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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

日本の織物発祥の地は? 

昨日、明日香村栗原の呉津彦神社のことを書いたときに、雄略紀に触れて、縫製発祥の地は檜隈の呉原、すなわち今の明日香村栗原だろうと書いたら、案の定、反論がきた(笑)

アヤハトリ・クレハトリの伝説は、西宮や池田に、それらしい遺跡があり地名にも残っているし、何代もさかのぼる応神天皇のところにも、雄略紀と同じような記述があるのもわかっていたのでね。

まず、まっこうから間違いですというY氏の言い分はこうだ。

240110ライン

応神紀と雄略紀での記述は驚くほどよく似ている。
日本古典文学大系の『日本書紀』の解説を見ても、応神紀ではスルーしていて、雄略紀のところに、「応神三十七年二月条・同四十一年二月是月条に酷似」と書く。

『日本国史大辞典』に至っては、
応神紀・雄略紀のこれらの織工女渡来の記事は、同じ内容のものを分けて記したか、あるいは前者は後者の記事の混入ではないか、と言われる。

とまで書いている。

大陸との国交を考えると、雄略紀のほうに軍配が上がるということであろう。

Y氏は、その後、織工たちは池田へ行って、そこを本拠地として織物を広めたと言われているが、書紀にはそんな記述はないようで。ご紹介の池田市図書館さんが書いたはります。⇒

『池田市史 概説篇』には次のような記述があります。「呉織・漢織が池田に来て織物技術を伝えたとされていますが、日本書紀にはこのような記述はなく、この伝承がいつ、なぜ、どのようにして誕生したのか、はっきりしたことはわかっていません。」

まあ、ワタクシも勉強不足なのだが、反論してみた(笑)

そして、応神天皇や雄略天皇の時代に、たとえ大陸からの技術集団が最初に西宮に着いたとしても、荒涼たる地(その頃はたぶん)に住むよりも、都をめざすんちゃうかなあ。

檜隈の呉原に住まわせたという記述も具体的で説得力があるし。

いささか舌足らずの反論で我ながら歯がゆい限りであるが(;^_^A

Wikipediaも参照してね。⇒

ではでは、今夜はこれくらいで。
ブログをお読みいただきありがとうございました。
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Posted on 2024/01/10 Wed. 21:52 [edit]

category: 明日香村

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10

明日香村 栗原寺跡 

『日本書紀』、雄略天皇の14年(400年代後半)に、「呉人を檜隈野ひのくまののに安置はべらしむ。因りて呉原くれはらと名づく」とあり、

この呉原が現在の栗原だとみられている。


↑赤い枠内が、現在の栗原


1月6日に歩いた大根田や栗原は、いわゆる観光地から外れているせいでもあるのだろう、標識や説明板のたぐいは全くといっていいほど見当たらない。それでも、1つだけ目に入ってきた。

240106呉原説明板


説明板には図も入っているのだが、文字が小さすぎて肉眼では読めない(笑)
撮った写真を拡大して、なんとか。現在地と、青四角は建物推定値。

240106図


とすると、新しい墓石が並んでいる所と、その上あたりが、寺院跡?

240106墓
↑礎石? と思ったけど、違うよね?


240106栗原寺跡?

そうそう、ここ、栗原は、あの道昭さんが、日本で初めて火葬された地でもある。


阿部山や大根田同様、のどかな、素敵なところであった。

240106栗原

また、行ってみよう。

今回、高取町から阿部山、大根田あたりへ行く道は、一昨年、大和の和尚さんの案内で、高取城跡(猿石)から明日香村⇒高取町へ歩いたときに通っているので⇒
どこか懐かしい感じも。

途中、大根田集落で話をした感じのいい青少年、「上のほうからの眺めはもっといいですよ」

知ってます、とは言わなかったけれど、はい、脳裏にくっきり焼きついている光景を思い出したのだった。

2305二上山
↑2022.5.4撮影

Posted on 2024/01/08 Mon. 20:52 [edit]

category: 明日香村

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08

今日の二上山 

1月6日、高取町に所用あり。
その後はもちろんすぐに帰る気にはならないので、てくてく。
高取町から明日香村へ。阿部山⇒大根田⇒栗原の集落を探訪。詳しい報告は改めることにしまして、まずは今日の1枚。

240106二上山


撮影場所

240106地図

240106高低


さあ、明日から3日ほど、こもって、デスクワークに集中します。
休憩中に、今日の報告を少しずつできたらなあと思っています。

Posted on 2024/01/06 Sat. 22:56 [edit]

category: 明日香村

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06

まぢかに見る、久しぶりの石舞台古墳 

11月7日、学生時代の同級生と旧交を温めた。彼女たちはホテル花小路(⇒)で一泊。

その翌日、金沢のNさんが「石舞台古墳」へ行きたいという。もちろん、つきあうでー、なのだが、聞けば午後からは京都に所用があるという。うーむ。奈良から石舞台古墳だけのために明日香村へ行くのは、移動に時間がかかりすぎるし、というよりもせっかくなのにもったいなくね?

一応提案

221108ライン

Nさんは関西でいた時期も長かったというのに、なぜか石舞台を見る機会がなくてずっと行きたいと思っていたのだという。今回は思いつめていたようで(笑)

221108ライン2


橿原神宮前駅からはタクシーで石舞台まで直行。

221108石舞台6

221108石舞台


何度も来ているけれど、料金を払って入ったのは2回目ぐらい^^;
久しぶりに身近で拝見。

221108石舞台2

221108石舞台3

221108石舞台4

221108石舞台5

やっぱり、巨石にため息をつきながら(笑)

221108石舞台古墳説明


この後、高台へ移動して、二上山とともに。

221108石舞台二上山

バタバタするんやろなと思ったのに、実はそうではなくて、むしろのんびり、ゆったり。トシをとれば行きたいとこ1つだけ選んでピンポイントで目ざすのも悪くないね。明日香村ののどかな風景のなかで時間はゆっくり流れていったのだ。

橿原神宮前駅でNさんを見送った後は、Fさんと畝傍山へ。つづく

Posted on 2022/11/09 Wed. 13:05 [edit]

category: 明日香村

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09

4月、飛鳥路で出あった花 

先日、花の名前を検索しまくって、トリテレイア・グランディフロラにたどり着いたときは、何だかうれしかった。(⇒)
知らないことは山ほどあるけれど、ほんのささやかなな喜びというのもまた日々刻々どこにでもあるものだ(笑)

で、思い出した。
4月10日にFさんと明日香村をハイキングした時⇒
華やかに彩るシダレザクラのことは書いたのだけれど⇒

足元に広がっていた紫色の花のじゅうたんや、思わず立ちどまって見とれてしまったかわいい花のことはそのままだった。素敵な君たちはいったいなんて名前なんやと思ったのに、すっかり忘れておったわい。

甘樫丘の東麓一帯を染めていた紫色の花

220410紫のじゅうたん

最初はスミレの群生? かと思ったのだが、違った。
ボケてしまったけれど

220410紫の花

調べてみると、ヒメキランソウ?


石舞台から絶景コースをたどっていると

220410花


あまりにも愛らしい風情

220410花2


220410花3


これがアケビの花だったのか?


Posted on 2022/05/14 Sat. 21:10 [edit]

category: 明日香村

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