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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

続明暗 

夏目漱石最後の小説『明暗』を読むと、尻切れトンボがなんとも歯がゆい。すぐに水村美苗さんの『続明暗』を読んでスッキリ(笑)。続いて紹介するつもりだったのに、すっかり遅くなってしまった。

昨日(12日)、1回目のコロナワクチンを接種したこともあり、今日は静かに過ごしている。まあいつも静かではあるのだが、心持がやっぱり違うような。ブログカテゴリーも読書にしようということで思い出した次第^^;

2105続明暗

『明暗』について書いたのは2か月ほど前⇒

『明暗』の終わりを受けて、ごく自然に始まる『続明暗』
何の違和感もないのだが、時間の流れが全く違う。早いテンポで物語は展開してゆき、読むほうは、ドキドキはらはらしながら、ページをめくる。

『明暗』は、就寝前のひとときをゆっくり読んで、何日もかかったのに、こちらは眠くならず、一気に読んでしまった。
ミステリー小説を読むような、と言ったら失礼になるだろうか。どうなるのー、という感じで途中でやめられない。

作者の意図にまんまと乗せられたようだ。あとがきより。
私は『続明暗』が『明暗』に比べてより「面白い読み物」になるように試みたのである。
ゆえに漱石と意図的にたがえたことがいくつかある。まず『続明暗』では漱石のふつうの小説より筋の展開というものを劇的にしようとした。筋の展開というものは読者をひっぱる力を一番もつ。次に段落を多くした。これは現代の読者の好みに合わせたものである。さらに心理描写を少なくした。これは私自身『明暗』を読んで少し煩雑すぎると思ったことによる。語り手が物語の流れからそれ、文明や人生について考察するという、漱石特有の小説法も差し控えた。



津田とお延の新婚夫婦をとりまく登場人物のうち、『続明暗』で鍵をにぎるのは小林と吉川夫人。
小林は『明暗』から一転、なんだかかっこよくなっているし、吉川夫人はかわいそうなくらい悪人に仕立てられているのが、ちょっと気になった(笑)


『続明暗』の展開については、ネタバレはいかんので、ぜひご一読を。
あ、その前に『明暗』を読んでおくのは必須。


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Posted on 2021/07/13 Tue. 13:45 [edit]

category: 読書

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13

まほろばの鳥居をくぐる者は 

第2回ビーズログ小説大賞(KADOKAWA)で、現代部門特別賞に輝いた『まほろばの鳥居をくぐる者は』という本が送られてきてビックリ。

2107まほろばの鳥居をくぐる者は


贈り主は、なんと、われらが団長さん。
開封してこの本が出てきたときは、団長さんとのギャップが大きすぎて(笑)

奥様にお聞きすると、この本の作者は、団長さんの、姪御さんとか。
自身は読まないくせに、大量に買い込んで、あちこちPRに努めているそうで、かぎろひにも送れ、と思い出していただけたようで、うれしい限り。

いやぁ、ン十年前、バンカラ大学のなかでも代表格のような野球部の応援団長をされていた時は近づきがたく、恐れ多い存在。まさか、卒業後何年も経ってバッタリお会いすることになろうとは、親近感いっぱいの存在になろうとは、思いもよらなかっただけに、ご縁の不思議さを感じないわけにはいかないのだ。

この本はファンタジーと謳われている。たしかに、主人公の、神社の娘、宮子さんは幽霊とお友達になったり、普通の人にはない「視える」力があって、幽体離脱や妖かしなどが出てくる。荒唐無稽な物語ととらえる人もいるだろうけれど、歳を重ね、不思議なご縁や出来事に出あう経験が多くなると、軽々しくファンタジーとか迷信とか言いきれないものがあるのも事実。

ましてや、奈良に住み、寺社が身近にあるとなおさら。

作者もお父さんが神主さんとか。幼い頃から感じてきたことが小説になったのではないだろうか。

最初に登場する宮子さんは小学校6年生だが、いろいろな体験を通じて成長していく。修験者の弟子となった同い年の寛太少年との出会いと恋。ドロドロとした事件や複雑な背景もあるのだが、清々しい終わり方にホッ。

アニメ映画にもしてほしい感じ。

なっちゃんがもう少し大きくなったら、この本を勧めたい。
小学校5年か6年頃か。そうして一緒に奈良を歩き、神社を訪ねようと思うばーさんなのだった。

団長さん、ありがとうございました。

※ビーズログ文庫⇒

Posted on 2021/07/10 Sat. 18:48 [edit]

category: 読書

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10

夏目漱石『明暗』 

日経新聞で夏目漱石を題材にした小説「ミチクサ先生」(伊集院静)が連載されているということを最近知った。
昨年の11月にスタートしたのだとか。
そんなことはつゆ知らず、ちょうどその頃、ワタクシ、ン十年ぶりに夏目漱石を読み始めた不思議。

ワタクシにとってなぜ今、夏目漱石なのか。
いやなに、答えは簡単である。

引っ越し前は夫の部屋のいちばん奥の、本棚の最下段にあった全集が、今はリビングの、目の高さにあるのだ(笑)

2105漱石全集

漱石を読んだのはたぶん高校生の頃だと思う。『吾輩は猫である』『坊ちゃん』『三四郎』ぐらい。そうそう『心』は教科書に載っていたよね。


何だか懐かしくなって、ページをめくると、文字が大きくてとても読みやすい装丁。漢字すべてにルビ。昭和41年の発行だけれど、かなり先見の明があるのでは。

2105明暗2


それにしても、漱石さんの文章って時代を感じさせないよね。ほぼ同時代の、森鴎外や樋口一葉と比べてみると歴然。こちらは今や、文語の感がある。

というわけで、まずは『心』を読破。短編だし、高校時代が懐かしくなって。あの頃のように純粋な気持ちでは読めなかったけれど^^;

次に、漱石最後の小説『明暗』。執筆中に亡くなったので未完としても有名。読むのは初めてである。

2105明暗


会社員の津田由雄とお延という新婚の夫婦をめぐる小説。
ストーリーが展開するというより、ゆっくりとそれぞれの心理が描写されていき、やがて、新婚さんなのに何だかわだかまりがあるなあという感じ。そのうちに、由雄さんには結婚前につきあっていた人がいて、吹っ切れていないのではということに気づかされる。どうも、納得して別れたというより、わけもわからないうちにフラれたようである(笑)。つき合っていた人は清子さん。今は人妻となっている。

お延にはそれをひた隠し。けれどもお延さんは徐々に感づいて、心穏やかならず。

由雄は持病が悪化して入院。退院後、温泉宿に湯治に行く。かつての恋人、清子さんがいるとわかってのことである。
温泉宿で清子さんと再会。

これからどうなるの、とはらはらドキドキしたとたん、小説は終わり。
作家の胸のうちには、結末までのストーリーがあったはずなのだろうが、もどかしすぎる(笑)


せめて、再会するシーンを、紹介しておこう(笑)
津田由雄は温泉に入った後、広い建物の中で迷子になる。

「誰でも可(い)い、来たら方角を教えて貰はう」
 彼は決心して姿見の横に立つた儘、階子段(はしごだん)の上を見詰めた。すると静かな足音が彼の豫期通り壁の後で聴こえ出した。其足音は實際静かであつた。踵へ跳(は)ね上る上靴(スリッパ)の薄い尾がなかつたなら、彼は遂にそれを聴き逃して仕舞わなければならない程静かであつた。其時彼の心を卒然として襲つて来たものがあつた。
「是は女だ。然し下女ではない。ことによると…」
 不意に斯う感付いた彼の前に、若しやと思つた其本人が現はれた時、今しがた受けたより何十倍か強烈な驚きに囚はれた津田の足は忽ち立ち竦んだ。眼は動かなかつた。

同じ作用が、それ以上強烈に清子を其場に抑へ付けたらしかつた。階上の板の間まで来て其所でぴたりと留まつた時の彼女は、津田に取つて一種の絵であつた。彼は忘れる事の出来ない印象の一つとして、それを後々迄自分の心に傳えた。

彼女が何気なく上から眼を落したのと、其所に津田を認めたのとは、同時に似て實は同時でないやうに見えた。少くとも津田にはさう思はれた。無心が有心に変る迄にはある時が掛つた。驚ろきの時、不可思議の時、疑ひの時、それ等を経過した後で、彼女は始めて棒立ちになつた。横から肩を突けば、指一本の力でも、土で作つた人形を倒すより容易く倒せさうな姿勢で、硬くなつた儘棒立ちに立つた。
……
……
清子の身體が硬くなると共に、顔の筋肉も硬くなった。さうして両方の頬と額の色が見る見るうちに蒼白く変つて行つた。その変化がありありと分つて来た中頃で、自分を忘れてゐた津田は気が付いた。
「何うかしなければ不可ない。何処迄蒼くなるか分らない」

津田は思ひ切つて声を掛けようとした。すると其途端に清子の方が動いた。くるりと後を向いた彼女は止らなかつた。津田を階下に残した儘、廊下を元へ引き返したと思ふと、今迄明らかに彼女を照らしてゐた二階の上り口の電燈がぱつと消えた。津田は暗闇の中で開けるらしい障子の音を又聴いた。


(原文の旧字体にはなっておりませんがご容赦ください。一行あけもこちらが勝手にやりましたm(__)m)

とまあ、こんなふうな再会をし、翌日、清子は津田を部屋へ招き入れるのだ。

いやー、ここで終わりとは何とも、何とも…。
続きが読みたーい。

この続きが読める幸せに浸った。

2105続明暗

水村美苗さんが、漱石と違和感のない文体でみごとに完結させた小説『続明暗』については改めて。

Posted on 2021/05/19 Wed. 08:13 [edit]

category: 読書

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19

雨に打たれる幸せ 

書籍編集者の友人Eさんから、担当したのでと贈られてきた本を紹介しようと思いながら日を重ねてしまった。

Eさんとは学生時代の同じ専攻仲間。卒業後は音信不通だったのに、かれこれ十数年前だったかな、ネットで再会。どういういきさつだったかは忘れたが、初めての同窓会をやろうという話で盛り上がり(メールで)、2人で幹事を務め開催成功に導いた関係(笑)。卒業してン十年にもなる同級生の連絡先を探すのが実は大変だったのだけれど、現在、山友、飲み友として親しいFさんとも、これが1つのきっかけだったか、と思うにつけて、人生って何が起こるかわからないからオモシロイ。


Eさんが編集と校正に数か月をかけて発刊されたのは、後藤正治著『自選エッセイ集 拠(よ)るべなき時代に』(ブレーンセンター発行)
編集と校正って、ほんとうに裏方の仕事だと思うのだ。特に校正は100%の仕事が普通で、あとはマイナスしかない世界だから、割に合わないよね。同業者としては、この本に一生懸命向き合っただろうEさんらしい緻密さが感じられて、友人としても誇りに思う。著者の後藤氏が前書きで、編集者のEさんの名前を挙げてくださっているのも、何だかわがことのようにうれしい。

210425拠るべなき時代に


帯に、「ノンフィクションを書きはじめて40年、著者自らが選んだ近年の時評・人物論・作家論・書評・エッセイ等を収録」とある。

登場する人物は

210425拠るべなき時代に2


司馬遼太郎、向田邦子、山崎正和、藤沢周平、ドナルド・キーンといった作家から、野村克也、平尾誠二というスポーツ選手、羽生善治、高倉健…と幅広い。

特にページを割いている藤沢周平と向田邦子の話には引き込まれた。
とても読みやすく、心に残ることも多かったので全般的に本の紹介をしようと思っていたのだが、気が変わった(笑)。


というのも、29日に予定していた「かぎろひ歴史探訪」が大雨予報のために、急遽、延期せざるを得なくなったせい。

ふと、この本の中にあった「雨に打たれる幸せ」という記事を思い出したのだ。
ウルグアイの大統領を務めたホセ・ムヒカの言葉である。

ムヒカは大統領でありながら、報酬の多くを寄付し、公邸に住まず、小さな農場で質素な暮らしを続けたという。富裕層への増税を実施し、40%だった貧困率を10%にまで減らしたことでも知られる。
若い頃、反政府ゲリラに参加して、10数年の獄中生活を送ったとか。

来日したとき、「幸せ感」を問われて答えた言葉。
ずっと長い間、収監されていたから、外で雨に打たれるということができなかった。初めて釈放されて、私は、雨の中を濡れながら歩いていた。やがて、その雨のしずくが顔に伝わって口をぬらした時、本当に、幸せだと思ったんだ。

Posted on 2021/04/28 Wed. 06:22 [edit]

category: 読書

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28

長距離走者の孤独 

アラン・シリトー著『長距離走者の孤独』。
20代の頃、いたく感じるところがあった本のうちの一冊だ。奈良へ来る前の話。

先日、夫としゃべっているうちに、何からどうなったのかは思い出せないが、この本にいきついた。
夫も若い頃、感銘を受けたのだという。

えーっ、出会って40年、初めて聞く話。共通点があったとは(笑)

なぜか、2人とも今は手元にないのも一緒^^;

もう一度、読みたくなって注文した。

51JDTQK14FL.jpg

金庫を盗んで捕まり、感化院に入ることになった17歳の少年、スミスの独白のかたちで話は進む。

感化院では体力と脚力をかわれて、長距離走の選手に選ばれる。毎朝のトレーニングを重ね、スミス自身も走ることが好きになり、めきめきと才能をのばす。
いっぽう感化院長にとっては、わが施設から優勝者を出すことは、若者の更生に尽力しているという名誉につながる。

スミスはお見通しだ。

大会当日、スミスはぶっちりぎりの速さで2位以下を大きく引き離し、優勝は間違いないと誰もが信じて疑わなかった。
が、ゴール手前でスミスは走ることをやめる。後ろから遅れて走ってくる選手に優勝をゆずり、自らは2位に甘んじる。
偽善的な感化院長や権威への反抗だった。


ええーっ。
思い描いていたラストとは違うことに少なからずのショック。
もちろん、権威や偽善に対する反抗心についての思いは変わらないのだが、2位でゴールしたのだったとは…

ワタクシがずっと心の中にイメージとして残っていたのは、ゴールを目前にして、逆走する少年の姿なのだ。

それがワタクシだけの印象なら、単なる思いこみで済むのだが、なんと、夫もゴールから逆走するイメージをもっていたというではないか。

もう一度、小説を確認してみる。

河野一郎 訳

今や観覧席では紳士淑女連中が叫び、立ち上がって、「走れ! 走れ!」ときざな声でわめいてやがる。だが、おれは、目も見えず耳も聞こえずまるで阿呆みたいにその場に立ったきりだ。…赤んぼみたいにおいおい泣きながら立ちつくしていた。とうとう奴らをやっつけたことで、嬉し泣きに泣けてきたのだ。

なぜなら、そのどよめきが聞こえ、ガンソープの連中が空中に上衣を放り上げているのが見え、おれのうしろでペタペタ聞こえていた足音がしだいに近づき、とつぜん汗の臭いと、息もたえだえのあえぎをつづけている両肺がおれのそばを通りすぎ、すっかりばてちまい、よたよた左右にふらつき、頭のおかしくなったズールー族みたいにぶつぶつ何やら口走り、おれが90歳ででっかい布張りの棺に足をつっこむようになるときの幽霊みたいな恰好で、あのロープめがけてふらふら走ってゆく姿が見えたからだ。おれ自身奴を声援してやりたいくらいだったー「さあ行け、さあ行け、早くとびこんじまえ。…」

だが奴はもうすでにゴールに達していた。そこでおれも奴のあとからとことこ走りだし、まだゴールの手前にあるときから耳ががあんとしはじめ、ゴールにつくなりへたへたと崩れてしまった。


2位でゴールしているのは間違いない。

次に、映画にもなったようだから、もしかしたら監督が脚色したのかも?

ではなく、原作に忠実なようだ。⇒

権力と威厳で屈従させる院長への反感は、レースが近づくにつれ、大きくなっていった。さて、レースの日。彼は案の定トップを独走している。院長は満足げに紳士、淑女を見渡す。ところが、期待を一身に集めた彼はゴール間近で、急にスピードを落し後のパブリック・スクールのライバルに優勝を譲った。これが霜のおりた凍てつく早朝にトレーニングをさせられた彼の淋しい孤独の勝利の小さな復讐であった

じゃあ、逆走のイメージはどこからきたん?
2位でゴールするのではなく、背を向けて逆に走っていく少年というイメージを勝手にふくらませていたというのか。2人とも?(笑)

Posted on 2021/03/22 Mon. 11:33 [edit]

category: 読書

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