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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

辻邦生への旅③ 武蔵国分寺跡 

多磨霊園あたりの地図を眺めていると、わー、武蔵国分寺跡が近い! 歩いて行けそうやん! ということに気づいた。



↑実際は、途中で北へ、東八道路を歩いた。約1時間のハイキング。昼下がりだったので暑かったけれど、知らない土地を歩くのはやっぱり楽しい。
とはいえ、多磨霊園からだいたい西へいけばいいのよね、というおおざっぱな地図しか頭に入っていなかったので、途中ちょっと不安になる所もあり、大いに役立ったのがコンパスだった。

170804コンパス


という話を、その夜合流した娘夫婦に話すと笑われた。
「スマホがあれば簡単なんだけどね」

「旅の魅力は時刻表と地図とコンパス」(byかぎろひ)


辻邦生夫妻は、結婚後国分寺市に住んだ。昭和28年(1953)~昭和46年(1971)
住み始めた頃の、自然いっぱいの土地の風情は、エッセーのいくつかで読むことができる。

東京郊外に、国分寺の遺跡につづく丘がある。かつてこの辺りは櫟林に覆われた美しい丘陵地帯であり、小金井や貫井にまで連なっていた。こうした名前の由来にたがわず、豊かな水源に恵まれた土地であった。
太陽が昇ると東向きのこの丘に真っ先に光線があたる。櫟林の中を散歩するときの静かな気配は、国分寺の建立に選ばれた土地だけあって、どこか神聖な雰囲気に満ちていた。
・・・
ある朝、私は東の地平線に太陽が昇るのを見た。そのとたん、私はこの土地が古代から約束された土地の一つに違いないと信じた。もしリスちゃんと住むことができるならば、こうした無垢で純粋な土地以外にはないと考えた。櫟林は静かで、朝の散歩を邪魔するものは何一つなかった。朝、日が昇るという自然の営みは、荘厳であると同時に、どこか軽やかな純粋さに輝いていた。

                                                        (『のちの思いに』より)
※↑リスちゃんというのは奥様のこと


ワタクシは、辻夫妻が住んだ家(のあった場所)を確認したいとは思わなかったが、武蔵国分寺跡に興味をひかれた。
多磨霊園から歩ける範囲にその史跡があるというのはラッキーとしか言いようがない。


やっとたどり着いた~

170804国分寺跡


武蔵国分寺跡は、昭和31年から発掘調査が行われ、その成果をもとに、整備されていた(↓クリックで拡大)。

170804国分寺跡説明


七重塔跡

170804七重塔跡2


心礎を含め7個の礎石が残る。

170804七重塔跡礎石


中央に立つ銀杏の木の根っこが礎石と妙に調和して存在感を示していた。

170804礎石と根


七重塔跡について(クリックで拡大)

170804七重塔跡説明



金堂は全国の国分寺のなかでも最大規模であったという。

170804金堂跡


講堂跡

170804講堂跡2


説明(クリックで拡大)

170804講堂跡


鐘楼跡

170804鐘楼跡



国分寺も立派

170804国分寺



楼門

170804国分寺楼門

↑2階には十六羅漢像(現在13体)が安置されているんですって!


国分寺楼門について(クリックで拡大)

170804国分寺楼門について


境内の万葉植物園にも心ひかれた。

170804万葉植物園







「真姿の池湧水群・お鷹の道」を通り

170804お鷹の道


説明(クリックで拡大)

170804真姿の池湧水群説明


武蔵国分寺公園を抜けて西国分寺駅へ。

170804武蔵国分寺公園


夕方に娘夫婦と合流する約束があったので、早めにきりあげたのだけれど、機会があればもう一度ゆっくり歩きまわりたいと思う。


※国分寺跡周辺(クリックで拡大)

170804周辺地図


奈良に帰ってから、辻邦生第三エッセイ集『霧の廃墟から』を何気なく読んでいると、次の一文が目にとまった。

私が万葉東歌の旅情を求めてささやかな旅に出ようとするその起点に、武蔵国府(府中市)を選んだのは、二十年前、この武蔵国分寺跡に惹かれて、寺のつづきの丘陵の東斜面に、はじめて家を持ったからであった。
当時、あのあたりは松の美しい丘陵で、恋ヶ窪から流れる野川は、水田のなかを流れ、武蔵野の空をうつす水面には、水草がゆらゆらと揺れていた。銀鼠の幹を光らせる櫟林の奥では、小鳥たちが終日鳴きあかした。林がつきると、麦畑がひろがり、遠くに多磨連丘と丹沢の山々が青く見えていた。晴れた日、富士は、そうした風景に欠かすことのできぬシルエットとなって、山々の上に端正に浮んでいた。長い散歩を終えて、切通しの坂にかかると、夕焼け空がひろがり、岸田劉生の絵のような不思議な孤独感を漂わせていた。

(「東国の歌」より)

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Posted on 2017/08/13 Sun. 22:19 [edit]

category: 辻邦生

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13

辻邦生への旅② 多磨霊園 

辻邦生さんが亡くなったのは、平成11年(1999)7月29日。73歳でした。
あれからもう18年になるのですね。
当時、ワタクシは家族で鳥取の海へ出かけていて、帰宅した日の新聞で訃報に触れたのでした。その時の衝撃を、ついこの前のことのようにまざまざと思い出します。

学習院大学史料館でこの時期に催される辻邦生に関する展覧会も、命日にあわせてなんですね。辻さんはことのほか夏が大好きだったという意味でも、この時期がふさわしく感じられます。
辻さんの命日は「園生忌」と呼ばれます。初期、というよりも高校(旧制松本高校)時代に書いた短編「遠い園生」に由来するものでしょう。

遠い園生


8月4日、学習院大学をあとに、辻さんの眠る多磨霊園へ向かいました。

170804多摩霊園


広~い霊園に人影なく

170804多摩霊園2


百日紅の花のみが鮮やかな彩りを見せていました。

170804百日紅


170804辻家の墓


奥様の佐保子さんは平成23年(2011)逝去。
墓誌には並んでその名前が刻まれていました。あちらで、また仲良くおしゃべりされていることでしょう。

2015年に亡くなられた女性の名前もありましたが、辻邦生の妹さんのようです。
ご冥福をお祈りします。


多磨霊園には、多くの文学者が眠っていらっしゃいます。
駅前の地図から(クリックで拡大します)

170804地図

Posted on 2017/08/08 Tue. 12:31 [edit]

category: 辻邦生

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08

辻邦生への旅① 「夏の砦」展 

「永遠の光アルカディアー辻邦生『夏の砦』を書いた頃」というミニ展覧会が学習院大学史料館で開かれています。2017.7.18~8.11

辻邦生チラシ_ページ_1


行ってきました(8月4日)!


学習院大学の正門

170804学習院大学

辻邦生は35年間にわたって学習院大学で教鞭をとりました(フランス文学科)。自筆原稿、創作ノートなど多くの資料は学習院大学に寄贈されているのです。


170804辻邦生展


史料館はとても素敵な建物でした。

170804資料館2


和と洋が調和していて、辻邦生展にぴったりではありませんか!

170804資料館

明治42年(1909)、図書館として竣工したのだそう。
国登録有形文化財の指定を受けています。


10時15分前に着いてしまったのですが、わぁすでに開館!

170804開館中2


受付

170804受付


ワタクシ、この日の一番乗りでした。
胸を高鳴らせてゆっくり拝見。

170804夏の砦展



自筆の原稿や、ノート類なども展示

170804ノート


ワタクシひとりじめ状態で、『夏の砦』ワールドに浸ったひとときでした。

『夏の砦』は昭和41年(1966)、書き下ろし長編小説叢書として刊行。
初めての書き下ろし長編ということや、主題と素材の複雑さなどから、完成までにかなりの年月をかけています。
展覧会ではそのあたりの苦悩や努力を知ることもできました。

↓図録から抜粋
1958年(昭和33): 佐保子(奥様)から幼少期の思い出を聞く(このとき書き留めたエピソードが「夏の砦」の素材となった)
1963年(昭和38): 8月、北八ヶ岳稲子にて「夏の砦」の作品化を思い立ち、執筆にとりかかる。
1964年(昭和39): 「夏の砦」第一稿を執筆
1965年(昭和40): 「夏の砦」第二稿を執筆
1966年(昭和41): 4~6月、担当編集者坂本一亀や福永武彦のアドヴァイスを受けて「夏の砦」第三稿を執筆、これを決定稿とする。
1971年(昭和46): 新鋭作家叢書『辻邦生集』(河出書房新社)に「夏の砦」収録



ワタクシが辻邦生を知ったのは、もう少し後のことで、新鋭作家叢書『辻邦生集』を持っていないのが残念。
学生時代の終わり頃、『夏の砦』の前に出た長編『廻廊にて』とあわせて、耽読したものです。
もう一度、卒論を書くことがあるとしたら、今度は辻邦生にしようと思いながら、中世に編まれた日記や歌集にかかりきりになっていたことを思い出します(笑)


河出書房新社の坂本一亀編集長(坂本龍一氏のお父様)に「激励され、威嚇され、叱咤されて」長編小説にとりかかったとか。
↓クリックで大きくなります。

170804編集者


タイトルも、最初は「迷宮の記憶」!

170804迷宮の記憶

おそるおそる「写真はだめでしょうね」とお聞きしてみたら、大丈夫ですよ、どうぞ、どうぞ、とおっしゃっていただき、うれしい限り。
笑顔の素敵な学芸員のTさんからいろいろお話をうかがうことができ、ワタクシも厚かましく親近感いっぱいにしゃべり^^;、過去の図録までたくさんいただいてしまったのでした。
うれしい~っ。ありがとうございました。

170804図録

ここまで書いてきて、辻邦生って誰? 「夏の砦」ってどんな内容? と思われる方も多いのではと気づきました。
「夏の砦」に寄せるワタクシの思いもあわせて、いつかご紹介できればと思います。
長なるで~(笑)
今回は、このへんで。
「辻邦生への旅」は続きます。


※永遠の光アルカディアー辻邦生『夏の砦』を書いた頃
8月11日(金・祝)まで
学習院大学史料館
東京都豊島区目白1-5-1
TEL 03-5992-1173

Posted on 2017/08/07 Mon. 10:36 [edit]

category: 辻邦生

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07

ひとりたび 

2~3日、ちょっと奈良をはなれます。

170802旅

辻邦生への旅、行ってきまーす。

Posted on 2017/08/02 Wed. 13:29 [edit]

category: 辻邦生

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02

音楽と映像で巡る奈良の四季 

6月17日、「ムジークフェストなら2017」の一環として開催された「千住真理子 & 保山耕一 ~Four Seasons~ 音楽と映像で巡る奈良の四季」を鑑賞(奈良県文化会館 国際ホール)。

170617チラシ


●出演者
千住 真理子【せんじゅ まりこ】(ヴァイオリン)
保山 耕一【ほざん こういち】(映像)
延原 武春【のぶはら たけはる】(指揮)テレマン室内オーケストラ
●プログラム
一部:四季/A.ヴィヴァルディ
二部:・ヴァイオリンとストリングオーケストラの為の「四季」/千住明
   ・風林火山メインテーマ~大河流々~/千住明

二部で展開された千住真理子さんのヴァイオリンと保山耕一さんの映像作品とのコラボは想像を超えるすばらしさだった。 
正直なところ、保山さんの映像ファンであるワタクシからしても、著名な千住さんの演奏、300歳というストラディバリウスの名器「デュランティ」を前にしてはさすがに引けをとるのではないかと少々の心配もしていたのだ(ゴメンナサイ)。

しかし、舞台では両者伍して、さらに高め合い、別世界へといざない、人々の心のひだに深く入り込んだのだった。演奏会の新たなかたちを生み出したといっても過言ではないのではないか。終了後、千住さんも、これからの演奏活動に大きな影響があるでしょう、と語っていらっしゃった。

とはいえ、どんな映像でもいいわけではない。保山さんならではの渾身の作品だからこそ、人々を感動の渦に巻き込んだのだろうと思う。

保山さんは「人に見せるために撮ったのではない」と言われた。死をまぢかに感じたとき、奈良の美しい風景たちにありがとうという気持ちで撮ったのだと。

映像にあふれている奈良の美しさ、生命力。夕日を浴びて、黙々と田仕事をする人、うごめく虫、誰にも知られず咲く花、風のにおい、水の流れ、すべてが愛おしい。
そうして、ああ、一回きりの人生を大切にしなくては、という思いをひしひしとかみしめるのである。


ワタクシは辻邦生作品に大きな影響を受けてきた。

…青空も、風も、花も、人々も、ただ一回きりのものとして、死という虚無にとり囲まれている。この一回きりの生を、両腕にひしと抱き、熱烈に、本気で生きなければ、もうそれは二度と味わうことができないのだー(「樟の新緑が輝くとき」より)

エッセイ集『生きて愛するために』(メタローグ発行 1994.10.15)からの引用だが、その膨大な小説群にも同じテーマが貫かれている。

170617生きて愛するために


そう、辻作品から受け取るメッセージと、保山さんの映像に共通したものを感じるのである。


そんなワタクシの心のうちを、円亀山人さんに看破されたのが昨年3月。円亀さんは、古くからの「かぎろひの大和路」読者であり、当を得たブログコメントやメールもくださる大事な方。
昨年3月、このブログ記事(→)の後、いただいたもの。

かぎろひ様
先のメールやブログへのコメントで書き切れなかったことの捕捉です。
映像作家の保山耕一さんの生き様と、その姿勢から生まれた映像作品の訴求力は、小手先の技術など問題外の「人間力」そのものの世界だと思いました。いわゆる「魂の記録」でしょうか。
人間もその一部である自然との同化(等質化)の世界へと、保山耕一さんを踏み込ませた一因が
「病」であり、自然と自己、つまりは「生命」を凝視し純化する働きが作品に反映している気がします。
…この方とかぎろひ様の間柄は文学では「辻邦生」さんにあてはまる存在なのかも知れませんね。


「奈良、時の雫」→



Posted on 2017/06/21 Wed. 07:31 [edit]

category: 辻邦生

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