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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

三輪さんのなでうさぎ その由来 

1月29日は朝8時から夕方5時過ぎまで、三輪・纏向で滞在。

朝から三輪のまちをウロウロし、山の辺の道をちょこっと歩き、風景を堪能し、古墳を見て回った。

大神神社へも何度か。スミマセン、単なる通り抜けも…

そして遅ればせながら、「なでうさぎ」さんに参拝。





←三輪さんと兎の関係(クリックで拡大)




あっ、撫でたけど、お願い事するのを忘れたぁ^^;

ふと振り向くと


収蔵庫が開いていて、なにやら楽しそうなタイトル!
今まで、収蔵庫が開いているのを見たことないわ、と思ったら、開館しているのが毎月1日と、土日祝だけとある。これは入らなくちゃ~♪

入館して、なでうさぎさんの由来を知ってびっくり。

このなでうさぎさん、元々は、一の鳥居のそばにあった燈籠に乗っていたのだという。

ポスターをご覧あれ。

てっぺんにいるのがなでうさぎ、火袋の下にはなんとカメがいる!

説明によると、戦時下、武器や艦船を作る金属が不足しため金属類回収令が出されたときに、この燈籠も没収されたのだという。うさぎとカメは助かった。
当初は、どちらも公開せずに保管されていたのだが、12年前の卯年にこのうさぎを出したところ、御利益があると知られるところになり、一躍有名になったのだとか。

へえぇ、そんな由来があったとはface08
収蔵庫では現在、このカメが特別展示されている。1日と3月までの土日祝開館。

同時期に造られ、ずっと一緒にいたうさぎとかめ。
また一緒にさせてやってほしいなあ、と思うのはワタクシだけ?

常設展の内容。パンフレットから。

(クリックで拡大)

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Posted on 2011/01/31 Mon. 07:53 [edit]

category: 大和の寺社

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31

三輪・纏向デー 

1月29日、第一目的は三輪山セミナー。香芝市二上山博物館長の石野博信先生の講演を聴くことをずっと前から楽しみにしていた。

講演は2時からだけれど、ワタクシは朝7時29分発の電車で三輪へ向かった。
例によって、目的だけというのはモッタイナイので、始まるまで周辺を散策するため。

朝が早い(っていうほどではないけど)のはやっぱりいいね、と再認識。
空気が澄んで、ピリッとしていて、ものみな新鮮。

大美和の杜から大和三山をのぞむ(8時30分頃)
 

二上山を入れると


畝傍山にしぼると

金剛葛城の峰ににうっすらと雪が見える。

それから桧原神社をめざす。
久しぶりの山の辺の道icon61



どんどん北へ歩きたい衝動にかられるが、いやいやと思い直して西へ下る。
井寺池畔からのぞむ三輪山

池には氷が張っていた。

西を見る


水鳥たちの軌跡が美しい


まっすぐ西に二上山、箸墓を眼下にしながら道を下る


この後、桜井市埋蔵文化財センターや大神神社宝物収蔵庫などへも立ち寄る。
ぜいたくな1日だったなあ。

Posted on 2011/01/29 Sat. 23:29 [edit]

category: 桜井市

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29

版鹿(はんが)の会展 

長野県在住の読者の方から、奈良で開かれる木版画展の案内をいただいた。

ならまちセンター1階での「版鹿の会展」の案内だったが、長野県からいただいたのでビックリ。
娘さんが出品されるということで、時間がありましたらよろしく、とある。

案内はがきはとてもカラフルで、ワタクシの抱いている版画のイメージ(どんなんや^^;)とはちょっと違うゾ。現物を観たい思いが強くなった。

1月27日、所用の後、立ち寄ってみた。 



会場に入ると、皆さん熱心に鑑賞されている空気が伝わってきた。

木版画の独特の味わいに、ワタクシたちまち魅了されてしまった。
その魅力を言葉にしてみると、温もり、素朴、大らかさと繊細さ、奥深さ…
あ、奈良を表現するときと似てるやん、とこれを書いて(叩いて?)いて、思った。

皆さん、工夫を重ね楽しみながら仕上げていらっしゃることが、見るほうにもズンズン伝わってくる。



今年の年賀状の展示もあった。



こんなの貰ったらうれしいだろうな。作るほうはもっと楽しいのだろうな。と思わせる作品の数々。

20人ほどの作品展だが実に多彩で個性的。
同じ先生なん? とかひそかに思っていたら、おっと、会場に先生がいらっしゃっていてお話しすることができたのはラッキーだった。

主宰されているのは木版画家の清田雄司先生。奈良市在住。
奈良の方なら名前ぐらいご存じでは。
ワタクシも名前は存じているし、これまでも何度か作品を観させていただいたこともある。
お会いするのは初めて♪

清田雄司先生の賛助作品「萬芽」。

以前拝見したのも、たしか樹木をテーマにされていたと思う。

大英博物館に23点収蔵されているという、世界的な木版画家でもいらっしゃるのだ。

大英博物館で永久保存作品からの展示がなされたとき、清田先生の作品は会場入口左側に、右側には葛飾北斎の作品(富嶽三十六景の、怒濤の間から富士山が見える)が並んだということを感慨深げに話されていた。

このときの先生の作品は、天神社(桜井市)の大ケヤキ、滝桜(大宇陀町)など大和路をテーマにしたものだという。
どんな作品なのか、観たいなあ。
大英博物館で鑑賞希望者は、事前に連絡しておくと、展示してくれるという配慮もあるらしい。


※第5回 版鹿の会展
1月30日まで。
奈良市ならまちセンター1階企画展示コーナー
(奈良市東寺林町38番地 近鉄奈良駅から徒歩12分 TEL0742-27-1151)
10:00~17:00
(最終日は16:00まで)

※写真は、許可を得て撮影させていただきました。

Posted on 2011/01/28 Fri. 08:21 [edit]

category: 展覧会

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28

京都府立山城郷土資料館 

1月23日、「上狛(かみこま)北遺跡」現地説明会の後、恭仁宮(くにのみや)跡をめざして歩き始めた。
JR上狛駅から東へ道をたどり、なんとものどかな風景の中にある高麗寺(こまでら)跡で往時をしのぶ。

その後、再び東へ。
まもなく、道は国道163号線に吸収されるかたちとなり、ざんね~ん。
先ほどまでののんびりさはなくなり、車の往来が激しい。
こんな道を歩いて恭仁宮跡まで行けるのだろうかと不安がよぎる。

すぐに「京都府立山城郷土資料館」が現れたので、寄っていくことに。



常設展示室へ。
山城町の考古や歴史、民俗などの資料が時代を追って幅広く紹介されている。
学芸員さんかボランティアガイドさんか確認しなかったけれど、お1人の方がいろいろな質問に答えられていた。どうやら、現地説明会からこちらへ足を伸ばされた方々も多かったようだ。

的確なお応えに耳をダンボにしながらも、ワタクシは自分流にテキトー鑑賞。
と、1体の仏像(木造阿弥陀如来立像)に目をひかれた。

他の陳列品とは異質な感じがしたのだ。
他のものが、単なる資料、出土品として無機的にそこにあるのに対して、この仏様は生きていらっしゃるというか、信仰の対象として光を放っているような感じ、とでもいったらいいだろうかicon12
この場所にいらっしゃるのが不思議なような…

丸みを帯びた温もりの感じられるお顔と、清々しい表情の仏様の前から離れがたい思いでいると、ふいに後ろから声をかけられた。
先ほどの解説員の方だった。

これはですね、八幡(やわた)市にある宝寿院のご本尊なのですが最近、預かって修理をしたところ、胎内から墨書銘が見つかりましてね。

鎌倉時代の文暦2年(1235)、願主は行範、仏師は泉州別当定慶

定慶というのは慶派の仏師で、この仏様にも快慶の「安阿弥様(あんなみよう)」がうかがえるという。
複雑にして整った衣紋などにその特徴がみられるのだとか。

本来ならば、宝寿院さんにお返しするところなのですが、管理しにくいということで、そのままお預かりして展示させていただいているんですよ。
もうすぐ、京都府の重要文化財になります。


実は、と解説員さんが教えてくださった。
明日、お寺の檀家さんたちがそろって、こちらへお参りに来られるんですよ。

ご本尊がお寺からいなくなったらそりゃ困るでしょうね。
明日といえば、月曜日で、山城郷土資料館はお休みの日だ。

この常設展示場に檀家さんたちが集まってご本尊にお祈りし、読経などもされるのだろうか。
ひととき、祈りの場と化す資料館を想像すると、なにかほのぼのとした気持ちになったのだった。


山城町郷土資料館には、こんなものも

徳川幕府が大阪城を改築したときに加茂町から切り出された石とか。
大阪城の石材の多くは、木津川で大阪まで運ばれたという。


山城郷土資料館で、恭仁宮跡へ行くルートについてお尋ねしたところ、163号線を通って行くしかないが、歩道がないのでお勧めできない、とおっしゃるではないの。

それでも、こんな機会はまたとないと思われモッタイナイ、行ってみよう、何とかなる、と強気なワタクシだった。

しかし、いざ東へ向かおうとして驚いた。
2車線ぎりぎりの道路で、歩道どころか、歩く幅すらない状態icon10
ちょっと歩き始めてみたものの、身の危険を感じて、泣く泣くあきらめたのだったicon59


京都府立山城郷土資料館(ふるさとミュージアム山城)

Posted on 2011/01/26 Wed. 18:58 [edit]

category: 展覧会

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26

高麗寺(こまでら)跡 

1月23日に行われた、京都府埋蔵文化財調査研究センターによる「上狛(かみこま)北遺跡」(京都府木津川市山城町)現地説明会は、とても丁寧でわかりやすいものだった。

10時30分から開催という情報が流れていたものの、早くから訪ねるファンが多かったということで、予定を繰り上げて実施される柔軟な対応。

そして、入口付近と、発掘現場でという2段階の説明。
第一団が発掘現場を見学、説明を聞いている間、後続団は予備知識を仕入れる。概要を把握してから現場にのぞむということになり、とてもわかりやすかったなあとつくづく。待っている人への心遣いと同時に、そのうえでスムーズに人を流す工夫も感じられた。

さら~に、当日の現説資料に加えて、恭仁宮に関する冊子を2冊(左写真)も付けてくれて、ビックリface08

いえね、かつて、こんなサービスを受けたことがないのでね。さっすが~、京都府埋文さ~ん、太っ腹~って叫びたくなったくらい。
たぶん、販売されていたら買っていたと思う。京都府立山城郷土資料館の図録、ですからね。昨年の特別展「平城の北・恭仁宮」の貴重な資料だ。

というようなこともあり、ワタクシ突然、恭仁宮跡(加茂町)へ行きたくなった(もちろん徒歩で)。
いつも無計画のワタクシが珍しく前夜、現地周辺の地図をにらんで立てた予定とはまるっきり違う方向^^;

現地説明会の後は椿井大塚山(つばいおおつかやま)古墳とその周辺を散策しようと考えていたのだ。

迷ったけれど、恭仁宮跡へ行きたい気持ちがまさり、この日もまた思いがけない旅となったのだった^^; 我ながら、あきれて苦笑しつつ、恭仁宮をめざす。

いったん上狛駅まで戻る。

春がきたような、駅前を抜けて、今度は東へ道をたどる。

木津川に沿って走る国道163号線は交通量が多いけれど、その1本北の道はなんとのどかなことか!

おおらかな風景の中を深呼吸しながら、足取りも軽い。わぁ、ええとこやわ~



間もなく高麗寺(こまでら)跡に出合う。


飛鳥時代、高句麗から渡来した高麗(狛)氏の氏寺だったと考えられる、その跡。

説明板によると、寺域は東西200m、南北190m。
西に金堂、東に塔という法起寺式の伽藍配置だったという。

講堂の両翼から伸びた回廊は塔、金堂を囲んで中門に接続
と書かれている。

←高麗寺の伽藍配置(山城町発行「わたしたちの町の遺跡」から。これも当日いただいた)



伽藍跡はな~んにもなくて、ガラ~ン。
その跡を見守るように立つケヤキの木の下で、1400年前にしばしの時間旅行。そんなこともほんとうにできそうな空気が流れていた。

高麗寺は、奈良時代も存在していたという記録が『日本霊異記』にあるという。

手元にある『日本霊異記』(日本古典文学大系)のページを繰っていたら、中の巻18で見つけたぞ~icon22

タイトルは「法花経を読む僧を呰(あざけり)て、現(うつつ)に口ゆがみて、悪死の報を得る縁」
去(い)にし天平年中、山背(やましろ)の国相楽の郡の部内に、一(ひとり)の白衣有り。姓名未だ詳ならず。
同じ郡の高麗寺の僧栄常、常に法花経を誦持す。


と始まる。ふむふむ、書き出しの2行で、高麗寺が天平年間にあったことがわかるね。
はい、おしまい。
といきたいところだけれど、話がちょっとおもしろい(といっては叱られそうだが)のでご紹介~icon23

山背国にいたフツーの人(僧じゃない俗人)が、近くの高麗寺の僧、栄常さんと囲碁をすることになった。
栄常さんは碁をうつたびに「栄常師の碁の手ぞ」と言う。一目おくごとにそのように言うのだそう。

そこで、俗人は自分が碁をうつときに、栄常さんの真似をして、口をひねり曲げて「栄常師の碁の手ぞ」と言ってみたのだそうな。栄常さんと同じように、何度も何度も真似して碁をさしたのだと。

するってえと、たちまちに白衣の口ゆがみぬと霊異記は書く。
こわくなって、あごを手でおさえて寺を出て行った。と、まもなく、あおむけに地面に倒れて死んでしまった。

教訓は、あざけりの心で相手の口真似をしたら、口がゆがんで死んでしまうよ。ましてや、恨みの心で相手に危害を加えるなんて言語道断!

………………………………………

高麗寺は、ちょっとした高台に、南を向いて建っていた。
眼下には木津川がたゆたうと流れ、なだらかな山々がのぞめる。その向こうには、奈良の都。
きっと、申し分のない立地だったんじゃないかなあ。
高麗寺跡から南を見る。

(長くなったので)つづく


大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )

Posted on 2011/01/25 Tue. 13:08 [edit]

category: 県外

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恭仁京に関連? 上狛北遺跡現地説明会 

恭仁京(くにきょう)に関わる遺跡かもしれないという新聞報道を読んで、1月23日に行われた現地説明会に出かけた。

恭仁京というのは、聖武天皇が一時、平城京を離れて政治を行ったとされる都。
再び、平城京へ戻るまで、紫香楽宮(しがらきのみや)、難波宮(なにわのみや)と、落ち着きなく遷都を繰り返した時代で、恭仁京は天平12年(740)からわずか5年ばかりの短さだった。

天皇のおわす中枢の「恭仁宮」は、京都府の南端、木津川市加茂町瓶原(みかのはら)に立地、発掘調査によって大極殿の基壇や回廊、朝集殿院や南門なども確認されている。

が、都市の全域「京」については、ほとんどその実態がわからないまま。

発掘現場は、JR奈良駅から京都方面行き電車で3つ目の上狛(かみこま)駅の西北の地。

府道上狛城陽線の建設事業に伴っての発掘調査とのことだが、周辺には遺跡がいっぱい(現説資料に一部付加ークリックで拡大)。


上狛環濠集落を通って、現場へ向かう。

室町時代以来の、かなり大きな環濠集落のようで興味深い。興福寺領だったとか。

↓詳しくは現地の説明板をどうぞ(クリックで拡大)




←今回の、「上狛北遺跡」遺構配置図(現説資料からー赤枠はワタクシ)。
(クリックで拡大)



↑調査は大きくA地区とB地区に分けて実施された。

●A地区について
上層…11世紀後半~13世紀頃の掘立柱建物跡2棟と多数の柱穴・土坑・耕作溝など
中層…奈良時代の素掘り井戸1基
下層…5世紀末~6世紀前半の竪穴式住居跡7棟




●B地区について
上層…12世紀~13世紀代のものと考えられる多数の耕作溝
中層…南北方向の溝1条、掘立柱建物跡3棟


恭仁京に関わるのではないかと注目を集めているのが、B地区中層からの検出。

見つかった溝は100m! さらに南北に延びていくと考えられている。

なが~い、そして、まっすぐ~、という溝の形状は、国家的な技術なくしては考えられない規模のようで、計画的に掘られたとみるのが妥当。

←この写真は、発掘現場に掲載されていたもの。右手にまっすぐに続いているのが検出された溝。



溝の幅は60㎝~1m、深さは一様ではなくて20㎝から80㎝。
北へいくほど浅くなっているように見えた。




この溝から、土器がわんさか見つかった。

そのほとんどが、奈良時代中頃の須恵器や土師器だという。

つまり、恭仁京時代と重なるというわけ。






さらに、軒平瓦にも注目~!

唐草文を表すこのような軒平瓦は、これまで、恭仁宮跡や平城宮跡などで出土しているのだ。




溝の西側では同時期と見られる掘立柱建物跡3棟が見つかった。



小規模であること、瓦が少ない、文字資料(木簡、墨書土器)が出土していない、などの理由で、役所とか有力者の住まいというような、中心的な建物群である可能性は低いとみられている。
倉庫のようなものだったのではないかということだ。

いずれにしても、今回見つかった遺構や出土物だけによる判断なので、今後の調査でまた新たな展開をみせるはず(ですよね?)。

ああ、目が離せない調査地がまた増えたわ~
(昨夜の、NHKスペシャル「“邪馬台国”を掘る」おもしろかったですねえhoshi-02

Posted on 2011/01/24 Mon. 08:43 [edit]

category: 発掘情報・古墳

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24

般若寺から不退寺 散歩 

1月20日、般若寺へ納品した後は、散歩がてら帰る。

このあたりはいつも、コースを変えているとはいえ、自転車で走っている界隈。
ゆっくりと歩くのは久しぶり~♪
歩くのはこの季節がいちばん好きかも。華やかな景色は見られないけど、ね。

「奈良きたまち」と呼ばれるこの地域はお地蔵さんの多いことでも知られる。
←北へ歩くと、まず目に入ってきたのが「児川地蔵尊」。
ちょっとのぞいてみようと思うのも歩きならでは。



ドキリ。
あ、このあたりは「化粧地蔵」の風習があるんやね。
いつか、地蔵盆にお邪魔させていただこう。
←また見つけた~


墓地の入口にも味わい深い表情の石仏が



まちなみにも趣たっぷり。
鹿せんべいを作っていらっしゃる所と、右は最近ブログ情報でよく目にするお蕎麦の「かくれみの」さん。
ここにあったんやぁ。改めて行かなくちゃ。



風情があるわぁ。お酒とお米を扱うお店



奈良豆比古(ならずひこ)神社にもちょっとおまいり



ここまで来たからには、あの大クス(天然記念物)にもご挨拶を

樹齢1000年以上、幹周り約13m、高さ30m。
祈りの気持ちがわいてくる。


その先で道は下りとなり、途中左(西)へ。
元明天皇陵と元正天皇陵へおまいり。



それからしばらく南へ歩き、鴻ノ池を経て西へ。
平城山(ならやま)丘陵の南の裾を縫ういわゆる佐保路へと入る。

いつも端正なたたずまいの興福院(こんぶいん)


ここから不退寺へは1㎞弱カナ。
道の途中から見る若草山もなかなか素敵hoshi-02
後半はちょっと急いだせいか、写真がなくて…^^;

般若寺から不退寺あたり

大きな地図で見る

Posted on 2011/01/22 Sat. 16:27 [edit]

category: 奈良市

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22

般若寺 1月20日 

般若寺(はんにゃじ)さんへ納品に行く♪

境内の石仏たちは水仙の花に荘厳されているだろうか、とそのイメージを描きながら、ウキウキと出かけた。

ところが、厳しい寒さのせいか、今年は開花がかなり遅れているという。



この時期、例年なら、いっぱいの水仙が甘い香りを放っているのだけれど…

以前の写真を探してみた。


これって、12月(2004年)ですよぉ。

大好きな石仏たちが、心なしかさみしそう。

もうちょっと待っててね~


おいおい、仕事はちゃんと済ませたのかい、って?

はいはい、このとおり納品してまいりましたよ。

以前のはほとんどなくなっており、うれしい限り^^

お求めくださいました皆様、どうもありがとうございました。



※真言律宗 
法性山 般若寺

奈良市般若寺町221
TEL0742-22-6287
FAX0742-22-7257

←楼門前に真新しい石碑を発見。

昨年8月25日建立。


Posted on 2011/01/20 Thu. 22:03 [edit]

category: 大和の寺社

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JRラッピング〈万葉の四季彩〉 

2009年に行われた「奈良旅万葉ラッピング列車デザインコンテスト」入賞作品を描いた列車が、「万葉まほろば線」「和歌山線」を走っている。ラッピング列車は4種類(たぶん)。

乗るたびにブログアップしてきた記事は下記のとおり。

①観光列車『旅万葉』
②優秀賞作品「万葉の四季」
③最優秀賞作品「万葉の四季」
http://kagiroi.narasaku.jp/e20126.html
http://kagiroi.narasaku.jp/e22377.html
④優秀賞作品「万葉の四季彩」

いちばん最後に動き始めた④「万葉の四季彩」は、一度ちらっと見かけただけで、なかなか乗る機会がないままになっていた。

先日、実家からの帰りに初めて乗車♪
五条駅で10分停車のスキに、向かい側のホームへ回って撮影。
のんびりローカルはこういう所が好き。
(先日乗った南海電車「天空」も途中で停車したほうがいいんじゃないかなあ。ノンストップというのがむしろ味気ないような…)








確認できた万葉歌



icon52見渡せば春日の野辺に霞立ち咲きにほへるは花かも(巻10-1782)

icon52波の花は盛りになりにけり平城(なら)の京(みやこ)を思ほすや君(巻3-330)

icon52勝間田の池はわれ知る(はちす)無し然(しか)言ふ君が髭(ひげ)なきごとし(巻16-3835)

icon52あぶら火の光に見ゆるわがかづらさ百合の花の笑まはしきかも(巻18-4086)

icon52夕立の雨降るごとに春日野の尾花が上の白露思ほゆ(巻10-2169)

icon52河の辺のつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は(巻1-56)

icon52の本さへ響(とよ)み出でて去なば何方向きてか妹が嘆かむ(巻14-3474)


と、書いてきて、気づいたことが1つ。
たしか、近鉄電車のラッピングにも、勝間田の…の歌が採用されていたゾ。
http://kagiroi.narasaku.jp/e10988.html

ちょっと笑えるこの歌が、共通して採られているのがなんとなく楽しい。


車内


Posted on 2011/01/19 Wed. 23:33 [edit]

category: 鉄道

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高野山雪景色 

1月16日、南海高野線橋本駅から乗った「天空」は、1時間足らずで終着の極楽橋駅へ。

高野山上へは、そこからケーブルカーを利用して登る(吉野山と一緒)。

↓山上に着きかけた頃



雪の中の高野山駅


奥の院への道


中学の同級生3人で行ったのだけれど、ワタクシ以外は信仰心があついことを知る。
1人は毎月お参りに来ているという。
当たり前のように、経木を書いてもらい、水向(みずむけ)地蔵に手向けてお祈りする。

雪景色にはしゃいでいたワタクシも、あわてて、そ、そうなの!? と続く。
まことにお恥ずかしい限り^^;


奥の院へ(写真はここまで)


休憩所にも立ち寄る

重厚な建物に流れる大らかさが心地よい。

その後、あったかいおうどんやおでんを食べておしゃべり(写真はなし)。

帰り、ちょっと歩く? うん歩こ、歩こ。
雪の中を童心にかえったような気分で。こんな雪の道を歩いたのってずいぶん前のような気がする。


歩きながら取った雪景色


この日、奇遇にも、らん♪ちゃんも高野山へ来られていたのだという。
らん♪ちゃん情報では、この日、高野山は氷点下6.6度。
http://nararan.narasaku.jp/e32253.html

久しぶりに見るつらら♪ 


別世界の高野山。
雪かきされている方に「昨日の雪でこれだけ積もったのですか?」と聞いてみたら
「冬は毎日、こんな感じですよ」

考えてみたら冬に高野山へ行ったのは初めてだった。

Posted on 2011/01/18 Tue. 23:39 [edit]

category: 高野山麓から

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