10 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 12

かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

南椿尾の磨崖仏 

2月5日、弘仁寺さんの取材(→)を終えてから、磨崖仏があるという南椿尾(みなみつばお)まで足を延ばしました。

訪ねる機会がないままだったのですが、弘仁寺さんで徒歩30分ほどですよとお聞きして、その気になった次第。
お寺で、このあたりの様子を聞いていたので、わかりましたが、道標や案内板は皆無。

15.2.5南椿尾

↑左手の山道をたどります。

15.2.5山道


落ち葉が積もった道を上りますが、ちょっと不安に。
この道で大丈夫?

振り返ると、山、山・・・

15.2.5山道3


5~10分くらい歩いたかなあ

15.2.5山道2


ちょっとそれらしい雰囲気が漂ってきたなと思うと、まもなく

15.2.5南椿尾摩崖仏


岩という岩に仏様が

15.2.5摩崖仏4


15.2.5摩崖仏3

15.2.5摩崖仏5

15.2.5摩崖仏


岩の間から伸びる樹木は、その太い幹から、あらゆる方向に枝を伸ばし

15.2.5樹木幹


空に向かって大きく手を広げています。

15.2.5樹木


木と石仏と、どちらが先に生まれたのでしょうか。
木は石仏をかばうように、どんどん大きくなっていったような気がしました。

歴史を感じさせるのに、磨滅は激しくなく、表情も残っているのは、そのせいかも。

15.2.5摩崖仏大


柔和な笑みをたたえる像。山中に1人いることを忘れて、心がほっこり。

15.2.5摩崖仏2


また、会いに行きたくなりました。


JR・近鉄奈良駅から「米谷町」行きのバスで約30分、椿尾町の停留所近く。

2015.2.5椿尾バス停
スポンサーサイト

Posted on 2015/02/11 Wed. 08:19 [edit]

category: 石仏

TB: 0    CM: 0

11

上の山地蔵尊 

12月10日、暗峠頂上に近い「風のビューカフェ 友遊由」icon52で。

目的の取材が終わってから、雑談のなかで思わぬ情報をゲットすることがよくあります。

この日も、シーズンオフの平日のせいでしょう、食事をされていたハイキング下見のおじさま2人と、近隣住人らしきおじさまが店を出られると、K夫人とお店を手伝っているYさんの3人だけとなり、おしゃべりが始まりました。

店内には山の写真がずらりと貼られていて、いつしか山の話題に。
K夫人は高い山にも登られてきたようで、奈良県内でもワタクシが登ったような山はすべて経験済み。雪の高見山など、楽しい話が次々と。



『かぎろひの大和路』葛城の道②(27号)に興味を示してくださり、役行者つながりから、大峯奥駈道を歩いて「前鬼の里」で泊まった厳しいコースの話は圧巻。

今も、五鬼助というお名前の方がいらっしゃって宿坊を営まれているんですってね。歩いてみたい…



そうこうしているうちに、Yさんが表紙に目をとめて、「こんな大きなお地蔵様、うちの近くにもあるわ」とひと言。ワタクシ、大反応!(^^)!

「行ってみます! どこですか」と言うと、Yさん「案内するわ」

暗峠へ。

13.12.10暗峠


↑右手が「峠の茶屋 すえひろ」さん。この日はお休みでした。左がYさん宅。お地蔵様は、Yさん宅の裏手にあるというのです。


奈良県生駒市の標識のある所から、小道に入ると、すぐ右手にお堂があって、大きなお地蔵様がいらっしゃいました。

13.12.10地蔵

お地蔵様は4軒によって、あつくおまつりされているそうです。
平成8年には、お堂を新しく建てられました。

お地蔵様は150㎝ぐらい。堂々として大らかな感じですね。

13.12.10地蔵アップ

でも、お地蔵様の大きさに対して、お堂が小さいような…気がしませんか?

天井にくっつきそうではありませんか!

これには、わけがあるのです。

なんと、お堂を新しくしてから、錫杖が見つかったのだそうです。

というわけで、お地蔵さまはちょっと窮屈そうにはされていますが、錫杖が見つかってうれしそうに見えました。

暗峠をハイキングされる方は、ちょっと立ち寄って手を合わせてみてくださいね。


それから、もうひとつ情報をゲット。
この細道は、生駒山頂へ続いているとのこと!

うわ、どのあたりに出るのか、どんな展望が広がるのか、想像するだけで楽しくなります。
登って行きたい! のですが、単身では不安。一緒に登りませんか~

前回「風のビューカフェ 友遊由」の記事に、PANDORAさんからコメントを頂戴したときに登山を提案したところ、なむさいじょうさんから仮予約が入っています(笑)
仲間が見つかれば来春あたり、登ってみたいと思います。
「風のビューカフェ 友遊由」で「烏骨鶏どんぶり」を食べてから登る予定です。参加者募集中。

Posted on 2013/12/16 Mon. 08:30 [edit]

category: 石仏

TB: --    CM: 2

16

辻堂の薬師如来 

もう3日前になりますかな、友人の誕生日名目の飲み会でどうやら過ぎたらしく、久しぶりの二日酔い^^;
翌日、約束が入ってなくてホッ。起きられず、うだうだと1日を棒に振ってしまったのでした。ああ、大事な時間をと、反省しきり。
「20代の子ならかわいげもあるけど、ええトシして、ええ加減、自分の適量というものを知らなあかん。学習が足りん!」との家人のお言葉に、はいそのとおりでございます、とこの日ばかりは神妙にうなづくばかり。

一夜明けて8日、スッキリと復活。
佐保川沿いに出ると、みごとな桜紅葉。うわぁ、いつの間にこんなに!

学び橋から東を。

13.11.8佐保川

西も
13.11.8佐保川2

元気をもらって、「かぎろひ歴史探訪」の下見に行ってまいりました。

下見のときもあまり撮ら(れ)ないのですが、島の山古墳の近くを通りかかると、お堂の石仏に陽がさしこんで、えもいわれぬ存在感。

13.11.8薬師如来


そっと近づいて。

13.11.8薬師如来2

室町時代の薬師如来さんとか。反省をこめて合掌。ラッキーにも薬師如来さんの縁日にあたる8日だったというわけで、2倍のありがたさ。

次回の「かぎろひ歴史探訪」は11月14日(木)ですが、先ほど天気予報を見ると、傘マークが…(>_<)
よほどの荒天でない限り、実施しますので、よろしくお願いします。

来し方を振り返ってみますと、条件の悪かった日のほうが思い出に残っていたり、貴重な体験があったりすることが多いので、雨もまた楽しからずや、という気持ちでのぞみたいと思います。

※第5回「かぎろひ歴史探訪」は11月14日(木)10時 近鉄橿原線結崎駅から出発します。

Posted on 2013/11/09 Sat. 06:27 [edit]

category: 石仏

TB: --    CM: 3

09

芳山の石仏 

先日、春日奥山ハイキングをしたとき(→icon52)、あっ、昨年9月、春日大社錬成会秋ノ峰に参加して(→icon52)やっと拝観かなった芳山(ほやま)の石仏のことを、まだアップしていない、ことに気づきました。

30年ほど前に奈良へ来た頃から、春日の奥の芳山にはそれは見事な石仏があるらしい、というウワサは聞き及んでいました。
昨年、ブログで、拝観叶わぬこの石仏に会いたいと書いた(→icon52)のがきっかけで、実現することになりました。

まず、*ならら*さんが、すぐに、芳山の石仏のことが書かれている本のコピーを送ってくださいました。

これがまあスゴイ本で、春日大社錬成会秋ノ峰の栞に
戦後になり、石仏研究家であった故太田古朴氏によって世に知られることになった、奈良時代後期の様式を示す石仏で、春日山山中でも最古

とある、その太田古朴氏らが初めて、芳山の石仏を訪ねられたときのことを書いたものだったのです。

*ならら*さんは、芳山の石仏のくだり7ページほどのコピーを送ってくださったのですが、タイトル、序文、奥付のコピーも添えられている配慮にいたく感心したのでした。





奥付や序文があるのとないのでは大違い。著者、発行者、発行年の情報は、一気にいろんなことを教えてくれます。
著者の小林月史さんはNHK奈良放送局長のかたわら、奈良の小寺を研究されていたこと。芳山の石仏を訪ねたのは、小林氏のほか、太田古朴氏、興福寺の多川管長、川勝政太郎氏と地元の案内人? ら7人ほどの一行だったようです。

太田古朴氏と言えば、過日行った五條市念仏寺陀々堂の「鬼はしり」(→icon52)で使われている鬼の面を復元された方だと、教えていただいたばかり。


そして、川勝政太郎氏って確か、学生時代、京都のお寺巡りガイドブックの著者だったわ~。






懐かしい、と引っ張り出してみたら、なんと初版が『奈良の小寺』と同じ昭和39年で、ビックリ。
マリーローランサンは何だって? 円通寺のしおりと一緒に、この本に挟まれていたもの。昭和55年! ひととき、若かりし昔を偲んだのでした。


ああ、前置きがつい長くなりました。
『奈良の小寺』を読んで、ますます行きたい気持ちをつのらせていたところ、スミレ君から、春日大社錬成会秋ノ峰で芳山へ行くよ~とお知らせいただいた次第。


←芳山へは、峠の茶屋のもう少し先から入ります。

その前に、八柱神社を参拝し、「大祓詞」を唱和。





いよいよ入山です。




最高峰520mですが、すでにだいぶ登ってきていますから、わりとすぐだったような感。先達あってこそでしょうね。


目指す石仏は、ちょっと平らになった場所にいらっしゃいました。

でも、狭い地に100人近くがぎゅうぎゅうと入りましたので(←)、実はゆっくり拝観できなかった、というより、撮れないよぉ…。

祈りの場ですからね。それでなくても、1人だけ金剛杖を持たず一眼ぶら下げたバチあたり、春日山を巡ってきて、この頃にはちょっと反省の色も出始めていたのでした。

まずはお祈りします。
ここでは神官さんに導かれる「大祓詞」ではなく、山岳寺院から同行してくださっていると思われる山伏姿の方がリードしてくださいました。

神仏習合が祈りのかたちに表れていることに感動。
まず、般若心経を唱和。それから「光明真言」が。オン アボキャ ベイロシャノウ …
郷里の高野山麓では知らない人はいないフレーズ。でも一般的ではないらしく、急に唱和の声が小さくなりましたが、ワタクシは何だかうれしくて…
後で、山伏さんに「どちらからですか」とお聞きすると、「高野山です」。わぉ。

←若い山伏さんたち、記念撮影してはりました。









ワタクシは最後まで居残って、やっと急いで石仏撮影。二尊石仏です。
春日大社錬成会秋ノ峰の栞によると
石高 184㎝
像高 128㎝

南面と西面に、説法印の如来立像が半肉彫りされています。









拝して、胸にズキンとするものを感じました。
興福寺北円堂の、無著・世親さんの像に初めて接したときと同じような感動だったかなあ…。

『奈良の小寺』によると、この石仏は、廃仏毀釈のときに、里人に倒されて「寝仏」と呼ばれていたとか。元の姿に戻されたのが昭和11年8月とのことです。

『奈良の小寺』の著者は最後にこう書かれています。

…この石仏を拝した人は里人を除いては、ほとんど無いと云っても過言ではない。感銘の浅からぬ内にと筆をとったが、実は後程印象がふくらむ石仏なのである。

実は、ワタクシもまた会いに行きたくてたまらないのです。

過日、芳山石仏ツァーの声をかけながら、1人さっさと実現させてしまいましたが、改めて行きませんか~。

不肖、ワタクシめがご案内いたしましょう…たぶんできるかと…できるんじゃないかな…ま、ちょっとご覚悟あれ、とさだ風になってしまうのですが、道はついていたので、行けるでしょう。みんなで迷えばコワクナイし、ね。


←錬成会秋ノ峰のこの日は、ここからさらに頂上へ。







磐座が不思議なパワーを発していました。



-- 続きを読む --

Posted on 2013/02/01 Fri. 23:55 [edit]

category: 石仏

TB: --    CM: 18

01

油掛地蔵をさがせ 

4月24日、磯城郡縦断ウォークicon52をしたときのこと。
(古い話題ですいませんっ^^; 以下の写真は全て、2012年4月24日に撮ったもの)


あまり下調べもないブラブラ歩きで、近鉄橿原線結崎駅から北へ向かうと、八幡神社へ行き着いた。



←八幡神社の説明(クリックで拡大)





ここで出会った古老に、6月第1日曜日にノガミさんの神事があると教えてもらったのだった。→下永のキョウ


決まった目的はないとはいえ、「油掛地蔵」だけは見つけておきたいと思っていたので、この方に尋ねると
「まっすぐ、まっすぐ西のほうへ行ったら、畑の真ん中にあるよ」。


おおわかりやすいと思ったのが間違いで、これがなかなか見つからない。
会う人ごとに聞いてみるのだが(出会ったのが3人くらい)、「さあ、わかりませんね」「聞いたことがあるけど、まだ行ったことがない」という返事ばかり。

ウロウロしまくる。




ついには、大和川へ出てしまって…。
10日前に、佐保川を下るウォーキングicon52でここへ来たばかりだったので、クスッ。




橋の上からふと、植え込みの中にお地蔵さんの顔がのぞいていることに気づいた。




なぁんや、こんなとこにいはったん!?
お地蔵さんは意外に大きくて2m近くはあろうか。



お地蔵さんに手を合わせ、写真を撮ってから、あれれ、油掛地蔵ではないのではicon46
だって、油はかかっていないし、イメージが違う…それに、そうそう、さっきの古老は畑の真ん中にあるって言うてはったんやったわ^^;

何の説明書きもないが、花が手向けられていて手篤いおまつりを感じさせる。
ちょっと気になりながらも、再び油掛地蔵をさがす旅を続行。


それからも、グルグル、ウロウロ、さらに西へ歩いて、ようやく、それらしい祠を発見icon22




ほんとうにのどかな風景の中にポツンとあった(今頃は早苗田の中だろうか)。




やっとご対面、油掛地蔵さん




←油掛地蔵について(クリックで拡大)





お地蔵さんの前を南へ走る細く白い道は、「太子道」とか。



油掛地蔵さんに別れを告げた後は…、太子道をたどらずにはいられませんよね。


油掛地蔵の場所


大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )

-- 続きを読む --

Posted on 2012/06/21 Thu. 06:01 [edit]

category: 石仏

TB: --    CM: 6

21