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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

物くるる友 

こんなものいただきました!



カメラをぶらさげたネコちゃんと、「かぎろひ」は消しゴムはんこ。

わーい、とってもかわい~いface05


カメラねこちゃんを夫に見せると、「ちょっとアンタに似てるな」。

口の悪い夫は、目の離れているところとか、鼻の低い(ないっ!?)とことか、ノーテンキっぽい雰囲気を指摘したようなのですが、ワタクシはどこ吹く風、ひそかにとってもうれしがっているのでありまして。エヘヘ^^; 
(→厚かましくプロフィールに使わせていただきました。)


消しゴムはんこは、手元にあったスタンプ台(長持ちするもんですね。10数年使ってなかったのにまだいけた)でペタペタやってみました。
おお、ええやん!



おそらく、自分ではゼッタイ見つけられない物だと思いますので、意外なうれしいプレゼントなのでした。
kumaさん、どうもありがとうございました。


『徒然草』をふと思い出しました。
兼好法師はよき友として、「物くるる友」を筆頭にあげています(他は、医師、知恵ある友)。

中学だか高校だかで初めてこの文を目にしたとき、医師と知恵ある友はすっと納得できたのですが、「物くるる友」は腑に落ちなかったものです。今はガッテン、ガッテン!!



時を同じくして、うれしいプレゼントが届きました。



贈り主のSさんは東京在住。お会いすることはほとんどないのですが、ワタクシの音楽の師匠であります。

お贈りいただいたたくさんのCDの中でも、「悲愴交響曲」のピアノ版に感動しました。岡城千歳(おかしろちとせ)さんという女性が演奏されています。初めて聞くお名前で若い女性のようですが、その超絶技巧の演奏は驚くばかり。世界初録音だそうで、国内盤ではなく輸入盤というのもビックリ!

それともうひとつ。
ワタクシが昔、追っかけするほど聴いていた「大阪テレマンアンサンブル」(延原武春指揮)のCDがあったことにも感激!
ン十年前にちょこっとおしゃべりしたことを覚えていてくださったのですね。



←そうこうしているうちに、五條市に住む叔母から、大和肉鶏のくん製が届けられました。

母とは17歳違いの妹で、ワタクシとのほうが歳が近い、友人のような叔母。
鶏肉大好きな娘が今日、帰ってきます。
もちろんそんなことは知らない叔母なのですが、なんというグッドタイミング!


素敵な「物くるる友」にカンパイ!
ありがとうございました。

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Posted on 2011/07/31 Sun. 07:11 [edit]

category: こんな品

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31

藤原宮跡のハス 

7月28日、念願の、藤原宮跡のハスを見る機会に恵まれました。




この場所には何度も来ているのに、ハスの花期にはご縁がないままだったのです。
きっすいの奈良人」のメグさんや奈良倶楽部さん、あちこちのブログで美しい花を目にするたびに行ってみたいと思っていました。

ブログ友達のおかげです。運転してくださったemirinさん、お仲間の*ならら*さん、らん♪ちゃん、kumaさんに感謝。ありがとうございました!

大和三山や二上山は、ワタクシにとって奈良への憧れのひとつ。
胸がキュッとなるものがあります。
最近よく取材で訪れている桜井、三輪でもいつもこの山たちを探しているような気がします。

ここ、藤原宮跡は、そのまっただ中なので、ほんとうに夢心地です。
北に耳成山、西に畝傍山、遠くに二上山、葛城・金剛が。
すぐ東にはなだらかな香久山。

もうそれだけで、結構シアワセなのですが、そこに蓮の花がいっぱ~い。
だなんて、こんなぜいたくなことがあっていいのかしら、という感じ。

山と蓮をどちらも撮りたくて、撮りたくて…

畝傍山




耳成山




香久山(左手前)




二上山




金剛葛城




華やかにして清楚、お寺などでもおなじみだから、こんなに心の中にひたひたとくるものがあるのでしょうね。いろいろな種類の蓮が楽しめました。







※同行の皆さんのブログでもお楽しみくださ~い。
emirinさん
*ならら*さん
らん♪ちゃん
kumaさん

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Posted on 2011/07/29 Fri. 10:10 [edit]

category: 橿原市

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29

追悼 今井凌雪先生 

7月27日の朝刊で、書家の今井凌雪先生の訃報を知った。

今井凌雪氏と言えば、平城宮跡に復元された朱雀門の扁額、黒澤明監督の映画『乱』のタイトル文字を書かれたことでも知られる、わが国を代表する書家。ご自宅は奈良市内。

27年前にもなる、ほんの少しの接点だけれど、ワタクシにとっては忘れることのできない思い出がある。
先生の人となりがかいま見られるできごとでもあると思うので、ここにご紹介して追悼したい。

その頃、『かぎろいの大和路』(旧刊)では、「奈良を創る」というシリーズを組んでいた。
奈良をリードされる方を写真と文章で紹介するというもので、ひときわ力が入っていたと思う。

書道界の第一人者である今井凌雪氏に登場願おうとしたとき、まずは氏が会長を務められている雪○会に取材を申し込むのがごく自然な筋道のような気がした。

ところが、事務所へ行くと、応対してくださった男性はこう言ったのだ。
「今井先生は、僕らにとっては雲の上の存在。どうしたらいいのかわかりません」

事務所がこうではなすすべもない。
ワタクシも若く、ツテなどあろうはずもない。ううむ。

普段は気弱で引っ込み思案のワタクシ、なぜか仕事がからむと積極的に(厚かましく)なるのはどうもその頃からのようだ。

これはご本人に直接アタックするしかないなあ、と無謀にも思いこんだワタクシ、もしかしたらと、奈良県文化会館で開かれていた書道展の会場へ行ってみた。

今から思うと、奇跡のような偶然ではなかっただろうか。
会場には先生が大勢の人に取り囲まれるようにしていらっしゃったのだ。

すっかり気弱→強気モードにスイッチが切り替わっていたワタクシは、つかつかと先生に近づいた。
ご挨拶をして、冊子を見せ、趣旨を説明。必死だったと思う。

先生は、ぺらぺらっとほんの数秒ほどページをめくられた後、こうおっしゃった。
「わかりました。早いほうがいいでしょう? 東京と奈良と半々の生活なので、じゃあ明日、家のほうへいらっしゃい」


そのときの高揚した気持ちは今も、昨日のことのように思い出すことができる。


翌日、奈良市窪之庄町にある先生のご自宅にうかがった。

先生は私どものお願いするとおりに、その場で字を書いてくださった。大きな紙におおいかぶさるようにしながらの筆運び、そこに表れる不思議な篆書体の文字に目を見張ったのだった。
その後も、長時間、先生は気さくにインタビューに応じてくださった。

こうしてできあがったのが↓



写真は小林道夫氏(故人)、文章は龍センセ、顔写真の担当はワタクシ。


発行したばかりの、名もない、バックもない小冊子。小娘の唐突な申し出を真摯に受け止めて、快諾してくださった今井先生には、ずっと感謝の気持ちを抱き続けてきた。その後の取材姿勢においても、ワタクシにとって大きな支えにもなったと思う。

先生、ありがとうございました。
ご冥福をお祈り申し上げます。合掌



(←27年前の今井凌雪氏の名刺)

Posted on 2011/07/27 Wed. 23:01 [edit]

category: かぎろひの大和路

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27

三輪山、夏色! 

7月26日、万葉まほろば線(桜井線)三輪駅に朝9時着。

取材などをすませ、思いがけない出会いなどもあったのに、お昼前には一応予定終了。
さぁ、暑くなりそうやし、今日のところは引き揚げようか、と三輪山を仰ぐと、モクモク入道雲が。

わぁ、例の三輪山撮影スポットからも見てみたいな~♪



この前ここへ来てからもう1か月も経つ。
田植えを終えたばかりだった早苗は、30㎝ほどにも伸び、緑濃い。

となりのスイカ畑は、あらら、もうこんなになって、ごろんごろん。



なんだかちょっとユーモラス…(笑)
と同時に、季節のめぐる早さを感じ、うわぁ、急がなくっちゃあ、かぎろひ誌の取材。まだだいぶ残っているわぁ^^;

あ、1か月前の写真を参考までに(6月23日撮影)。




桜井駅まで歩く。
寒いときはどんどん軽いのに、こう暑くてはね、ふぅふぅ。

けれども、空を見ていると飽きず楽しい(上ばかり見て歩くのは要注意! 過日、吉野ヶ里で思いっきり転倒^^;)。
ぐるっと360度、どの山の上にも積乱雲が張り出していて、なかなか壮観な眺め。


こんな感じ。写真合成してみたら、ん、空の色ちゃうやん、なんで?




↑の写真からさらに左へ、二上山あたり




駅に着く頃には汗だく、ああまた日焼けやぁ。

空腹を覚えて駅構内?にある「贔屓屋」で日替わり定食を。

喉が通らない。よし、生ビールもつけちゃえ。



日替わり定食680円。おすすめですよ。

Posted on 2011/07/26 Tue. 19:54 [edit]

category: 桜井市

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26

生演奏と日本酒を楽しむ♪ 

7月23日の夕べ、生演奏とおいしい日本酒を楽しんでまいりました。

磯城郡(しきぐん)田原本町(たわらもとちょう)にある「酒のあべたや」さんのお店が、生演奏も聴ける“酒ばー”と化す集いは、もう7回目? にもなるというのに、ワタクシ不覚にも知りませんでした。今回は小耳にはさみ、すでに定員いっぱいのところ、そこをなんとかぁ、へへ、乱入成功icon09


←今回セレクトされたお酒たち(クリックで拡大)






↑手前3本は奈良のお酒ですが、あとは県外のものでした。
↓逆方向からもご紹介しますね。



参加者は30人~40人ぐらいでしたかね。
ほとんど常連さんのようでしたが、初参加のワタクシも全く違和感なくとけ込めました~

みな友達♪ お酒のチカラは偉大なり!


用意されていたお弁当「はなかご」はお酒に合うものばかり




生演奏は「カクテル」



←幅広いレパートリーがあるようですが、今回はこんなプログラムで(クリックで拡大)


飲むほどにみんなノリノリ。
生演奏とお酒ってほんとうによく合いますこと!

ゆかた姿の若い女性の姿も。
年齢層も幅広くて、とてもいい雰囲気でした。




おいしいお酒を堪能。
ワタクシのお隣にいた男性がお酒にめっぽう詳しくて、飲んだお酒の感想をメモしていらっしゃったことに感心しました。
この方は3つに分けて点数で評価されていたよう。香り、味わい、余韻…でしたっけ。
ワタクシもボーっと飲むばかりでなく、真似してみようと思ったのでした。


「風の森に、雄町80%うすにごり、なんてありましたっけ?」
「ああ、それなかなか飲めませんよ」
「上限あるんだったら、車坂はゼッタイ飲まないと…」
「…は飲まなくてよろし」
「えーっ、ちょっとためしてみますよ」

おしゃべりの内容はお酒と音楽のことだけ。
だってそれ以外の共通項ってない(知らない)のですから。

はるばる遠くの蔵から来られていた「三千櫻酒造」さんと「車坂」の吉村秀雄商店さん



「車坂」の蔵って、和歌山県岩出市にあるのですね。
今、ネットで調べて初めて知りました。
郷里の高野山麓からもさほど遠くない所に、こんな蔵があったなんて^^;



この日、あまりお酒が強くないワタクシにしては、たくさんいただいたかも。
そのわりには酔っぱらうこともなく、さわやかに引き揚げたのでした。

今朝の目覚めもすこぶる良好。
いいお酒って、悪酔いはしないものだと再認識しました。

こんなおいしいお酒をつくられた蔵元さんと、飲み仲間たちに、そして素敵な演奏を聴かせてくださったカクテルさんに、改めて、かんぱ~いicon12

あ、主催者のあべたやさん、ありがとうございました。
また、呼んでくださいね~


酒のあべたや


〒636-0342
奈良県磯城郡田原本町三笠43-3
営業時間 am10:00~pm8:00
毎週水曜が定休日



↑左端にあるお酒の自動販売機、こんなん見たことない。
銀河高原ビール、よなよなエールがあって感激。
いきなり日本酒もどうかと、まずはよなよなエールをいただきました。おいしいっ。





大きな地図で見る

Posted on 2011/07/24 Sun. 11:58 [edit]

category:

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24

吉野ヶ里④ 重要な場所 主祭殿 

弥生時代の大環濠集落、吉野ヶ里遺跡の、最も大事な場所とされるのが「北内郭(きたないかく)」。

田植えや稲刈り、季節ごとのお祭り、また大きな「市」を開く日取りなど、吉野ヶ里を中心とするクニ全体の重要な物事についての儀礼的な話し合いと祖先への祀りが行われていた場所と考えられています。


↓発掘状況(吉野ヶ里公園展示室配布資料より)




←こんなふうに復元されました(現場の説明板より)。
(クリックで拡大)



吉野ヶ里歴史公園のホームページからお借りしてみます。



周囲を二重の環濠が巡り、さらに板壁で囲まれるというものものしさ。
入口は、まっすぐに入って来られないように折れ曲がってつくられています。


↓北内郭のなかでも最も神聖で重要な場所が「主祭殿(しゅさいでん)」



3階建ての堂々とした建物です。

↓遺構図と復元図(現場の説明板より)



発掘調査の成果や古代中国の事例などを参考に、高さ16.5mで復元しています。
と書かれていました。

あれぇ、 さっきのガイドさんは、唐古・鍵遺跡で見つかった絵画土器を重視したようなことをおっしゃってたけどぉ、書いてないやん。
“発掘調査の成果”という言葉の中に入れられているんですね、きっと。


ワタクシ、ここにたどりついたのは、広い遺跡内を歩き回った最後でした。
何しろ陽ざしはきつく暑いので、疲労困憊(すごい日焼け(T_T))。

もう何も考えられず、とにかく階段をふうふう上って、ギョッ。
下には誰もいなかったのに、2階にはたくさんの人が整然と並んでいたものですから、驚いたことといったら。す、すいません、って後戻りしそうになりましたよ^^;




吉野ヶ里の王やリーダーたち、ムラムラの長が集まって、クニ全体の重要なマツリの真っ只中なのでした。


お邪魔しましたっ。

続いて、おそるおそる3階へ。
この主祭殿は、物見櫓とは違って暗く、密室ふう。
見学者はほかにいず、ワタクシ1人だったので、ちょっと怖かったのです。

3階では、祖先の霊のお告げを聞く祈りが厳かに行われていました。この結果は2階で会議を行っている王やリーダーたちに伝えられるそうです。



もしや、あなたは卑弥呼さん?



←この後、「展示室」へ行ったのですが、「邪馬台国と吉野ヶ里」というパネルで結構はっきり書かれていましたね。クリックしてご一読ください。




ま、纏向遺跡で大型建物遺構が見つかる前でしたからね(って関係ないかぁ^^;)。

でやはり、気になりますよね。纏向遺跡の大型建物と比べてどうなんだろうって。

←黒田龍二神戸大学准教授(建築学)による復元模型(2009年11月9日現地説明会時に撮影した写真パネル)。




推定床面積で比べると、纏向のほうが吉野ヶ里主祭殿よりも1.5倍の広さ。
伊勢神宮や出雲大社にも共通するものがあるとも指摘されています。

現地説明会の記事


とはいえ、国の手が入って大規模に発掘、復元できた吉野ヶ里遺跡に立つと、狭い範囲を掘りながら埋め戻しを重ねる纏向遺跡は状況において不利やなあ、という感じを禁じ得ないのでした。



吉野ヶ里①
吉野ヶ里②
吉野ヶ里③

Posted on 2011/07/23 Sat. 13:08 [edit]

category: 県外

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23

難読駅名 JR山陽本線編 

「吉野ヶ里」レポートはまだ続きますが、ちょっと息抜きを。

JR山陽本線の難読駅名クイズです(正解はコメント欄に記入しておきます)。

瀬戸内海の景色とともにお楽しみいただけましたら、うれしい限り。

①有年
有年

兵庫県赤穂市



②海田市
海田市


広島県安芸郡海田町




海田市駅を過ぎると

海田市過ぎ


③神代

神代


山口県岩国市由宇町




神代駅を過ぎたあたり

神代過ぎ2




しばらく海を見ていなかったので、感激して撮りまくり(^^;)

神代過ぎ3



④富海
富海


山口県防府市


名前どおりの富海の海

富海過ぎ



⑤厚東
厚東

山口県宇部市


⑥厚狭
厚狭


山口県山陽小野田市



⑦埴生
埴生


山口県山陽小野田市



以上です。
いかがでしたか。
ワタクシ、ほとんど間違えたものばかり(?_?)

写真はすべて、7月11日、電車内から撮ったものです。

Posted on 2011/07/21 Thu. 15:00 [edit]

category: 難読地名

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吉野ヶ里③ 物見櫓から 

かれこれ20年ほど前、当時、奈良文化財研究所部長の佐原真先生(故人)が「魏志倭人伝に出てくる楼観のようだ」とおっしゃった一言が、吉野ヶ里ブームに火をつけたのではなかったでしょうか。

↓柱穴(写真は『吉野ヶ里 邪馬台国が見えてきた』より)




柱は直径30㎝、高さ10m以上、物見櫓(ものみやぐら)だと考えられました。




リーダー格の人が住んでいたとみられる“南内郭(みなみないかく)”内の4か所に、物見櫓が建っています。
ここに上って、集落に近づく者を監視していたそうです。

上ってみました。

立派な造りです。



こんなことを言ってはなんですが、唐古・鍵遺跡の復元楼閣とは素人目にも雲泥の差。
もっとも、どちらの建物がより実際に近かったかはわかりませんが…^^;


物見櫓からの見晴らしは想像以上でした。風が通り気持ちがいい。 


↓これは西北の方向




↓北(ひときわ大きい建物が主祭殿)




↓南を向くと



遠くにうっすらと山が見えるでしょう。あれは雲仙岳ですって。
有明海の向こうまで見えるなんて!


↓望遠レンズでも撮ってみました。



「いい日に来られましたね。昨日夕立があったおかげで今日は空気がすっきりですよ」と言われました。

翌日はやや薄曇りだったことを思うと、主目的の吉野ヶ里がこんなにいいお天気に恵まれて感謝、感謝。
日頃の精進のタマモノ、ですかしらぁicon22

吉野ヶ里歴史公園
吉野ヶ里
吉野ヶ里②

Posted on 2011/07/20 Wed. 15:30 [edit]

category: 県外

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20

吉野ヶ里② 弥生人の声が聞こえる 



「吉野ヶ里歴史公園」は“弥生人の声が聞こえる”をテーマに整備が進められています。


←公園に入ると、あっ、弥生人!

弥生人風の身なりをしたガイドさんが、ごく自然な感じで歩みよって付き添ってくださいました。

ガイド歴20年だとおっしゃっていたので、おそらく最初から関わっていらっしゃるのでしょうね。
とても詳しくて、案内パンフに書いてないことや経緯の裏話なども、いろいろ教えていただきました。



「吉野ヶ里の復元物は、吉野ヶ里だけにとどまらず、実は全国の弥生遺跡の成果を集めたものなんですよ」


↓たとえば、集落の入口にある門



門の上の木製の鳥は、「池上曾根遺跡」(大阪府和泉市・泉大津市)。


↓入口付近の、「逆茂木(さかもぎ)」(敵の侵入を防ぐバリケード状の柵)は「朝日遺跡」(愛知県清須市・名古屋市西区)。




↓ここに登って集落に近づく者を監視したという物見櫓(ものみやぐら)は、稲吉角田(いなよしすみだ)遺跡(鳥取県米子市)出土の絵画土器がお手本だとか。





最も重要な場所である「主祭殿」を復元するときには、建築学の先生方も頭をかかえられたそうです。

←そんな折り、清水風遺跡(唐古・鍵)(奈良県田原本町)で、例の絵画土器が見つかりました(写真は、唐古・鍵考古学ミュージアムから拝借<(_ _)>)。





おお、弥生時代に、二層構造の建物があったのか、ということで即、吉野ヶ里の中枢建物「主祭殿」に反映されたということです。


↓主祭殿




ワタクシが奈良から来たことがわかると、「いやぁ、8割以上は奈良ですよ。吉野ヶ里では絵画土器は出ていませんからね。巷ではライバルのように言われたりしますが、ほんとは奈良には頭あがりません」。


などと言われてしまいましたよ。
なんだか、面映ゆいではありませんか。
奈良の代表みたいな気分になりました^^;


復元物は、位置関係を合わせて忠実に遺構の上につくられているそうです。遺構は傷つけないように、盛り土が施されています。


←ガイドの福田さん(掲載了承済み)

お世話になりありがとうございました。



吉野ヶ里①

吉野ヶ里歴史公園


Posted on 2011/07/19 Tue. 07:36 [edit]

category: 県外

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7月18日、一瞬の朝焼け 

眠くなったら寝るのが、かぎろひ流。

と言いましても、ほぼ早寝早起きの規則正しい生活になっているような気がします(ホンマカイナ)。

が、昨夜は、異例の早い時間に眠くなりバタンキュー。
たぶん、同窓会でお昼から飲んだことや遠出(大阪府岸和田市)したせいでしょうか。


目覚めたのは深夜3時。

いただいていたコメントにお返事を書いたり、皆さんのブログを見せていただいたりしていて、ふと空を見てびっくり(4時50分頃?、平城山丘陵)。

妖しいまでに美しい朝焼け!!



ところが、ちょっと目を離して再び空を見たときはすでに灰色となっていました。
この間、10分くらいだったのでは。

撮っていなければ、夢か寝ぼけたか、というところでしょう。
ずっと観察していればよかったぁ。

朝焼けは雨になることも多いのですって。

Posted on 2011/07/18 Mon. 05:31 [edit]

category: 日記

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