かぎろひNOW
悠久の奈良大和路を一歩ずつ 風景、もの、人…との出会いを楽しみながら
スローフード奈良通常総会

伝統ある食材や料理を守り伝え、次世代を担う子どもたちに正しい食育をというスローフードの趣旨に共感して、この会に入っているのは間違いないけれど、正直に言うと、おいしいものが食べられる魅力というのはやはり大きいわけでありまして。へへ(^_-)
総会の後の懇親会の食事は、Le BENKEIの本来のフランス料理とはまた違う趣向が楽しめる。
Le BENKEIで、ヴァリエーション豊かなお料理が、この値段でという、うれしい機会でもあるのだ。

食べきれないほどの内容(やっぱり全部は無理だった~)
まずは春の9品オードブルバリエ

それからも、次々にいただいたのだけれど、写真があまり撮れてない^^;
仕事モードから解放されていることもあって、ね…。
くじ引きで決まったワタクシの席は、左隣に雑誌『あかい奈良』の発行人社長さん、右が前回も隣だった方で、おしゃべりがはずんだ、というせいもある。
という言い訳をしてから、写真をご紹介

上(左)が凍(し)み豆腐と海老芋のラザニア、鯛のカルパッチョ
下(左)は菊イモのフリッターと和食いろいろ、菊菜とコンニャク白和え、菜の花からし和え、切り干し大根と生ワカメ酢の物、ワケギのぬた、などなども、スローフードならではのメニュー。
そのもの自体のうまみが味わえるもの

戸口ファームのトマト、ならグリーンファーム、飯田さんの卵を用いた温泉卵。
下左はカブラ岩塩焼き、右はおなかいっぱいなのに、どうしても試してみたかったココナッツグリーンカレー。あっさりしているのに、ピリリと辛くて、すっと平らげてしまった^^;
それでもこうしてメニューを見ていると、味わわなかったものもいっぱいあることに気づき、ああ残念と、あくまでも食い意地は張っているようで。

カンパイのシャンパンに始まり、ビール、ワイン。
奈良のお酒は、菊司醸造の「酒屋藤兵衛」斗瓶取りが出ていた。いただく前に撮っていたら、そこへ来られた女性「おいしいお酒ですよ~」。
おいしいお料理がいただけるのは、もちろん大いなる楽しみだけれど、それだけではない魅力がこの会にはいくつもある。
食材を生産している方に直接お目にかかれるのが、なんといっても新鮮。
そして食にまつわるいろいろな話。憂うる内容も多いが、それだけに「食」の大事さを実感するひとときでもある。
※スローフード奈良は趣旨に同意すれば誰でも入会することができます(年会費1万円)。
http://slowfoodnara.com/
※会員ではなくてもビジターとして参加することもできますので、一度参加してみたいと思われる方がいらっしゃいましたら、ワタクシかぎろひまでご一報くださいませ。次回お誘いさせていただきます。
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28
名物みむろの茶寮

2月26日、奈良駅5時23分の始発電車に乗ったら、まだ真っ暗

この日の一番の目的は、茅原大墓(ちはらおおはか)古墳の現地説明会。
そう、国内最古の楯持人埴輪(たてもちびとはにわ)が見つかったと話題をさらったあの古墳だ。
いつも、それだけではモッタイナイ、ついでに、ついでにと欲張るクセがあってね、今回は早朝ウォーキングにしてみたのだけれど^^;
で、この日も、歩き回って、引き揚げる前のひとときを、白玉屋栄壽の茶寮でくつろいだ。

大神神社の大鳥居のすぐそば、大和棟のどっしりとした建物を見るだけで落ち着く。
お抹茶には、名物みむろ最中がつく。

奈良県民でこの和菓子を知らない人はいないのではないかと思われるほど親しまれている“みむろ”。
鹿の子餡(こし餡の中に粒あん)は、大和大納言小豆。江戸時代の文献に、風味がいいと書かれているとか。
創業が江戸期の弘化元年(1844)という老舗。
“みむろ”だけで一筋というからスゴイ。以前、和菓子屋のおばあさまに「名物をつくるのはそりゃあ大変なことなんやで」と聞いたことがある。歴史も味も形も親しまれ方も、すべての条件が整って初めて名物が生まれるというのだ。
普通に「みむろ最中」って呼びません?
“みむろ”のホームページを見てみると、どこにも「みむろ最中」とは書いてないのでビックリ。こういうふうな親しまれ方が、名物のあかし


みむろ最中を指して“お座布団みたいな形がキュート”って言っている女性がいたが、なるほどのかわいらしさと、やさしいお味。目でも口でも癒されて、疲れもとれたような気がして引き揚げたのだった。
茅原大墓古墳の現地説明会などは後日レポートしま~す_(._.)_
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27
モンベルの靴
最近、かぎろひさん、やけに歩いているなあ、と思ってくださっている方、いらっしゃいます?
は~い、正解~
その理由まで見当をつけてくださっていたら、かなりの、“かぎろひ”通です!
な~んて、誰もかまっちゃいないか^^;
ま、新年早々、おニューのハイキングシューズをゲットしたから、というわけで。単純にしてうれしがりの性格、見え見えでありますな。
いやね、これがめっぽう履きやすくて、足取り軽くどんどん歩いて行ける。といおうか、歩くのがより楽しくなったといおうか。
楽しく歩くには、まず靴が大事ということをひしひしと感じる今日この頃。
ずっと前から、今度ハイキングシューズを買うときは、モンベルのにしようとだけ決めていた。
ジャケットも帽子もリュックもモンベル一辺倒なのに、なぜか靴は履いたことがないのだ。
以前、*ならら*さんが買われた、あのリールノブをキリキリと回すだけで足にフィットするという優れ物も、もちろん視野に入れていた。
ところが、こともあろうに昨年、夫が先に入手したのだ。
夫はこういう情報には至って弱く、私が教えたわけでもないのに、なぜ?

まさか、この歳でペアでもあるまいし、同じ靴なんて、サラサラ買う気にはなれない。
もっとも、予算オーバーという理由のほうが大かも^^;
夫のこの靴の気に入りようときたら尋常ではなく、どこにでも履いていく。
先日、京都の日本舞踊の会に招待されたとき(名取りのお師匠さんが小学校の初恋の人だそうで。フフ^^)、スーツに気に入りのネクタイというところまではよかったが、なんとこれを履いていくというのだからマイッタ。
「アカン、アカン、それはなんぼなんでも、ちょっとマズイでしょ」と必死にとめたのだが、「この靴を履いとったら入場禁止と言われたら帰ってくるわ」と豪語して、このモンベルマリポサブーツで堂々とお出かけに^^; ようやるわ。
ともあれ、無事に入場はできたようで、上機嫌でご帰還。
けれども、履きすぎによるダメージはしっかり表れた。
早や、靴の底がすり減ってきたのである。
そこは、天下のモンベルさま、修理(底を張り替える)してくれるというので、お店に持って行ったのが、ちょうど1か月前。
「できあがったらご連絡します」
待てど暮らせど連絡がないので、しびれをきらして電話をしてみると、18日にできあがっていたのに、連絡を忘れていたというのだ。
ここまで待っている人も少ないのかもしれないが、モンベルファンとしてはムッ
修理代金が7770円で、想像以上に高かったらしく「これからはあんまり履かないようにする」と、いつになくしおらしいオッサンなのだった。
は~い、正解~
その理由まで見当をつけてくださっていたら、かなりの、“かぎろひ”通です!
な~んて、誰もかまっちゃいないか^^;

いやね、これがめっぽう履きやすくて、足取り軽くどんどん歩いて行ける。といおうか、歩くのがより楽しくなったといおうか。
楽しく歩くには、まず靴が大事ということをひしひしと感じる今日この頃。
ずっと前から、今度ハイキングシューズを買うときは、モンベルのにしようとだけ決めていた。
ジャケットも帽子もリュックもモンベル一辺倒なのに、なぜか靴は履いたことがないのだ。
以前、*ならら*さんが買われた、あのリールノブをキリキリと回すだけで足にフィットするという優れ物も、もちろん視野に入れていた。
ところが、こともあろうに昨年、夫が先に入手したのだ。
夫はこういう情報には至って弱く、私が教えたわけでもないのに、なぜ?

まさか、この歳でペアでもあるまいし、同じ靴なんて、サラサラ買う気にはなれない。
もっとも、予算オーバーという理由のほうが大かも^^;
夫のこの靴の気に入りようときたら尋常ではなく、どこにでも履いていく。
先日、京都の日本舞踊の会に招待されたとき(名取りのお師匠さんが小学校の初恋の人だそうで。フフ^^)、スーツに気に入りのネクタイというところまではよかったが、なんとこれを履いていくというのだからマイッタ。
「アカン、アカン、それはなんぼなんでも、ちょっとマズイでしょ」と必死にとめたのだが、「この靴を履いとったら入場禁止と言われたら帰ってくるわ」と豪語して、このモンベルマリポサブーツで堂々とお出かけに^^; ようやるわ。
ともあれ、無事に入場はできたようで、上機嫌でご帰還。
けれども、履きすぎによるダメージはしっかり表れた。
早や、靴の底がすり減ってきたのである。
そこは、天下のモンベルさま、修理(底を張り替える)してくれるというので、お店に持って行ったのが、ちょうど1か月前。
「できあがったらご連絡します」
待てど暮らせど連絡がないので、しびれをきらして電話をしてみると、18日にできあがっていたのに、連絡を忘れていたというのだ。
ここまで待っている人も少ないのかもしれないが、モンベルファンとしてはムッ

修理代金が7770円で、想像以上に高かったらしく「これからはあんまり履かないようにする」と、いつになくしおらしいオッサンなのだった。
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25
畝傍山周辺の遺跡ウォークラリー
「奈良県立橿原考古学研究所友史会」から、ドサッと厚めの封筒が届いた。
もちろん、この団体の名前は知っているけれど、会員ではないし、過去に何かの催し物に参加したというような記憶もない…。
あけてみると、やっぱり、あの方からだ♪

『かぎろひの大和路』の古くからの読者の方で、今年になって、東京から橿原市へ転居されたというお便りはいただいていたのだ。友史会に関わっていらっしゃるよう。
……
お知り合いの方にお渡しいただければ幸甚に存じます。是非ご参加くださいますようお願いいたします。
←封筒に入っていたのは、「遺跡ウォークラリー」の案内チラシ。
「今井町と畝傍山周辺の遺跡と陵墓を巡る」というもので、「専門家の解説を聞きながら貴重な文化財である遺跡を歩き、歴史を学ぶウォークです。」とある。
日時:平成23年3月27日(日)午前9時30分~午後4時頃
受付:午前9時30分~10時30分
橿原市今井まちなみ交流センター花甍(はないらか)前
ゴール:奈良県立橿原考古学研究所附属博物館
(ウォークラリー参加者は当日無料で入場できます)
募集人員:一般対象1000名(お子さんを含む家族連れ歓迎)
参加無料
主催:奈良県立橿原考古学研究所附属博物館
橿原市 橿原市教育委員会
企画運営:奈良県立橿原考古学研究所附 友史会
チラシ(クリックで拡大)

コース
今井町→四条遺跡→綏靖(すいぜい)天皇陵→神武(じんむ)天皇陵→スイセン塚古墳→畝火山口神社→畝傍山→安寧(あんねい)天皇陵→懿徳(いとく)天皇陵→橿原神宮→イトクノモリ古墳→橿原遺跡
応募方法: 往復はがきかメールで
締切: 平成23年3月15日(火)
代表者名、氏名、電話番号、同伴参加者氏名を記載のうえ、下記へ。
〒634-0065
橿原市畝傍町50-2
橿原考古学研究所附属博物館内 友史会 事務局
Eメール: jimukyoku@kashikoken-yushikai.jp
ホームページ: http://www.kashikoken-yushikai.jp/
という、たいへん魅力的な内容
ようし、参加しょっかな~。
1人ポクポクと歩くのも好きだけれど、こんなイベントは仲間とワイワイ歩くのが楽しそう。
どなたか、ご一緒しませんかぁ?
もちろん、この団体の名前は知っているけれど、会員ではないし、過去に何かの催し物に参加したというような記憶もない…。
あけてみると、やっぱり、あの方からだ♪

『かぎろひの大和路』の古くからの読者の方で、今年になって、東京から橿原市へ転居されたというお便りはいただいていたのだ。友史会に関わっていらっしゃるよう。
……
お知り合いの方にお渡しいただければ幸甚に存じます。是非ご参加くださいますようお願いいたします。

「今井町と畝傍山周辺の遺跡と陵墓を巡る」というもので、「専門家の解説を聞きながら貴重な文化財である遺跡を歩き、歴史を学ぶウォークです。」とある。


橿原市今井まちなみ交流センター花甍(はないらか)前

(ウォークラリー参加者は当日無料で入場できます)

参加無料

橿原市 橿原市教育委員会

チラシ(クリックで拡大)


コース
今井町→四条遺跡→綏靖(すいぜい)天皇陵→神武(じんむ)天皇陵→スイセン塚古墳→畝火山口神社→畝傍山→安寧(あんねい)天皇陵→懿徳(いとく)天皇陵→橿原神宮→イトクノモリ古墳→橿原遺跡
応募方法: 往復はがきかメールで
締切: 平成23年3月15日(火)
代表者名、氏名、電話番号、同伴参加者氏名を記載のうえ、下記へ。
〒634-0065
橿原市畝傍町50-2
橿原考古学研究所附属博物館内 友史会 事務局
Eメール: jimukyoku@kashikoken-yushikai.jp
ホームページ: http://www.kashikoken-yushikai.jp/
という、たいへん魅力的な内容

ようし、参加しょっかな~。
1人ポクポクと歩くのも好きだけれど、こんなイベントは仲間とワイワイ歩くのが楽しそう。
どなたか、ご一緒しませんかぁ?
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24
垂仁天皇陵
春を感じさせる陽ざしと青空が広がった2月21日の、垂仁天皇陵(に比定される前方後円墳=宝来山古墳)。

近鉄橿原線の車窓からこの風景を眺めるのが好きだ。
2月14日、雪の日に車内から

何度もこの前の道は歩いているけれど、考えてみたら、周濠をぐるっとまわったことがないのに気づいた。
西側は歩けるのかどうかわからないけど、行ってみよっと♪
←これは東側、遊歩道になっている。
←問題の西側だが、まあ1人歩けないことはない(柵の右側)。
ただ、高みの細道なので、要注意!
これはあまりお勧めできないわと思いつつも歩を進め、南へ回ると、やっぱ~り、行き止まり^^;


↑結局、1mほどの高さの岸をエイっと飛び降りてつかの間の散(探)索はおしまい(>_<)
どうやら周濠をめぐる道はないということのようで。禁足地だったらお許しを<(_ _)>
よい子のみんなは真似しないようにねっ!
でもでも、御陵の姿をさまざまに楽しむことができた。

写真上は、東から(左)と北東から
写真下は、北西から(左)と南西から
垂仁陵の陪塚(ばいちょう)か? 南を向く風景ものどかで素敵~

この後、改めて正式に参拝

田道間守(たじまもり)の墓とされる小島には、サギ(?)がいっぱい。

御陵もどうやらカワウのすみかになっているもよう。
白く見えるのは、カワウのふんらしい。


近鉄橿原線の車窓からこの風景を眺めるのが好きだ。
2月14日、雪の日に車内から


西側は歩けるのかどうかわからないけど、行ってみよっと♪
←これは東側、遊歩道になっている。

ただ、高みの細道なので、要注意!
これはあまりお勧めできないわと思いつつも歩を進め、南へ回ると、やっぱ~り、行き止まり^^;


↑結局、1mほどの高さの岸をエイっと飛び降りてつかの間の散(探)索はおしまい(>_<)
どうやら周濠をめぐる道はないということのようで。禁足地だったらお許しを<(_ _)>
よい子のみんなは真似しないようにねっ!
でもでも、御陵の姿をさまざまに楽しむことができた。

写真上は、東から(左)と北東から
写真下は、北西から(左)と南西から
垂仁陵の陪塚(ばいちょう)か? 南を向く風景ものどかで素敵~

この後、改めて正式に参拝

田道間守(たじまもり)の墓とされる小島には、サギ(?)がいっぱい。

御陵もどうやらカワウのすみかになっているもよう。
白く見えるのは、カワウのふんらしい。

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23
乾 草洞の茶碗
2月21日、西の京で、久しぶりに、薬師寺の東側の集落を訪ねてみる気になった。
ここは、以前よく通った懐かしい地。
車の通りからちょっと入っただけなのに、信じられないほど静かで、のどかな空気が満ちている。
集落から、薬師寺の双塔はこんなふうに見える。

その昔、ん~と、旧のかぎろひ誌の頃だから20数年前になるカナ。
西の京の取材をしていて、この地に住まわれている日本画家と知り合った。
それが、乾勝二(いぬいかつじ)さん。
だいぶ前に亡くなられたが、何度も、この画家の書斎で、いろいろなお話をうかがった。
乾さんは、少年時代から絵筆を持ち、18歳で上京して、あの不染鉄(ふせんてつ)の指導を受けている。たしかに作風はとてもよく似ていたと思う。

山々に抱かれた村、茅葺きの家、小川のせせらぎ…胸にキュッとくるような懐かしい風景を、それは繊細な筆遣いで描かれた。涙がでそうなほどの郷愁が漂う。
京都絵画専門学校(京都芸大)の日本画科では、上村松篁に師事して研鑽をつんだ。
しかし、ワタクシが出会った頃の乾さんは、展覧会へ出品することもなく、ひっそりと暮らしているように見えた。描きたいものだけを描くとおっしゃっていた。
京都絵画専門学校卒業の翌年、乾さんは出征する。ソロモン群島やラバウルなどの激戦で九死に一生を得て帰国したときは、「入選して有名な絵かき」にという以前の野心は全く消えていたという。
10年の歳月をかけて「大和百景」を完成された頃にワタクシはお会いした。全長30mにも及ぶふすま絵だ。
ふすま絵の全貌を見ることは叶わなかったが、どこかのお宅に今もそれは生きているはず。
依頼されたのはどこの方か聞いておけばよかったと、それがちょっと悔やまれる。見てみたいなあ。
また、乾さんは陶芸家でもあった。号は草洞。
ワタクシ、乾さんから抹茶茶碗を頂戴している。
そのうちの1つは油滴天目!

とても上品なすぐれもので、たま~にお抹茶を飲む以外は大事にしまってある。
乾さんは一見、気むずかしさや頑固さを感じさせる芸術家という風貌だったが、描かれる絵や焼き物には温もりや優しさがあふれていた。
ワタクシいつも突然ふらりとお訪ねしたが、1度たりとも不在だったことはなく、また不都合だと断られたことがない。実家に帰ったような感じで、厚かましくたいてい長々とお邪魔したっけ。
乾さんご自身がおいしいお煎茶を淹れてくださり、ちょうど今頃の時期にはかき餅を焼いてくれた。
そして、帰り際には「好きなものを持って行き」と、お茶碗を包んでくれたりしたのだ。
……………………………………
2月21日、乾さんの家があった所へ行ってみると、そこはお寺になっていた。
んん?
隣家のお庭に人の気配がしたので、「すみませ~ん、ちょっと教えてください」と声をかけた。
「ここは前からお寺でした?」
「そうですよ」
「えっ、以前、乾さんがお住まいじゃありませんでした?」
「あっ、乾さん、ご存じですか?」
それから、乾家へよくお邪魔したこと、お抹茶茶碗を持っていることなどを話すと、
「ちょっと入って」
「見てほしいわ」
と、ワタクシを招き入れて、乾さんの作られたお茶碗を出してこられた。


私の持っているものとはいささか趣は違ったが、まぎれもなく乾さんの干支茶碗だった。
それからしばらく乾さんの思い出話になった。
お隣のKさんは大阪から越してこられたとか。古い土地に来て不安な思いでいたのを気遣ってのことか、乾さんは朝、窓越しによく声をかけてくださったのだという。「可愛がっていただきました」とKさんは遠い目でおっしゃった。
ワタクシは乾さんの思い出を共有できたことがとてもうれしくて、Kさんにも初対面とは思えない親しみを感じていた。
すろと、Kさん「1つ持って帰って」とおっしゃるのでビックリ。
とんでもない。乾さんのお茶碗のすごさも良さも理解しているがゆえに、いただくわけにはいかない。しかも、初対面なのだ。
ワタクシは、自分も乾さんのお茶碗を3つも持っていることを話し、また見せていただきに来ます、と丁重にご辞退申し上げた。
ところが、Kさん「持ち主が言ってるんですよ。乾さんも喜ぶと思います。ぜひもらってください!」と譲らない。
信じられないことだが、ワタクシは貴重なお茶碗をいただいたのである。
それから後は、もうどこへも行く気がなくなり、少々興奮ぎみに、お茶碗を大事に大事に持って帰った。
ワタクシの持っているお茶碗と、いただいてきたものとのご対面。

いただいたのは、向かっていちばん左。
人生、ほんとうに、どんな出会いがあるかわからないものだなあと、つくづく思ったことだった。
まさに乾さんが引き合わせてくれたご縁としか言いようがない。
また、お訪ねしよう。
※乾さんの写真は、かぎろひ誌掲載のもの。描画中の写真は故小林道夫氏の撮影。

車の通りからちょっと入っただけなのに、信じられないほど静かで、のどかな空気が満ちている。
集落から、薬師寺の双塔はこんなふうに見える。

その昔、ん~と、旧のかぎろひ誌の頃だから20数年前になるカナ。
西の京の取材をしていて、この地に住まわれている日本画家と知り合った。
それが、乾勝二(いぬいかつじ)さん。
だいぶ前に亡くなられたが、何度も、この画家の書斎で、いろいろなお話をうかがった。
乾さんは、少年時代から絵筆を持ち、18歳で上京して、あの不染鉄(ふせんてつ)の指導を受けている。たしかに作風はとてもよく似ていたと思う。

山々に抱かれた村、茅葺きの家、小川のせせらぎ…胸にキュッとくるような懐かしい風景を、それは繊細な筆遣いで描かれた。涙がでそうなほどの郷愁が漂う。
京都絵画専門学校(京都芸大)の日本画科では、上村松篁に師事して研鑽をつんだ。
しかし、ワタクシが出会った頃の乾さんは、展覧会へ出品することもなく、ひっそりと暮らしているように見えた。描きたいものだけを描くとおっしゃっていた。
京都絵画専門学校卒業の翌年、乾さんは出征する。ソロモン群島やラバウルなどの激戦で九死に一生を得て帰国したときは、「入選して有名な絵かき」にという以前の野心は全く消えていたという。

ふすま絵の全貌を見ることは叶わなかったが、どこかのお宅に今もそれは生きているはず。
依頼されたのはどこの方か聞いておけばよかったと、それがちょっと悔やまれる。見てみたいなあ。

ワタクシ、乾さんから抹茶茶碗を頂戴している。
そのうちの1つは油滴天目!

とても上品なすぐれもので、たま~にお抹茶を飲む以外は大事にしまってある。
乾さんは一見、気むずかしさや頑固さを感じさせる芸術家という風貌だったが、描かれる絵や焼き物には温もりや優しさがあふれていた。
ワタクシいつも突然ふらりとお訪ねしたが、1度たりとも不在だったことはなく、また不都合だと断られたことがない。実家に帰ったような感じで、厚かましくたいてい長々とお邪魔したっけ。
乾さんご自身がおいしいお煎茶を淹れてくださり、ちょうど今頃の時期にはかき餅を焼いてくれた。
そして、帰り際には「好きなものを持って行き」と、お茶碗を包んでくれたりしたのだ。
……………………………………
2月21日、乾さんの家があった所へ行ってみると、そこはお寺になっていた。
んん?
隣家のお庭に人の気配がしたので、「すみませ~ん、ちょっと教えてください」と声をかけた。
「ここは前からお寺でした?」
「そうですよ」
「えっ、以前、乾さんがお住まいじゃありませんでした?」
「あっ、乾さん、ご存じですか?」
それから、乾家へよくお邪魔したこと、お抹茶茶碗を持っていることなどを話すと、
「ちょっと入って」
「見てほしいわ」
と、ワタクシを招き入れて、乾さんの作られたお茶碗を出してこられた。


私の持っているものとはいささか趣は違ったが、まぎれもなく乾さんの干支茶碗だった。
それからしばらく乾さんの思い出話になった。
お隣のKさんは大阪から越してこられたとか。古い土地に来て不安な思いでいたのを気遣ってのことか、乾さんは朝、窓越しによく声をかけてくださったのだという。「可愛がっていただきました」とKさんは遠い目でおっしゃった。
ワタクシは乾さんの思い出を共有できたことがとてもうれしくて、Kさんにも初対面とは思えない親しみを感じていた。
すろと、Kさん「1つ持って帰って」とおっしゃるのでビックリ。
とんでもない。乾さんのお茶碗のすごさも良さも理解しているがゆえに、いただくわけにはいかない。しかも、初対面なのだ。
ワタクシは、自分も乾さんのお茶碗を3つも持っていることを話し、また見せていただきに来ます、と丁重にご辞退申し上げた。
ところが、Kさん「持ち主が言ってるんですよ。乾さんも喜ぶと思います。ぜひもらってください!」と譲らない。
信じられないことだが、ワタクシは貴重なお茶碗をいただいたのである。
それから後は、もうどこへも行く気がなくなり、少々興奮ぎみに、お茶碗を大事に大事に持って帰った。
ワタクシの持っているお茶碗と、いただいてきたものとのご対面。

いただいたのは、向かっていちばん左。
人生、ほんとうに、どんな出会いがあるかわからないものだなあと、つくづく思ったことだった。
まさに乾さんが引き合わせてくれたご縁としか言いようがない。
また、お訪ねしよう。
※乾さんの写真は、かぎろひ誌掲載のもの。描画中の写真は故小林道夫氏の撮影。
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落語家 露の眞
2月18日、ならまちセンターで、第4回「ならまち演芸」が開催された。
社団法人奈良市商店街振興会(奈良市の31商店街加盟)が主催する「お客様感謝イベント」の1つ。
ワタクシ、こちらの機関紙の編集を担当しているので、取材も大きな仕事。
4回目になる「ならまち演芸」は年を追うごとに人気上昇。

昼の部、夜の部の2回公演なのだが、定員の2倍以上の応募があり、抽選に当たった人が招待された。
抽選会にも立ち合わせていただき、厳正さをしかとこの目で確認(↑写真右下)。
この日のプログラム
1.落語 露の眞(つゆのまこと)
2.マジック こんばらさん
3.落語 露の新治(つゆのしんじ)
中入り
4.太神楽 豊来家一輝(ほうらいやかずき)
5.音楽ショー 横山ホットブラザーズ
ワタクシは、機関紙に載せる写真を撮るのがいちばんの仕事。
ま、紙面もそう大きくないし、これが目玉になることもないので、そんなにたくさん撮る必要もない。
ところが、トップバッターの「露の眞」さんは、今回が本格的な初舞台なのだという。
「前座」から「二つ目(前座と真打の間)」に昇進して、羽織を着ることが許されたばかりだということを、始まる直前になって聞かされた。
「記念の日だから、写真お願いね」
「写真いっぱい撮ってやってね」
鹿鳴人さん(あ、副会長さんデス)も、後ろから「かぎろひさ~ん、露の眞さんの写真、よろしく~」
会う人ごとに、頼まれて、おお、責任重大~^^;
若い駆け出しの芸人を応援しようというみんなの気持ちが痛いほどよくわかり、ワタクシも何だかうれしく、おのずと力が入る。

いよいよ露の眞さんが登場。
「私ね、こう見えても、女でございましてね」
会場、どよめく。
ワタクシも男だと思いこんでいたし(女性落語家って少ないし、名前も眞なんだもの)、ご本人を見ても疑わなかった(失礼^^;)
露の眞、続けて
「見てのとおり、男らしいというか、男性とよく間違われましてね、女子トイレと女風呂には入れない。困ったことでございます。女子トイレへ行くと、キャーッと叫ばれ、女風呂では、兄ちゃん違うで。脱ぐのをずっと見られることもございます。」
露の眞は、大学の落語研究会で部長を務め、現在は「露の都」の二番弟子。
24歳。
おっと、うちの娘と同い年やん。
と思うと、急に母親のような気持ちになってきた。
会場で、いくら主催者側として撮るといっても、これが結構気をつかうのだ。
できるだけお客様の迷惑にならないよう、視界をふさがないよう、あまりウロウロしないよう、撮る。
しかし、今回は違った。
彼女の晴れ姿をできるだけたくさんいろんな方向から撮っておきたい。
露の眞の熱演をちょっとご紹介

露の眞は、昼の部に「時うどん」を、夜は「いらち車」を披露した。
お客は入れ替わっているのだから、同じ出しものでも構わないわけだが、噺を変えてきたところに、熱意や意欲が感じられた。過去には、昼夜とも同じ噺で通した落語家もいたのだ(あ、さすがに、露の新治さんは違いますよ)。
表情豊かな話しっぷりに、会場はおおいに沸いて、爆笑の渦。
さらに、「どじょうすくい」まであってビックリ。

若いエネルギー、ひたむきな初々しさに、オバサンは感激。
写真も撮りまくったので、CDにしてプレゼントすることに

前途有望な女性落語家「露の眞」!
ぜひ応援をよろしくお願いしま~す
ついでにといってはなんだけど、この日の出演者のご紹介~

それから、ブログ友達のよしみということで、失礼ながら、この方にもご登場願いましょう。
←ご挨拶される鹿鳴人さん。
皆様、たいへんお疲れさまでした~。
※写真は、主催者の許可を得て掲載させていただきました(あっ、鹿鳴人さんの許可は得てない^^;)。
社団法人奈良市商店街振興会(奈良市の31商店街加盟)が主催する「お客様感謝イベント」の1つ。
ワタクシ、こちらの機関紙の編集を担当しているので、取材も大きな仕事。
4回目になる「ならまち演芸」は年を追うごとに人気上昇。

昼の部、夜の部の2回公演なのだが、定員の2倍以上の応募があり、抽選に当たった人が招待された。
抽選会にも立ち合わせていただき、厳正さをしかとこの目で確認(↑写真右下)。
この日のプログラム
1.落語 露の眞(つゆのまこと)
2.マジック こんばらさん
3.落語 露の新治(つゆのしんじ)
中入り
4.太神楽 豊来家一輝(ほうらいやかずき)
5.音楽ショー 横山ホットブラザーズ
ワタクシは、機関紙に載せる写真を撮るのがいちばんの仕事。
ま、紙面もそう大きくないし、これが目玉になることもないので、そんなにたくさん撮る必要もない。
ところが、トップバッターの「露の眞」さんは、今回が本格的な初舞台なのだという。
「前座」から「二つ目(前座と真打の間)」に昇進して、羽織を着ることが許されたばかりだということを、始まる直前になって聞かされた。
「記念の日だから、写真お願いね」
「写真いっぱい撮ってやってね」
鹿鳴人さん(あ、副会長さんデス)も、後ろから「かぎろひさ~ん、露の眞さんの写真、よろしく~」
会う人ごとに、頼まれて、おお、責任重大~^^;
若い駆け出しの芸人を応援しようというみんなの気持ちが痛いほどよくわかり、ワタクシも何だかうれしく、おのずと力が入る。

いよいよ露の眞さんが登場。
「私ね、こう見えても、女でございましてね」
会場、どよめく。
ワタクシも男だと思いこんでいたし(女性落語家って少ないし、名前も眞なんだもの)、ご本人を見ても疑わなかった(失礼^^;)
露の眞、続けて
「見てのとおり、男らしいというか、男性とよく間違われましてね、女子トイレと女風呂には入れない。困ったことでございます。女子トイレへ行くと、キャーッと叫ばれ、女風呂では、兄ちゃん違うで。脱ぐのをずっと見られることもございます。」
露の眞は、大学の落語研究会で部長を務め、現在は「露の都」の二番弟子。
24歳。
おっと、うちの娘と同い年やん。
と思うと、急に母親のような気持ちになってきた。
会場で、いくら主催者側として撮るといっても、これが結構気をつかうのだ。
できるだけお客様の迷惑にならないよう、視界をふさがないよう、あまりウロウロしないよう、撮る。
しかし、今回は違った。
彼女の晴れ姿をできるだけたくさんいろんな方向から撮っておきたい。
露の眞の熱演をちょっとご紹介

露の眞は、昼の部に「時うどん」を、夜は「いらち車」を披露した。
お客は入れ替わっているのだから、同じ出しものでも構わないわけだが、噺を変えてきたところに、熱意や意欲が感じられた。過去には、昼夜とも同じ噺で通した落語家もいたのだ(あ、さすがに、露の新治さんは違いますよ)。
表情豊かな話しっぷりに、会場はおおいに沸いて、爆笑の渦。
さらに、「どじょうすくい」まであってビックリ。

若いエネルギー、ひたむきな初々しさに、オバサンは感激。
写真も撮りまくったので、CDにしてプレゼントすることに


前途有望な女性落語家「露の眞」!
ぜひ応援をよろしくお願いしま~す

ついでにといってはなんだけど、この日の出演者のご紹介~


←ご挨拶される鹿鳴人さん。
皆様、たいへんお疲れさまでした~。
※写真は、主催者の許可を得て掲載させていただきました(あっ、鹿鳴人さんの許可は得てない^^;)。
TB: -- CM: 12
19
奈良の雪景色
雪が降ると、いくつになっても心浮き立つ(北国の方、ごめんなさい)。
2月11日午後、大池畔から薬師寺の双塔を目に焼き付けた後、帰宅する気にならず、今度は奈良公園へ足を向けた。
荒池畔から東を見る

正面に、秀麗な御蓋山(みかさやま)、右端に高円山(たかまどやま)。
それから浮見堂→飛火野→東大寺大仏殿
と、ここまで歩いてかなり疲労感を覚えたが、西の山の端にうっすらとオレンジ色が見えたので、よし二月堂へ行こう。
今度はいつ雪景色が見られるかわからないと思うと、どん欲になってしまう。
石段を登り切ったところから大仏殿を見る

二月堂で

回廊を下ると、修二会のお松明に使われる真竹が並んでいた。
この日に竹送りが行われたことを、後で知った。→ブログ「なららん♪らん♪」
雪のなか、大変な作業だったはず。お疲れさまでした。
右のほうの真竹は、すでにそれより以前に奉納されたもののよう。
→ 「奈良倶楽部通信Part:Ⅱ」

右の写真は、裏参道で、振り返ってお堂を撮ったもの。
大仏池まで来ると、すでに5時頃だったか。

しんとした薄暮の雪景色を味わっていたら、すっかり夜。
雪に振り回されたような1日だったけれど、いい景色に出合えてよかった♪
2月11日午後、大池畔から薬師寺の双塔を目に焼き付けた後、帰宅する気にならず、今度は奈良公園へ足を向けた。
荒池畔から東を見る

正面に、秀麗な御蓋山(みかさやま)、右端に高円山(たかまどやま)。
それから浮見堂→飛火野→東大寺大仏殿
と、ここまで歩いてかなり疲労感を覚えたが、西の山の端にうっすらとオレンジ色が見えたので、よし二月堂へ行こう。
今度はいつ雪景色が見られるかわからないと思うと、どん欲になってしまう。
石段を登り切ったところから大仏殿を見る

二月堂で

回廊を下ると、修二会のお松明に使われる真竹が並んでいた。
この日に竹送りが行われたことを、後で知った。→ブログ「なららん♪らん♪」
雪のなか、大変な作業だったはず。お疲れさまでした。
右のほうの真竹は、すでにそれより以前に奉納されたもののよう。
→ 「奈良倶楽部通信Part:Ⅱ」

右の写真は、裏参道で、振り返ってお堂を撮ったもの。
大仏池まで来ると、すでに5時頃だったか。

しんとした薄暮の雪景色を味わっていたら、すっかり夜。
雪に振り回されたような1日だったけれど、いい景色に出合えてよかった♪
TB: -- CM: 6
17
西内酒造 蔵見学
酒蔵見学って、ドカドカと興味本位で行くものではないと思っている。
微生物の世界、口に入れるもの、蔵人の神聖な場所、に素人が入るのはよろしいわけがなかろう。
以前正暦寺で「菩提酛」の酒造りを体験したとき、納豆は食べてこないようにと厳しく言われたし、仕込み中の建物には、消毒液に長靴の底をつけてから入った。というような緊張した経験からの感想でもある。
しか~し、酒蔵を見せてやると言われればやっぱり見たい!
発酵の世界は、魅惑的すぎる。
←13日、フリーペーパー『なららん』を見ていると、「蔵見学ができる蔵元さん」というリストがあり、その中に西内酒造を見つけて、エッとくぎづけになった。
この蔵へは何度も行っているし、ひいきのお酒なのだが、蔵見学はできないと聞いていたのだ。
『かぎろひの大和路』次号の「蔵めぐり」で予定しているとあっては、この機会を逃すわけにはいかないでしょ。
指定の見学日は、残すところ翌14日のみ。
見学者の隅っこに潜り込ませていただけないものかと、思い切って電話をしてみた。
すると「誰からも連絡ないんですけど、よかったらどうぞ」
エエッ、そんな、お忙しい時期に1人だけって申しわけありません。でもっ、よろしいですか!?
恐縮しながら、厚かましく、出かけた^^;
西内酒造は多武峰(とうのみね)街道沿いにある風情あるたたずまい。

2005年に放映されたNHKドラマ『ダイヤモンドの恋』の舞台になったと言えば、ご覧になった方もいらっしゃるのでは。
雪もまた似合う

玄関に入ったとたん、いい香りが~
蔵元の西内康雄当主がじきじきに案内してくださった。
嘉永年間創業の蔵の重厚さに目を見張る。天井の梁、昔は蔵人が寝泊まりしていたという2階、名残の阿弥陀車(↓写真左下)は民俗博物館級。
阿弥陀車とは、滑車の原理を応用したもので、昔はこれで重たい物を上げ下ろししていたのだという。

最後に、きいてみて、と2種類のお酒を出してくださった。
もちろん、汲み上げたばかりのしぼりたて。
あわてて撮ったので、写真では大きさはわからないが、きき酒用のデカイぐい飲み(たぶん1合)に3分の1ほども入っている。
こ、これは、多いわ~^^;
飲めなかったら出してくださいねと、それ用の容器も準備されている。
で、でも、モッタイナイやん。
2種類のお酒はどちらもおいしかったが(全部飲んだんかいっ? ハイ
)、違いははっきりわかった。
後のほうが、すっきりしているというか、透明感があるというか…、ワンランク上の感じ。
これが同じ大吟醸だと聞いてビックリ
搾り方の違いなのだという。
機械で搾ったのと、袋吊りでぽたぽたと自然に落ちた雫をためたものと。
搾り方でこれだけの味わいの差があることに驚いていると、最初の雫と、中ほど、後半ではまた微妙な違いがあるとのこと
お酒の複雑なうま味にはいつも尊敬の念を抱いているが、この日はまた奥の深い話を聞けて、感動したのだった。
西内酒造さんの代表銘柄は「談山正宗」だが、いろいろなお酒を造られていることでも知られる。
仕込み水のかわりに純米酒を使った「貴醸酒」、さらにぜいたくな「三累醸酒」
http://kagiroi.narasaku.jp/e16451.html
古代米(黒米)のお酒「卑弥呼の里」
http://kagiroi.narasaku.jp/e21542.html
にごりの「大名庄屋酒」
http://kagiroi.narasaku.jp/e28810.html
パソコンの中に入っている西内さんのお酒の画像を引っ張り出してみた。

蔵元当主は以前から存じ上げているが、真面目と誠実を絵に描いたような感じ(失礼だったらゴメンナサイ)。
息子さんもそっくり。
そして、亡くなられた先代もそのような感じの方だったと、知る人から耳にしている。
そのお人柄がそのまま酒造りやお酒に表れていると、ワタクシは感じている。
蔵見学を終える頃、雪はいっそう激しくなっていた。

降りしきる雪の中を、ワタクシはいい気分で桜井駅まで歩いた。
ちいっとも、寒くなかったもんね。
きき酒と、帰り際に奥様が出してくださった甘酒(←)のおかげ~♪
ありがとうございました<(_ _)>
※西内酒造
桜井市下3番地
TEL 0744-42-2284
FAX 0744-45-1015
大きな地図で見る
微生物の世界、口に入れるもの、蔵人の神聖な場所、に素人が入るのはよろしいわけがなかろう。
以前正暦寺で「菩提酛」の酒造りを体験したとき、納豆は食べてこないようにと厳しく言われたし、仕込み中の建物には、消毒液に長靴の底をつけてから入った。というような緊張した経験からの感想でもある。
しか~し、酒蔵を見せてやると言われればやっぱり見たい!
発酵の世界は、魅惑的すぎる。

この蔵へは何度も行っているし、ひいきのお酒なのだが、蔵見学はできないと聞いていたのだ。
『かぎろひの大和路』次号の「蔵めぐり」で予定しているとあっては、この機会を逃すわけにはいかないでしょ。
指定の見学日は、残すところ翌14日のみ。
見学者の隅っこに潜り込ませていただけないものかと、思い切って電話をしてみた。
すると「誰からも連絡ないんですけど、よかったらどうぞ」
エエッ、そんな、お忙しい時期に1人だけって申しわけありません。でもっ、よろしいですか!?
恐縮しながら、厚かましく、出かけた^^;
西内酒造は多武峰(とうのみね)街道沿いにある風情あるたたずまい。

2005年に放映されたNHKドラマ『ダイヤモンドの恋』の舞台になったと言えば、ご覧になった方もいらっしゃるのでは。
雪もまた似合う

玄関に入ったとたん、いい香りが~

蔵元の西内康雄当主がじきじきに案内してくださった。
嘉永年間創業の蔵の重厚さに目を見張る。天井の梁、昔は蔵人が寝泊まりしていたという2階、名残の阿弥陀車(↓写真左下)は民俗博物館級。
阿弥陀車とは、滑車の原理を応用したもので、昔はこれで重たい物を上げ下ろししていたのだという。


もちろん、汲み上げたばかりのしぼりたて。
あわてて撮ったので、写真では大きさはわからないが、きき酒用のデカイぐい飲み(たぶん1合)に3分の1ほども入っている。
こ、これは、多いわ~^^;
飲めなかったら出してくださいねと、それ用の容器も準備されている。
で、でも、モッタイナイやん。
2種類のお酒はどちらもおいしかったが(全部飲んだんかいっ? ハイ

後のほうが、すっきりしているというか、透明感があるというか…、ワンランク上の感じ。
これが同じ大吟醸だと聞いてビックリ

搾り方の違いなのだという。
機械で搾ったのと、袋吊りでぽたぽたと自然に落ちた雫をためたものと。
搾り方でこれだけの味わいの差があることに驚いていると、最初の雫と、中ほど、後半ではまた微妙な違いがあるとのこと

お酒の複雑なうま味にはいつも尊敬の念を抱いているが、この日はまた奥の深い話を聞けて、感動したのだった。
西内酒造さんの代表銘柄は「談山正宗」だが、いろいろなお酒を造られていることでも知られる。
仕込み水のかわりに純米酒を使った「貴醸酒」、さらにぜいたくな「三累醸酒」
http://kagiroi.narasaku.jp/e16451.html
古代米(黒米)のお酒「卑弥呼の里」
http://kagiroi.narasaku.jp/e21542.html
にごりの「大名庄屋酒」
http://kagiroi.narasaku.jp/e28810.html
パソコンの中に入っている西内さんのお酒の画像を引っ張り出してみた。

蔵元当主は以前から存じ上げているが、真面目と誠実を絵に描いたような感じ(失礼だったらゴメンナサイ)。
息子さんもそっくり。
そして、亡くなられた先代もそのような感じの方だったと、知る人から耳にしている。
そのお人柄がそのまま酒造りやお酒に表れていると、ワタクシは感じている。
蔵見学を終える頃、雪はいっそう激しくなっていた。


ちいっとも、寒くなかったもんね。
きき酒と、帰り際に奥様が出してくださった甘酒(←)のおかげ~♪
ありがとうございました<(_ _)>
※西内酒造
桜井市下3番地
TEL 0744-42-2284
FAX 0744-45-1015
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