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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

なぜか十三峠 

お世話になっていた平群町の書店が今月で閉められるという。先日電話がかかり、今月末までに来てください、店が閉まっていても近くにいますからと、携帯番号を教えてもらっていたので、お訪ねする日時も連絡せずに、4月25日、のんびり出向いた。

お店のシャッターがおりているのは想定内。が、教えてもらった携帯へ連絡するも、出ない…
そういえば、午後のほうがいいとおっしゃっていたかなあ。じゃあ、久しぶりに平群を歩くとするか、とむしろ、降ってわいたこの好機を喜んだ。

どこへ行く? と一瞬迷ったが、やっぱり山の気に触れ、眺望を楽しみたい。思い立って、十三峠を目指すことに(笑)

ツボリ山古墳までは「かぎろひ歴史探訪」で行ったよね⇒


そこからどんどん上って行った。
舗装道路で道は風情があるとは言い難いのだが、眼下に広がる風景がすばらしくて

220425風景


これからどんな感じに開けるのだろうと、それだけを楽しみに足が進んだ。

ようやく十三峠の道標が現れたものの

220425十三峠道標

えー、まだ5kmもあるのか。引き返そうかと迷うも、峠からの眺望を見たい。
汗ばむ陽気とはいえ、吹きくる風は心地よく、ウグイスの鳴き交わしがさわやか。


峠に着いらしい。

220425峠


十三峠の石仏さん

220425石仏2


220425石仏説明


大阪側に広がる眺望

220425大阪側


峠からはさまざまな方向へ下山するルートがあるようだった。
ほんとなら、大阪方面へ下りたいところだけれど、平群の書店へ戻らないとね。今日の目的はそれなんだから。同じ道を戻るのは何だか気が進まないけど、センセの「同じ道でも行きと帰りでは風景が違う」という言葉を思い出していたところ、石仏の向こうに、別ルートがあるのを発見!


上ってきた道とは違い、ええ感じ。

220425下山

これぞハイキング道やね

220425下山2


森の小道で涼しい

220425下山3


いや、しかし、眺望がきかないのはどうよ、と思いつつ歩いていたら、思いがけない絶景パノラマが!

220425展望下山

奈良盆地、大和三山、東の山々の眺望に立ち尽くしてしまった。
すご~い、とか叫んだかも(笑)。ご近所さんが出てこられて、しばしおしゃべり。


こんな風景を見ながらの下山。胸のすく思い~

220425展望下山2


重なる二上、葛城、金剛も現れ

220425葛城金剛


平群の一大産業である「小菊」の畑も美しい

220425小菊2

220425小菊3

以前、平群特集で小菊をとり上げた時、高所の栽培地を案内してもらったことを思い出したり。


突然の十三峠行きだったが、ほんとうに楽しかった。
眺望は一見の価値あり。
今度行くなら、下山したほうの道を上り、大阪側へ下ってみようと思うのだ。

歩いたコース

220425地図

高低図

220425高低図

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Posted on 2022/04/25 Mon. 21:40 [edit]

category: 平群町

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烏土塚古墳 



昨日、高野山麓から戻ってすぐ、手元の仕事が気になりながら、もっと気になる書店への納品に出かける。
王寺から生駒方面へ。途中、平群の書店に寄るが、お休み。
がっかりしないのが、ワタクシのノーテンキなところで、俄然、烏土塚(うどづか)古墳へ行きたくなる。
こんないい天気だもの、あそこからの眺めはすばらしいに違いない。

烏土塚古墳は、平群谷最大の古墳で、石舞台にも匹敵しようかという規模をもつ。

近鉄生駒線竜田川駅のすぐ西の高み、住宅のど真ん中にある。
そう、昭和45年、宅地開発の波のなかで、あやうく取り壊されそうになった。

それはならじと立ち上がった平群の住民たち。
その保存運動のおかげで一命をとりとめ、今は国の史跡になっている。
そのパワーは「平群史蹟を守る会」発足のきっかけとなり、今も地道な活動が続けられている。

http://www.m-network.com/heguri/index.html

烏土塚古墳は全長60.5mの前方後円型。
後円部の南に開く石室。巨大な石が組まれている。


鉄格子の間から薄暗い石室内へカメラを向けると、石棺が。

その石の大きさは石舞台古墳を連想してしまうほどだが、天井の高さ4.3mは石舞台に次ぐものだという。


墳丘測量図と石室実測図(クリックで大きくなります)

盗掘があったものの、金銅装馬具・銀装太刀等の武具・四獣鏡などの副葬品が出土。

6世紀後半の築造だと考えられている。
こんなスケールの大きなお墓に葬られたのは、氏族の長に違いない。
見晴らしもバツグンだ。

西に生駒山を、東に矢田丘陵をのぞむ。

訪れる人もない石室をのぞいていると、西の空がにわかに暗くなってきてぞーっ。
石室前から撮った信貴山

古墳を訪ねると、どうもこういうことが多い。
祟られませんように。

トップの写真は、竜田川駅近くから見る矢田丘陵

Posted on 2009/10/11 Sun. 21:38 [edit]

category: 平群町

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