓、西内酒造さんの「談山」。
(※昨年2月、蔵見学させていただいた様子はこちら

しぼったばかりの新酒です♪


夕食時に即、いただきたいところではありますが、うーん、さすがにそういう気持ちの余裕はございません。

一段落したアカツキにグイッといただくのを楽しみにしたいと思いまーす(一段落するのか…-_-;;;)







何本か配達いただいたなかに、うれしい酒粕のプレゼントが!



(↑中央はもっぱら夫の燗酒用、左の新聞紙の中身は濁りの大名庄屋酒、これが好きなAちゃんへのプレゼント用)


早速、粕汁にしていただきました。
身体ポコポコ、あったまりますね~
焼いて食べるのも好き。大好物やったなあと、ふと父のことが思い出されたり…


半月ほど前に、西内酒造さんをお訪ねすると…、ああ、聖林寺の、慕わしきかな、十一面観音さんの大きなポスターが貼られていました。



JR東海の、うましうるわし奈良、今回は「聖林寺」篇なんですね。→こちら
西内酒造と聖林寺は目と鼻の先。

ワタクシ、ここの蔵へ行くと、ついでに(ゴメンナサイ)このお寺に立ち寄ることも楽しみのひとつなのですが、今回は残念ながら時間がとれず、断念してしまいました。


ポスター、ほしい。。。

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Posted on 2012/12/06 Thu. 19:58 [edit]

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