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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

追悼 谷村新司さん 

えっ、谷村新司さんが亡くなったって?

娘からの一報で知った。

231016ライン

ワタクシは、さだ派だったし、どちらかというとチューリップのほうが好きなほうで、谷村新司は大ファンというわけではなかったけれど、フォーク世代としては「アリス」に親しんだ。

しかし、ン十年も経って、なぜか、下の娘が谷村ファンに。

彼女が高校生のとき、東大寺大仏殿前の特設ステージで谷村新司コンサートがあり、行きたいというので、チケットを購入。さだまさしも行ってないのに(;^_^A

2006年、重源上人没後800年御遠忌記念法要慶讃奉納行事、この時かな⇒
17年前になるのね。

お客さんはほとんどワタクシと同世代か、まだ少し上くらいに思われた。

途中、谷村さんは、会場の聴衆に問いかける。
皆さんの年代を教えてくださーい。
70代の人、
60代、
50代


と、聞かれるのに合わせて手が上がった。
20代はほとんどいなかったと思う。
そして、10代は、おそらく、娘1人だったのではないだろうか。谷村さんの目に留まったかどうかはわからないが、貴重な年若いファンだった、はず。

後にも先にも、谷村さんのコンサートに行ったのは1回だが、娘のおかげで、いい思い出となっている。

何だか今日は谷村さんの歌が口をついて出てしまった。

♪陽はまた昇る どんな人の心にも
ああ 生きるとは燃えながら暮らすこと

ご冥福をお祈りいたします。

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Posted on 2023/10/17 Tue. 19:48 [edit]

category: 追悼

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17

追悼 円亀山人さん 

インターネットで掲示板やブログサービスなどを提供してきたteacupが、8月1日ですべてのサービスを終了されます。

長年にわたりご愛顧いただきましたteacup.ですが、2022年8月1日(月)13:00をもちまして、サービスを終了させていただくこととなりました。
teacup.サービス終了の詳細につきましては、こちらをご確認ください。
【重要なお知らせ】teacup. byGMOのサービス終了につきまして
https://www.teacup.com/information/view?id=249



ワタクシは20年ほど前から「掲示板」をお借りしていて、「かぎろひの大和路」HPにくっつけています。⇒
ここ数年は、書き込みが激減していましたので、サービス終了もむべなるかな、と納得する次第です。

しかし、掲示板も一時はとても盛り上がったんですよ。読者や友人知人から毎日のように書き込みがあり、管理人が放っておいても話がはずんでいることも。

そのなかでも、中心的な存在だったのが円亀山人さん。
この3月にお亡くなりになりました。もっと早い時期に追悼文を書かなければいけなかったのですが、悲しいことはやはり筆が重くなります。遅くなりましたが、これまでのご厚情に感謝してワタクシなりの追悼をしたいと思います。

円亀さんは『かぎろひの大和路』の旧刊からの読者ですから、40年のおつきあいになります。いつも発行後には、ていねいな感想を下さり、とても励みになっていました。夫も自分の「ひとり同人誌」を送るたびに、自分の思いに寄り添ってくれるようなお手紙をいただいて、静かに喜んでいるようでした。

今回、円亀さんのご逝去を知ったのは、夫が入院したばかりの頃、円亀さんにお手紙を書いたのがきっかけです。虫の知らせというのでしょうか。
すると、奥様から「まだ誰にも知らせていないのですが、お手紙をいただいたので」とお電話がかかり、お亡くなりになったことを知ったのでした。

円亀さんには、実際に2度お会いしました。
最初は、ワタクシの関わっている「結の会」主催の「お水取り展鑑賞とお松明」に参加してくださったこと。第一回のときです。平成19年(2007)ですから、15年前。ワタクシまだブログもやっておらず、掲示板で発信したところ、円亀さんが友人たちに奈良で集まろうじゃないかと声をかけてくださり、全国から20人ほどの参加表明がありビックリ。このときは、ワタクシの友人のぴいちゃん夫妻も合流して、お松明終了後は居酒屋で盛り上がりました。写真が探せなくて残念。

2度目は、甥っ子さんが、京都大学グリークラブOB会の指揮者をされているということで、チケットをいただきました。掲示板仲間の雫さんご夫婦も出席。終了後、ビアホールで楽しいひとときを過ごしましたね。

円亀さんからは、京大グリークラブのCDなどもいただきました。

220715円亀さんから


円亀さんにいただいた、これも宝物

220715円亀さんから2

大仏殿昭和大修理落慶記念として臨時創刊されたもの。ちょうどワタクシが奈良で働き始めた頃で、トップに辻邦生さんの「東大寺幻想」が載っているのに、知らなかったという。

円亀さんは若い頃から文学にうちこんでこられた方で、掲示板に書かれる内容も博識で奥が深く、誰もが尊敬する存在でした。


ある日の円亀さんの書き込み

220711円亀さん掲示板


軍艦島について触れられていますが、この中にある詩集というのは

220715赤山勇詩集

赤山さんは円亀さんの親友で、この詩集の発行についても、ずいぶん尽力されていたと記憶しています。

掲示板に書き込まれた円亀さんの文章から

220715円亀さん掲示板2

「故郷」についての複雑な思いが感じられます。

上に紹介した『赤山勇長篇詩集』(1997.11 光陽出版社発行)は、ワタクシにとっては重すぎて難解でもあります。

この詩集のしおりに、円亀さんが思いを寄せています。一部をご紹介します。


赤山勇作品は言われるように難解か。オーディオの超低域が実際には人の耳に聴こえにくい空気の振動に過ぎないのに、それが肉体に響き「基音」として上声部の充実した「倍音」を支えているように、彼の詩でも表面では「わからない」場所で、底深く重く分厚いリズムのうねりで「思想」を「想い」を根源的に伝えているのだ。

超低音を気にせず美しいメロディを無意識に聴くように、彼の詩は誰でも「受信」可能な全身の波動を送りつづけているのである。


掲示板にも円亀さんの足痕がたくさん残っているので、閉鎖されるのは残念でさみしい限り。10年ぐらい前までならさかのぼることができますので、お時間がありましたら。⇒かぎろひ掲示板
8月1日まで。

円亀山人さん、長い間ほんとうにありがとうございました。
ご冥福をお祈り申し上げます。

Posted on 2022/07/15 Fri. 11:29 [edit]

category: 追悼

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15

追悼 丹生姫さん 

郷里の親友、丹生姫さんを亡くして1か月半が経つ。
いろいろ思い出しては涙する日々だったのだけれど、昨日、藤村さんの追悼文を書いてから、ああやっぱり、私なりのサヨナラをしなくてはと思った次第。
こんな時期なので、お通夜も葬儀も家族だけで行われ、最期のお別れにも行けなかったのだ。
丹生姫さんは、このブログにも何度か登場しているので、あるいは覚えてくださっている方がいるかもしれない。

いちばん反響があったのは、ワタクシが母の形見の帽子を電車に置き忘れ、ま、いいかと、ブログに書いた時のことだ。
9年前のこととはいえ、なかなか記事を見つけられなかったのだが、こそっと最後の「続きを読む」に書いていた(2011.8.24)。⇒

それを読んだ丹生姫さんがメールをよこしたのだ。
亡き母の片見の帽子 めちゃ気になります 八木駅に探しに行こうと思ってます こう見えても私はそういうものは大事にしたい 気にするタイプ

というわけで、ワタクシが帽子を追っかけないわけにはいかなくなった。顛末は2011.9.3⇒

彼女に報告とお礼メールを送ったら、叱られた。
古い新しいの問題じゃないんで 思い直してくれて私もハッピーな気分です それから夜の1人歩き絶対やめて下さい これも懐中電灯持ってる持ってないの問題じゃないです 襲われる(婦女暴行に関してはね)ことはないと思いますが金銭目的ということもありますので(お金持ってなかったらよけい逆上します)気つけて下さいよ 今まで病気ひとつしなかったのに熊にやられたとか強盗にやられたなんて新聞に載ったらもうはっきり言って笑い話です ではお気をつけて 私はさっき帰ってきて一服中 夕飯作ります 空き時間あればまた難波ででも会いましょう~

夜の1人歩きについての注意はたぶんこの記事を読んだからやね。これも「続きを読む」で⇒


忘れ物の記事にはたくさんのコメントをいただいたのだが、なかでも、なららさんの言葉が印象に残った。
ちょっと、涙が出そうになりました・・・
何にって、
かぎろひさんのお人柄にです。すなわちこんな素敵な友情人をお持ちなのは素晴らしい。
おボウシのもどったのもうれしいですが、
こうやって心底心配してくれる友情に乾杯ですね。
URL | *ならら*



ほんとうに、いろいろお世話になるばかりだった…
彼女はずっと前から『かぎろひの大和路』の読者でもあった。「ちょっと難しいけど、かぎろひちゃんが関わっているんだから読むよ」と言って、自分だけではなく、お友達や従姉妹さんにまで広めてくれていたのだ。

「奈良八重桜の会」のイベントにも来てくれたよね。⇒
「正倉院展」にはまるで目的が呈茶席のように。

一緒に奈良の山に登ったことも大事な思い出になった。
龍王山(2012.5.11)⇒
二上山(2012.6.29)⇒


彼女は3年前、末期のすい臓がんという宣告を受けた。余命半年と言われながら、持ち前の明るさでがんばり抜いた。
その間、何度も会えたのは彼女の取り計らいがあったからこそ。カテゴリー「高野山麓から」の最近の記事はほとんど彼女や仲間と一緒だと思う。⇒


彼女は祈祷を受けるために、時々、大安寺まで車で連れてきてもらっていた。
ある日、1人で電車で行くから会えないかという連絡があり、生駒に住むUくん、下市在住のSちゃんと、奈良県人が迎えるかたちに。実はこの日、Yくんにも声をかけてあった。郷里の集まりにも顔を出すことのないYくんは、おそらく彼女の闘病のことも知らないはず。丹生姫さんはYくんには会っておきたいと言っていたのだ。

Yくんはサプライズ参加。これがとてもウケて、喜んでくれたので、よかった。今思い出しても、ちょっと笑える。

180926大安寺
↑大安寺から、ランチは天平倶楽部(⇒)で(2018.9.26)

丹生姫さんは仲間うちでも中心的な、華やかな存在で、あれほど話術の巧みな人を知らない。
ストレートで、時には毒舌ですらありながら、いつも笑いがあふれた。自身は満身創痍でありながら、弱音を聞いたことがない。というよりもそれすら笑いのネタにするほど。サービス精神が旺盛だったのだろうか。仲間が揃うと、その中心にいて、いつも明るくふるまっていたのだが…。


けれども、今年になってからのラインには
軽度でよかったね
私は一ヶ月肺炎で入院したから今思いだしても震えます
23日は残念です 私は来月は検査や入院が控えてて息子からぼちぼち真剣に治療受けるように言われたのでしばらく賢くします色々思うこともありみんなと会うのは一応、同級生たちと会うのは23日でけじめつけるつもりでした
弱って行く自分をはじめとして見られたくないという気持ちはあります
病気が回復して自分の力で行動出来るようになったら、奈良まで会いに行くよ
待っててね💓
早く良くなってね
LINE交換は頑張ります!


早く良くなってね、というのは、彼女の決めた最後の集まりに、ワタクシ不覚にもインフル→肺炎を発症して行けなかったことをさす。
悔やまれ、そして自身こそ大変な時にも思いやってくれて胸がいたむ。

4月下旬
かぎろいありがとね
もう何から話ていいか分からない状況です
私は今医療看護受けて毎日点滴してもらってます、ナースさんが毎日朝と夕方バイタルチェックに来てくれます
そんな状態なのでたぶんコロナが終息しない限り会うことはないです
麻薬薬毎日抗生剤で免疫力低下してる為自分の部屋から出ていません
ナースさんが防御服着て来てくれてますありがとね


これが最後になってしまった。

丹生姫さん、ほんとうにいろいろありがとうね。お疲れさま。

Posted on 2020/07/11 Sat. 12:24 [edit]

category: 追悼

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11

追悼 藤村さん 

山歩きでよくご一緒していた藤村清彦さんが急逝されたことを知り、ショックを受けている。
つい先日も、「リーダーが山を考えているようです。楽しみにしましょう♪」というメッセージを受け取ったばかりなので、信じられない。

一昨日(7月7日)倒れて救急車で運ばれ、そのまま帰らぬ人となった、ということを娘さんが藤村さんのFBに書きこまれたのだ。

ここに思い出を記して、私なりの、藤村さんとのお別れにしたいと思う。

藤村さんに初めて会ったのは8年前だが、鮮明に記憶に残っている。
糸井神社の秋祭りの日だった。『かぎろひの大和路』(29号⇒)の取材で、あいにくの雨の中、必死で写真を撮っていた。

拝殿での所作を撮り終えた頃、いきなり声をかけられたのだった「ブログされています?」
「はい」と答えると「かぎろひさん?」と言われてビックリ。「naraclubさんとかぎろひさんのブログは毎日見ていますよ」とのことだった。
ブログにも書いてあった。⇒
ブログ糸井神社


翌年(2013)の9月から「かぎろひ歴史探訪」がスタートすると、藤村さんもすぐに会員になって参加してくださるようになった。

お昼の龍講座のとき、藤村さんはいちばん前に座って大きくうなずきながら聞いてくれるので、喋りやすかった、とセンセ。


2015年からは山歩きの仲間に。

ブログをやっていてよかったと思うのはこんなときだ。ちゃんと記録になっている。
初めてご一緒したのは三郎ヶ岳(2015.5.11)⇒
布施城跡⇒(2015.8.4)⇒★
二上山(2016.5.6)⇒
ダイトレ(2016.6.14)⇒
伊奈佐山(2017.4.5)⇒
金剛山(2017.6.16)⇒
大洞山(2017.11.27)⇒
釈迦ヶ岳(2018.10.30)⇒
局ヶ岳(2019.4.9)⇒


後ろ姿しかなくて残念だが、釈迦ヶ岳をめざす藤村さん

181030釈迦ヶ岳2


局ヶ岳登山で

2904局ヶ岳


「かぎろひ歴史探訪」のこともよくFBにアップしてくれていた。
結局、最後のご参加になってしまった4月2日「佐紀佐保路から佐保川沿い桜並木」
藤村さんはその夜にFBにアップ。⇒

藤村さんFB


参加された時は必ずFBで報告されていた。
藤村さんのFB⇒


個人的にメールを交わしたことも多々。
そうそう、「かぎろひの大和路」のおたより欄に掲載させていただいたこともあった。
「載せていいですか」とお聞きしたら「どうぞどうぞ」と快諾いただいたのに、「まほろばソムリエとは書かないでね」と言われたことを思い出す。博識なのに、謙虚なお人柄だった。

紹介しておきますね。かぎろひ誌30号掲載。もう5年も前になる。

奈良は季節ごと、天気によって違った風景が見られるので同じ所でも常に刺激があります。
お昼休みには、参加者の皆さんからブドウやお菓子をいただくなど和気あいあいとした雰囲気で盛り上がりました。

最後に今西酒造さんを入れられたのはヒットでしたね。先代さんが亡くなられたので、皆で応援したいと思っていたのでいい機会でした。
たくさんの方が試飲?に参加されお互いの垣根がとれてよかったですね。日本酒の効用です。

奈良へ行くたびに、JR奈良駅2階で「風の森」や「篠峯」などを買っていましたが「三諸杉」がこれほどいいお酒とは知りませんでした。いいお酒を教えていただいてありがたかったです。

関西でも、日本酒を銘柄で飲むようになりいいお酒を探す楽しみができてきました。
お土産に買ったのを飲むのが楽しみです。

いい経験をさせていただき本当にありがとうございました。
いろいろ先回りされてのお手配お疲れさまでございました。

また一人ひとりに写真などを下さり感激です。



そうそう、油絵も描かれていたはず。
年賀状はいつも自作の版画だった。

2020年賀状

印刷ハガキが多くなるなかで、数少ない手書き、しかも作品付きで、毎年楽しみにしている年賀状のひとつだった。
もういただけないと思うと、さみしさがつのる。

藤村さん、ほんとうにありがとうございました。
心からご冥福をお祈り申し上げます。

Posted on 2020/07/09 Thu. 10:37 [edit]

category: 追悼

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09

追悼 露の雅さん 

1月16日、落語家の露の雅(つゆの・みやび)さんが35歳で急逝されたことを、新聞の訃報欄で知りました。
ワタクシの娘とさほど変わらない歳だと思うと、身体の力が抜けていくような感じになります。ご両親の悲しみはいかばかりかと、お悔やみ申し上げます。

露の雅さんと親交があったわけではないのですが、これまでに2度、公演中の写真を撮る機会がありました。
話されている間ずっと、カメラを向けて彼女に向き合いました。ひたむきな練習を思わせる豊かな表情、あどけなさが残る笑顔、もうそれだけで親近感をもつことになりました。つやのある声や知的な雰囲気も印象に残っています。
実際に紙面に使う写真は1枚だけなのですが、魅せられて、たくさんの写真を撮っていました。

ワタクシのパソコンの中だけに貴重な写真を眠らせておくのも申しわけありませんので、ここに披露して、ご冥福をお祈りしたいと思います。


2012.2.17 ならまちセンター

120217舞台

120217露の雅


2014.10.7 ならまちセンター

141007舞台

141007露の雅



Posted on 2017/01/24 Tue. 10:15 [edit]

category: 追悼

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