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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

うさぎのいる暮らしはいかが 

オトモダチのGさんのところにいる、うさぎ(ホーランド・ロップ)。

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家族のようにかわいがっていたのですが、手放さなくてはならない状況に。
現在、里親になってくれる方を探していらっしゃいます。

オス、0歳11か月。

耳がたれ、もふもふの毛並みに、心奪われてしまいます。

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しぐさがかわいすぎ!

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育てやすいようです。主食は干し草。

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ホーランド・ロップ は、ウサギのペット用に作成された品種、血統のひとつ。生物学上の分類ではウサギ科アナウサギである。ロップ種の中では最も小さい品種であることから、ミニ・ロップ とも呼ばれる。 名称は「ホーランドの垂れ耳種」の意。( ウィキペディアより)


見ていると、癒されっぱなし。
こんなカワイイやつが身近にいたら、毎日楽しいだろうなあ。仕事もはかどるかも。
わ、きっと天使が喜ぶぞ!

とニヤリとしてしまうのですが、現実問題としてワタクシはやっぱり無理やなあ。

どなたか、手元において可愛がってくれる方、いらっしゃいませんか。

お問い合わせなどは、ブログ右のメールフォーム欄からお願いします。

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Posted on 2016/12/24 Sat. 08:51 [edit]

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24

風邪の撃退法 

この時期、意外にも風邪ひきさん、多いですよね。

幸い、ワタクシは大丈夫ですが(ナントカは風邪をひかない…)、夫の風邪が長引きまして(咳が)、ようやく完治したかなというところです。

今日、痛風のかかりつけ医に行ったところ、あっ、夫がですよ、風邪の撃退法なるものを伝授されたそう。
まあ、聞いたことがあるような話なのですが、なんだかおかしくて笑ってしまいました。
ご紹介してみたいと思います。


以下、いただいてきた印刷物から。

葛根湯を食前に服用or日本酒で葛根湯を飲む

汗が出ないなら蒸留酒のお湯割り

みそ汁+唐辛子多量入りorおすまし+唐辛子多量入り

汗が出ないなら、スープ(生姜、胡椒多量入り)

暑いご飯+キムチorめんたいこ

お風呂43℃以上、汗が出るまでつかる。



夫「1と2は魅力的ですな」
医師「ほどほどに、ね」

なーんていう会話を交わしたそうな。


風邪かなと思ったら、の初期にお試しくださいませ~

すでにひかれている方はどうぞ、お大事に。

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Posted on 2016/05/11 Wed. 20:40 [edit]

category: 耳より情報

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第1回 赤ひげ大賞 

地域医療に貢献されている医師を表彰する「赤ひげ大賞」が決まり、3月22日、皇太子さまご出席のもとで授賞式が行われたと、翌日の新聞が報じていました。


←受賞されたのは、全国から5名の医師

この中に、お世話になった先生の名前を見つけ、拍手するとともに、いろいろなことが思い出されて、つい涙ぐんでしまいました。


和歌山県から受賞された横手英義先生は、ワタクシの郷里、九度山町で横手クリニックを開業されています。






癌に冒され、病院を転々としていた母の最期のひとときを、自宅で過ごさせてやりたいと、思い切って在宅医療を選んだとき、お世話になったのが横手先生でした。

このとき、すでに母は、身体中に癌が蔓延していて、癌が血管をも圧迫している状態とかで、「たいていの人はこういう状態になる前に死んでしまう、これからどうなるのか未経験だ、もう手の施しようがない」と病院の若い主治医は困っていることを平気で家族の前で言ったりしていました。

こんな母をはたして自宅介護できるか、はなはだ不安だったのですが、帰りたそうにしている母と、投げやりな医師を見て、決断したのでした。


実家近くの横手医師とは面識はありませんでしたが、「気むずかしい」「コワイ」という噂を耳にしていたので、初日の往診はちょっと緊張してお迎えしたことを思い出します。

が、実際お会いしてみると、どこからそんな噂が出るのか不思議なほど、親身になって寄り添ってくださったのです。

家族は、身体の清拭や下の世話はどうということはありませんでしたが、手術痕がジュクジュクして膿のようなものが出てきたり、出血をみると、もう手に負えないありさまでした。

横手先生は、日祝日でも連絡のとれる電話番号を教えてくださり、現にオロオロして電話すると、すぐに飛んできて診てくださったので、安心感でいっぱいでした。(その後、父が別の医師にかかったとき、休日に連絡をとることは不可能だったことを考えても、横手先生の姿勢には頭が下がります。)

そして、もうこれ以上は自宅で看るのは無理だろうと判断されたとき、救急車の手配も病院のお世話もしてくださったので、とてもスムーズに入院することができたのです。

母は奇跡的に2か月間、自宅で過ごしました。
そしてまさかこんな日がくるとは思っていなかった、(もと)家族5人の生活がよみがえった日々でもありました。

母の葬儀を終えて、横手先生に報告とお礼のご挨拶に伺ったとき、先生は診察の途中で出てきてくださいました。
そして「お母さんはみごとでした。あんな身体でよく生きていると感心していましたよ」と。

あれからもう5年が経ちます。

初めての「赤ひげ大賞」に横手先生が選ばれて、ほんとうにうれしい限りです。
先生、おめでとうございます。改めて、ありがとうございました。


←産経新聞の写真から。皇太子さまと対面されている背中の方が、横手先生(たぶん)





←新聞記事(クリックで拡大)

Posted on 2013/03/25 Mon. 18:44 [edit]

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25

御所実業 全国準優勝 

12月27日から、花園で熱戦が繰り広げられてきた「第92回全国高等学校ラグビーフットボール大会」。
奈良県代表の御所実業高校は、どんどん勝ち進みましたが、1月7日決勝戦で、惜しくも常翔学園に敗れました。

初優勝できなかったのは残念ですが、全国2位! 
すばらしい活躍です。おめでとうございます。
奈良県民としてもたいへんうれしく、拍手を贈りたいと思います。


ワタクシ、御所実業は決勝までいくだろうと何の疑いもなく思っていました。


←昨年、御所実業へ行く機会があり
(→icon52







そのときに「NPO法人ミルクならネットワーク」の米田理事長が「今年の御所実業はバランスがとれたチーム。優勝できる力がある」と熱く語っていたのを聞いたからです。

米田理事長は元ラガーマン。長年見守られての感想は、とても説得力のあるものに感じたのでした。


←米田理事長と竹田監督








いつもお世話になっているわが先輩“団長さん”がまたラガーマンということもあり、ラグビーには親近感をもってきました。あっ、とはいえ、ルールを知悉しているわけでもないのですが^^;

野球と同じくらい、ラグビーにも関心をもっています。
特に公立高校の活躍はやっぱりうれしいなと思いますね。
御所実業が、強豪天理を破って全国大会へ行くようになった頃から、おおすごい、と応援していましたが、実際に学校へ行き、監督ともお会いしたことによって、ワタクシの思いはさらにヒートアップしたことは間違いないでしょうね。

竹田監督の目の輝きや存在感にも圧倒されました。ワタクシが高校男子だったら、こんな先生のもとで、ラグビーをしてみたい、などと思ったのでした。 


ふだんはほとんどテレビは観ないのですが、優勝戦はテレビの前にかじりついて、応援態勢。




開始直後、常翔学園がいきなりの2トライ。
うわっ、これはスゴイ。準決勝で、あの国学院久我山に57-0の完封勝利を収めている常翔。これは手も足も出ないのではないかと悲観的にもなったのでしたが(ゴメンナサイ)、前半戦の終盤に、モールを押してパスでつなぎトライ成功。ゴールキックも決めて10-7に迫り、前半終了。


後半戦、序盤は御所実業が優位に試合を進め、モールで押し込んでトライ。ついに、逆転~!!




ゴールキックも成功




←逆転直後、映し出された竹田監督。

さすが、冷静やわ。

ワタクシは、やったぁ、ばんざーい




しかーし、残り時間10分くらいのところで、トライを決められて…(>_<)




力の入る名勝負でしたね。

常翔学園が、独走態勢からトライを決めるのに対して、御所実業がモールでじりじりと押し込んでトライに結びつける、その試合展開の違いがとても印象的でした。



元気やパワーがもらえた気がしています。ありがとう。おばさんもがんばるぞ。


※決勝戦の様子はこちらで、動画を見ることができます。
※御所実業高校→こちら

Posted on 2013/01/08 Tue. 23:29 [edit]

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08

森鷗外記念館 

10日間ほど東京に滞在されていた円亀山人さんから、封書が届きました。

円亀山人さんは『かぎろひの大和路』の古くからの読者で、かぎろひ掲示板の常連さんでもあります。

今どき、あのスタイルの掲示板が機能しているのは稀有、という賛辞(ですよね)をよくいただくのですが、牽引してくださっている中心的人物が円亀山人さんなのです。

封をとくと、森鷗外記念館のしおり、絵はがき、一筆箋などと丁寧なお手紙が入っていました。

森鷗外記念館は、この11月1日にオープンしたばかりなのですね。
もと、鷗外の旧居「観潮楼」跡地に開館したのだそうです。



森鷗外は奈良にもゆかりのある文豪。
大正6年、帝室博物館の総長に任命され、大正7年から10年まで、奈良に訪れて正倉院の開封に立ちあっています。

奈良国立博物館の東北隅には「鷗外の門」が。





←宿舎がこのあたりにあったとか。詳しくはクリックしてどうぞ。




森鷗外はほぼ同じ年代を生きた文豪、夏目漱石に比べて、どこか親しみにくい気がしてしまいます。
『坊っちゃん』『吾輩は猫である』『こゝろ』などは中学時代でもすうっと読めたのに、森鷗外は文語調で読みづらかったものです。

高校の教科書で『舞姫』を読んだときは、それはもうショックでしたね。
なにせ、(作者を思わせる)エリート主人公が、ドイツ留学で親しくなった女性を捨てて帰国するというお話でした。
それも、貧しい踊り子、すでに身ごもっていて、果ては精神を病む、そんな女性を見放すのです。

純情で正義感の強い高校生にとってはかなりショッキングな内容で、現国の授業中、クラスで熱い討論会になったことを思い出します。

ワタクシもひたすら主人公を許せないだけのあの頃でした。今はもう少し大きな視野で見られるような気がするのですが、はて…^^;


そんな鷗外のイメージとは違って、素顔は子煩悩なオヤジだったとか。そういったことも、この鷗外記念館ではうかがい知ることができるようです。

円亀山人さんのお手紙は、一編の上質なエッセーに仕上がっていて味わい深く、ワタクシ、最後には泣きそうになって…。また、鷗外と奈良との関わりに焦点を当ててくださっているのも、奈良好きなワタクシへのご配慮だと思いました。

ワタクシひとりのものにしておくのは惜しいと思われますので、ご紹介させていただきます。

          (↓チラシから)





↓以下、円亀さんからのお手紙です(本文は段落下げがありますが、こちらではなくしました)。

……
今年11月1日に新築開館したばかりの「文京区立 森鷗外記念館」を中心に、千駄木・根津を散策したときの記念を、ささやかですが同封しました。単に宣伝パンフだけですが、他に売店で鷗外が亡くなる直前の大正11年5月5日に次女・杏奴(あんぬ)に届けた奈良便りのレプリカが面白かったのでお届けします。

「アンヌにとらせたい正倉院の中のゲンゲ」という短文に本物の「れんげ草」を押し花にして添えている何気なさがいい。本物のゲンゲの押し花書簡は展示室にありました。
また、1918年に同様に奈良から杏奴に出した葉書には鹿の頭部(角を中心とした)の簡単なスケッチが描かれており、鷗外の子煩悩ぶりが微笑ましく思われました。

優れた文学者でありながら、軍医として日清、日露の戦役に従軍し、また陸軍軍医学校長、陸軍軍医総監、陸軍省医務局長を歴任した強面のイメージが一方にあるので、展示物などに感じる家庭人としての鷗外の意外な一面にであうことができて、認識を新たにしています。

結婚でさえ天皇の許可が必要だった立場ですから、医者としての自主的な研究には不自由さを感じつつ、命じられたドイツ留学、帰朝後の外国医学書の翻訳紹介に精を出しています。
だから本当に自分らしい文学が書けたのは意外に短い期間だったようです。


「人生にはどうしようもないこともあるのだと半分意識しながら生きていくと、少し楽な気持ちで人生を眺められるかもしれません。その意味で、鷗外の小説には、彼の人間に対する繊細で、知的で、優しいまなざしが含まれていると思います。」
(作家・平野啓一郎さんのことば)


お話しが横道にそれましたが、鷗外は晩年の数年間は毎年、奈良へ出張しています。
大正5年に退職し、翌年から帝室博物館総長兼図書領となり、上野や奈良の正倉院の管理にも責任があったからです。正倉院の曝涼には監督官として立ち会っていたのですね。

記念館は、東京メトロ「千駄木駅」からすぐの団子坂上の旧居(亡くなるまでの30年間居住)の「観潮楼」跡地に鉄筋コンクリートで新築されています。
昔は木造の2階から東京湾が一望できたそうですから、何かそぐわない建物ですが仕方がないですね。ここは石川啄木、斎藤茂吉、与謝野寛、永井荷風など、物凄いメンバーが集う文学サロンだったそうで、記念館の別の出入口のある「藪下通り」は永井荷風の「日和下駄」に出てくるゆかりの坂道です。

私は荷風が愛した趣のある石垣をしみじみ眺めつつ、坂をくだり「根津神社」へ向かい、最後は弥生坂の「弥生式土器発掘ゆかりの地碑」まで歩きました。

途中、岩田専太郎館、夏目漱石旧居、林芙美子旧居、サトウハチロー、佐藤紅緑旧居等々が点在していますがすべてパス。大正の風格あふれる木造の「根津教会」だけは写真に収めてきました。

地域雑誌「谷中・根津・千駄木(谷根千)」の編集発行で知られる、森まゆみさんの名著『鷗外の坂』(中公文庫)を片手に、この下町と山の手が混在している土地は、これからも機会あるごとに(体力があればの話ですが)歩いてみたい処です。


「鷗外の足跡を追うとき、あまりに多くの坂を上り降りせざるを得ないのに気づいた。
団子坂はもとより、三崎坂、三浦坂、S字坂、無縁坂、芋坂、暗闇坂・・・。
いろんな向きと幅と角度の坂があり、風に向かって登ることも、夕陽をあたたかく背にうけて降りることもあった。」

「それは巨人の胸を借りるような仕業であって、私はしばしば自分の非力さに立往生した。それでもわたくしはわたくしの杯で戴きますというしかない。そして小さい杯で汲んだ水が私の生活をいかに潤したか、とうてい量ることはできない。」
『鴎外の坂』「はじめに」より


最後の「わたくしはわたくしの杯で戴きます」、「小さい杯で汲んだ水が私の生活をいかに潤したか」が、強い実感をもって迫ってきます。
小さい杯で戴く水はお酒かもしれず、ふと、失礼ながら「かぎろひ」様の編集者としてのご苦労と喜びを重ね合わせてしまうのでした。



文京区立 森鷗外記念館

東京都文京区千駄木1-23-4
TEL:03-3824-5511

開館記念特別展
「150年目の鷗外ー観潮楼からはじまる」

2013年1月20日(日)まで

Posted on 2012/12/12 Wed. 08:01 [edit]

category: 耳より情報

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