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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

HPリニューアル 

「かぎろひの大和路」のHPを、本日リニューアルしました!

ひどく気になっていたのですが、なかなかタッチできず、目をつぶっておりました。

それが、1つ仕事がキャンセルになって^^;、思いがけず時間ができたのです。

しかも、29日は高野山麓の静かな環境でまる1日、
今日は雨に恵まれて(?)まるまる1日、
集中することができ、
一気にアップとなりました(^_^)v
http://www4.kcn.ne.jp/~kagiroi/




まだまだ不備はありますが、少しずつ手を入れていければと…。

とりあえず、心機一転、がんばりたいと思いま~す。



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Posted on 2010/01/31 Sun. 20:33 [edit]

category: かぎろひの大和路

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31

友楽、最後にローマの休日 


1月31日で閉館する「シネマデプト友楽」。
なんともさみしいニュースを耳にして、最後に観ておきたいと30日、高野山麓から直行した。

選んだのは『ローマの休日』。

ワタクシにも特別の思いはあるが、19歳の娘は中学生のときにこれを観て以来のオードリーファン。
珍しく意見が一致して映画館前で待ち合わせした。


娘の部屋に、ずいぶん前から貼ってあるポスター。

最後に、これを上映してくれたことが、とてもうれしい。


子どもが小さい頃は、『ドラえもん』をよく見に行ったっけ。
子どもがいっぱいの会場は、拍手がわいたり、驚きや感動が全館に満ちて新鮮な楽しさがあった。

ワタクシが奈良で働き始めた頃は、友楽ビルと言えば、1階に書店(南都書林、好きだった)があり、最上階が回転式の喫茶店になっていた。
知人が奈良へ来ると、まずここへ案内したものだ。
勤務していた会社は、12月の最終日、大掃除を終えた後、ここで打ち上げして、よいお年を! だった。

それと、このビルには、確かサウナもあった。
もちろんワタクシは行ったことはないけれども、旧のかぎろい誌では、こちらの広告をいつもいただいていた。
と、引っ張り出してみると、ありました~。


隣の記事が「ちょっと一杯地酒の店」で「蔵」をとりあげているのも懐かしい(「蔵」は健在)。

こんなのやってた、やってた。そうそう、この取材は、楽しかったな。



それにしても、奈良の中心街から映画館が消えるというのは、1つの時代が終わったようなさみしさをぬぐうことはできない。

明日の最終日、さよなら興行 1コイン上映、ぜひどうぞ。

友楽さん、お疲れさまでした。ありがとうございました。

http://www.cinemadept-yuraku.jp/

Posted on 2010/01/31 Sun. 00:58 [edit]

category: 耳より情報

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31

赤い実 

高野山麓の実家の庭を歩いてみても、花の色はまだ見あたらない。
目につくのは赤い実ばかり。

南天、千両、万両、これはワタクシにもわかる。
幼い頃から見慣れているので。


ところが、未知の赤い実のついている結構大きな木を発見。
冬にこんな赤い実をつけるなんて知らなかったよ。我ながら注意力、観察力不足が嫌になる。
実と幹はこんな感じ。全体を撮り忘れてしまった。


調べた結果、“クロガネモチ”? 「黒鉄黐」と書くらしい。

いつ頃からここにあったのか、母が植えたのか、どんな経緯でこの木がここに育っているのか、今になっては知るよしもない。

狭い庭なのに、1年ぐらいでは、まだまだ知らない植物が育っていそう。
もう少し観察せねば♪
そして、そのうちに、私も何か植えてみようか。

Posted on 2010/01/29 Fri. 20:04 [edit]

category: 高野山麓から

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29

近鉄ラッピング車 神戸バージョン 

阪神なんば線の、奈良をテーマにしたラッピング車は何度も見かけるようになった。
寺社や花、燈花会、万葉歌を配し、淡いグラデーションの車両はやさしい雰囲気。

http://kagiroi.narasaku.jp/e10988.html


なぜか神戸バージョンのラッピング車にはなかなかお目にかかることがなかった。

先日、新大宮駅で、ボーッと電車待ちをしていると、何やら輝かしいものがホームへ。
おお!
あわててカメラを引っ張り出して、激撮^^;





こちらは、海と山、青を基調にした明るく元気なイメージ。

対照的な雰囲気のラッピング車が行き交うのはやっぱり楽しい。

そのうち、トラをイメージしたラッピング走らないかなあ。
阪神タイガースと信貴山のコラボバージョン、トラトラ号。

こんなので甲子園へ乗り込んだら、いきおい士気も上がろうというもの!
試乗会には、ぜひタイガースの選手も乗ってね。
icon22はまちがいない。

Posted on 2010/01/28 Thu. 17:26 [edit]

category: 鉄道

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不思議の国 モンゴル 


モンゴルの魅力にとりつかれて、何度も訪ねている上田トクヱさんが、その体験や交流をまとめた本。
奈良新聞に1年間、連載されていた。

「国際ゾンタ 奈良ゾンタクラブ」の会員として地域奉仕活動をされている上田さんとモンゴルとの関わりは、やはり単なる観光旅行から始まったわけではなかった。

1996年、モンゴルの草原が800か所以上も火事に見舞われて大変な状況に陥っていることを知ったのがきっかけだったという。

その後、10数回にわたる訪問で「子どもの絵コンクール」「日本語スピーチコンテスト」「さおり織りの指導」など交流を重ね、ついには、モンゴルにゾンタクラブまでつくってしまった。

ありきたりの観光ガイドではない視点がおもしろい。
ゲル、遊牧、食文化、モンゴル人気質…など、不思議な魅力がつまっている。

へえっ、と思うことがいっぱいあるが、お酒の話をピックアップ。
遊牧民のゲルを訪問すると必ず出てくる白い飲み物が「馬乳酒」だという。

アルコール度数は1~2%、どぶろく状でちょっと酸っぱくてビタミンCが豊富なのだそう。
日本のカルピスはこれをヒントにできたとか。

それから、モンゴルには世界で唯一、動物からつくられるアルコール飲料がある。羊、山羊、牛の乳を発酵させたものを蒸留してつくられる「シミン・アルヒ」というお酒なのだそうだ。



1月26日、ホテル日航奈良で開かれた出版記念パーティに参加。


100人以上が集まる盛大なパーティだった。
馬頭琴の演奏もあり、料理も趣向が凝らされていた。

モンゴルをイメージした前菜。
サーモンと小海老 アボガドのタルタル 小さな野菜添え 

中央が、ゲルかな。

Posted on 2010/01/27 Wed. 08:09 [edit]

category: 読書

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伝統御菓子処「おくた」新店 

「みたらし団子」で有名な伝統御菓子処「おくた」の新店が元興寺の北側にオープンしている(2010年1月11日)。
遅ればせながら25日、訪ねてみた(emirinさん、ありがと)。

ならまち特有の、間口は狭いけれども奥行きがあって、店内でちょっとゆっくりできるスペースも設けられている。
瀟洒で、落ち着きのある雰囲気。





「おくた」は、みたらし団子が有名だが、生菓子から干菓子まで、作っている菓子は幅広い。
かぎろひ誌の読者(東京在住)にも熱心なファンがいて、自分が食べるだけではなく贈答品としても愛用している人がいた。


御菓子はもちろんだが、室礼(しつらい)も楽しめる。

まず目に入る迫力ある文字は、清水公照師(元東大寺別当=207・208世)の書。




上野道善別当(219世)の書あり、元興寺の住職・辻村泰善師の画あり。


店主の奥田義一さんの交際範囲と趣味の広さを物語るところだ。


新店のこの場所は、もともと「おくた」の本来の場所(道路拡幅のために少し移転)。

実は、ワタクシが奈良の出版社に勤め始めたばかりの頃、ここへ取材に来たことがある。
ワタクシのような新米記者に対して、奥田さんは心のこもったお話をしてくださり、気がつけば長時間お邪魔していたのだった(後にも先にもあんなに長時間に及んだことはない)。
この時聞いたお話は、その後々今に至るまで、ふとしたときに思い出される含蓄の深いもので、ワタクシのなかではずっとひそかに尊敬申し上げてきた。
久しぶりにお目にかかることができて、ほんとにうれしかった~(*^_^*)


※「おくた」新店(奈良市中院町)

店内で食べられるのは今のところ、みたらし団子(3本、350円)。
これからだんだんメニューも充実していく予定。

「おくた」はアルテ館(小西町)と西寺林にお店がある。
アルテ館 0742-23-0058
西寺林店 0742-25-0239

Posted on 2010/01/26 Tue. 00:13 [edit]

category: こんな店

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26

20年に1度のお地蔵さんまつり 

高野山麓の実家へ帰ることが頻繁になってから、“これは奈良で「生活と風習と」を取材している場合ではないゾ”と感じることが多い。

高野山麓の山間部にある小さな集落には昔から受け継がれている風習といったものが結構あるのだ。
10代で実家を離れ、年に1、2度ぐらいしか帰郷していなかったワタクシには、知らないこと、物珍しいことも数少なくない。

1月24日(日)に行われた集落あげてのイベントもそのひとつ。
20年に1度のお地蔵さんの上遷宮。

へえっ、神社の遷宮はよく聞くけど、地蔵堂にもそんなんあるんや~。


ワタクシは直接には関わらなかったけれど、ずいぶん前から本番に向けて準備がなされていた。
寄付を募る。
在住の人からだけではなくて、以前住んでいた人とか親戚とか。

本番3日ぐらい前からどっぷりと準備に入る。
掃除、買い出し、前日は1日がかり、総出で餅つき。
女性陣はそのためのまかないに大わらわ。おでんやおにぎりを作る。

まあ、その間に飲んだり食べたりしゃべったりの、懇親の意味も深いようだ。
農閑期の娯楽、などと言ったら怒られそうだが。

24日の当日。
地蔵堂はきれいに飾られ、お供えがいっぱい。

集落の真ん中にあるお地蔵さんには、ワタクシも幼少時から親しんできた。
学校帰り、ここで道草して遊ぶ。夏休みには、首にカードをぶらさげてラジオ体操。
遊ぶ約束はいつも「お地蔵さんの前で」だった。

この日、式典や読経、お祈りの後、餅まきがあった。
過疎化が進むこの集落に人が集まり、なかなかの賑わい。

よし、餅拾いするぞ~♪、と張り切ってのぞんだワタクシ。
が、結果は惨憺たるもの。頭や顔にあたるのに、なかなか拾えないのだ。
陣取った場所が悪かったのか、あまり飛んでこないし。

ヨタヨタとやってきて、いちばん前にすわりこんだ父よりも少ないのを見たときは、ちょっと落ち込んだ。
弟が「オヤジのそばの人はみんな遠慮するからなあ」と慰めてくれたのだが。
1度餅拾いの経験がある娘は「餅が自分のとこへ来るのを待っとったらアカンで。取りに行かな」

ふむふむ、なるほど、なるほど、そうか、そうか。
この経験を生かして、次の機会にはもう少し成果が上げられそうな気がしてきた(それっていつや~、20年先か~、何歳や~)。

でもラッキーなこともあったicon22
拾った数少ないお餅の中に色つきがあるなと思っていたら、これが何と景品の当たりクジ。

何が当たったかって、レアな地ビール1本!
今年これからなんかいいことありそうよね。

Posted on 2010/01/25 Mon. 00:44 [edit]

category: 高野山麓から

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家持が詠んだ玉箒 


昨日、電車の中で『野に遊び 人に学ぶ』(猪股靜彌著)を読みながら、高野山麓へ。

南海難波駅から高野線に乗って50分、橋本駅着。
ここからは、2両編成のこんなかわいい電車に乗り換える。

再び、本を開いて、驚いたface08
いきなり、九度山(ワタクシの最寄り駅、橋本から3つ目)の文字が目に入ってきたのだ!
(今そのページを開けようとしてもなかなか見つからない。ほんとに不思議。)

大伴家持が新年に詠んだ歌
初春の 初子の今日の 玉箒(たまばはき) 手に取るからに ゆらく玉の緒(巻20-4493)

「正倉院」には、家持の詠んだ玉箒が現存するのだという。
猪股靜彌氏は書く。
天平宝字二年、正月初子の祝宴に用いられた唐鋤と玉箒が正倉院に現存し、一方、その祝宴に列した大伴家持の詠んだ歌ごえが『万葉集』に残り、彼のよろこびの息遣いを聞くことができる。何と何と、わが民族の文化の伝統は、永遠でかくも美しいのであろうか。

続けて、家持が手に取った玉箒はコウヤボウキ(小低木)で作られており、高野山の民家や九度山町では、昔からこの植物で箒を作った、とある。

うっ、知らないゾ~^^;
なぜ、コウヤボウキで箒が作られるようになったか、その伝説も紹介されている。

弘法大師が草創するまでは、高野山には鬼の子が住んでいた。
農民たちは、竹箒で鬼の子を丹生川に掃き捨てた。
ところが、鬼の子はまた山に帰る。
村人は竹箒を捨てて、替わりにコウヤボウキで作った箒で庭を掃くと鬼は山に帰ってこなかった。

猪股氏は、この話を40年前に、九度山町のかいほりしんじ翁に聞いたと書いている。

ふうん、知らなかった~。

父の書棚を見ていると『九度山町史(資料編)』が目についた。
本編にはもしかしたら、コウヤボウキのことが書かれているのかもしれないが、見つからなくて残念。

Posted on 2010/01/23 Sat. 13:45 [edit]

category: 読書

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23

野に遊び 人に学ぶ 

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万葉学者で歌人の猪股靜彌氏が昨年9月、85歳で亡くなられたことを、この本を見て知った。

『野に遊び 人に遊ぶ』は奈良新聞に足かけ7年連載されたエッセーを、1冊にしたもの。
最終ページが平成21年7月だから、亡くなられる2か月前まで健筆をふるっていらっしゃったことになる。

最後のエッセーは「花鳥誘う恋の散歩道」と題するもの。
学園前から赤膚山行きバスに乗って藤ノ木台で下車、そこから800メートルほどの道を「わたしの楽しい花鳥愛好の道行き」と書く。
ナラ、クヌギ、ミツバツツジ、モチツツジ、テッセン、ゼニアオイ、ケイトウ。
セグロセキレイ、コジュケイ、バン、ヨシキリ。
著者がいかに自然を愛して優しい目を注いでいたかがわかる。

文末の4行。
目下、後期高齢者のわたしは、若い郵便局の姫に、老いらくの恋をしかけている。彼女が仕事中であれば、姫の仕事の終わるのを待ってハガキ一枚を買う。
彼女が局内に見えない日は、何をしにきて、今ここに居るのかと嘆きながら、花鳥の花園道をうらぶれて足にまかせて帰る。


最後から2つ目のエッセーは「ばかもののいしぶみ」。
万葉歌碑建立に揮毫を頼まれても、頑として応じなかったという。
氏の高潔なお人柄がしのばれるようだ。

新納忠之介(にいろちゅうのすけ)、中島敦、北見志保子、御所久右衛門、吉野裕子、小清水卓二など奈良にゆかりの人物との思い出や、知られざるエピソードがいっぱい。
長らく一条高校の先生をされていたときの、身近な話題も楽しい。

繊細な挿絵も著者の作品。
inomatae.gif


※『野に遊び 人に学ぶ』
平成21年12月16日発行
1300円+税
四六判 176ページ
奈良新聞社発行
問い合わせ 奈良新聞社編集部出版課 0742-32-2117

※猪股靜彌氏
大正13年(1924)、大分県生まれ。
昭和26年から60年まで奈良市立一条高校勤務。62年まで愛知女子短期大学、平成14年まで帝塚山短期大学勤務。帝塚山短期大学名誉教授、寧楽短歌会代表。平成21年9月8日逝去。

ご冥福をお祈り申し上げます。

Posted on 2010/01/22 Fri. 20:52 [edit]

category: 読書

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文政13年庚寅の石燈籠 

同じ所へ行くたびに、違うルートでたどり着くのを楽しみにしている。
奈良のような古いまちなみは、通るたびに新しい発見がある。
袋小路に入ったり、迷い込んでしまうこともあるけれど。

1月18日、目的地は南紀寺町。
出発は近鉄新大宮駅あたり。やや南東の方角めざして、自転車でゴー。

JR京終(きょうばて)駅の前を通って、東へ上るルートは初めての道。

道を東へ折れるとすぐに、大きな石燈籠が2基、目にとびこんできた。
高さ3~4メートルほどもあり、かなり立派なもの。
JR奈良駅前にあるのと同じぐらいか。



燈籠に刻まれている文字は、金比羅大権現、春日大明神、天照皇太神宮、八幡大菩薩、とあり、文政十三庚寅五月、と見える。



庚寅、って今年ではないのぉ!
60年に1度しか巡ってこない庚寅の年に、この燈籠を見つけたのが何だかうれしいicon22

帰宅してから日本史年表を見てみると、文政13年は1830年。ちょうど180年前だ。3つ前の庚寅の年ということになる。

おもしろいのは、文政13年12月に年号が天保に変わっていること。
石燈籠を建ててから半年ほどで年号が改まったとみえる。

年表の社会・文化の欄には、伊勢おかげ参り大流行と特筆されている。
この燈籠も、そういった信仰の名残なのかもしれない。


※ 燈籠がある場所を地図で確認すると、肘塚(かいのつか)町になるのかな。

Posted on 2010/01/21 Thu. 14:22 [edit]

category: 奈良市

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