FC2ブログ

06 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 08

かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

高家周辺の古墳探訪 

桜井市観光協会が主催される「わくわくドキドキ古墳探訪」シリーズ。
昨年、初めて参加して、とてもよかったので(⇒)、今年も楽しみにしておりました。

とはいえ、やっぱりお墓なので、それなりに厳粛な気持ちもあるのですが…。
どんな人が埋葬されたのだろう、こんな大きな石を組み上げて、1000年以上を経てもびくともしない技術や、山中に石を運ぶ労働力についても想像がふくらむばかり。

昨年は座学と現地見学、2日の参加が必須でしたが、今回は現地見学のみ。11月30日(土)と12月1日(日)同じコースで実施されました。
半月経過して、わくわくドキドキ感がちょっと薄らぎ気味ですが、簡単にでも記録しておきたいと思います。


参加日:2019.12.1(日)
講 師:橋本輝彦氏(桜井市教育委員会)
コース
桜井駅南口⇒(バス)⇒倉橋バス停⇒(徒歩40分)⇒高家六地蔵⇒高家平野古墳⇒栢木邸前⇒高家春日神社⇒(徒歩40分)⇒長瀬藪1号墳⇒(徒歩55分)⇒メスリ山古墳⇒(昼食)(徒歩25分)⇒徳利塚古墳⇒(徒歩30分)⇒コロコロ山古墳⇒(徒歩10分)⇒艸墓古墳⇒(徒歩15分)⇒桜井駅


かなりアップダウンのあるコースでしたが、高家(たいえ)はその名のとおり、標高300mの高所に位置。奈良盆地を見下ろす絶景ポイントが多くて、ハイキングコースとしても素敵でした。


倉橋バス停から、どんどん上っていきます。途中の峠から

191201金剛山


高家のシンボル? 六地蔵

191201六地蔵





平野古墳

191201平野古墳


説明板

191201平野古墳説明


天井石と奥壁の右側部分が失われています。


そこからさらに上って、春日神社境内古墳へ。
古墳より前に、思わずワーッと声が出る風景!

191201春日神社から


古墳は不思議な形で残っていました。

191201高家春日神社古墳


下って、長瀬藪1号墳へ。

のどかな山里風景に目を奪われます。

191201長瀬藪1号墳


美しいハザ掛け越しに奈良盆地が

191201ハザ掛け



長瀬藪1号墳。教えてもらわなければゼッタイ無理な場所や。

191201長瀬藪1号墳2

山中に説明版もありました。

191201長瀬藪1号墳説明



高家から桜井駅まで戻る途中の古墳見学も。
このあたりは「かぎろひ歴史探訪」でも何度か歩いています。


メスリ山古墳や

19120メスリ山古墳


コロコロ山古墳はおなじみですが、

徳利塚古墳は、ちょっと行けない山の上にありました。

191201徳利塚古墳2


191201徳利塚古墳

崩れるかもしれない危険さあり^^;


あ、コロコロ山古墳の説明板は長らく文字が消えたままになっていましたが、急遽、復活! 文章は以前のものと同じだそうです。

191201コロコロ山古墳説明


艸墓(くさはか)古墳は台風の影響があり修復されていましたが、先ごろ工事が終わり見学が可能になったばかり。

大きな家形石棺が石室いっぱいにどんと据えられているのにはビックリしますが

191201くさはか古墳


どうやら、石棺を置いてから部屋をつくったとみられています。 

191201くさはか説明


ありがとうございました。

気になっていた高田廃寺のだいたいの場所を教えてもらったので、「かぎろひ歴史探訪」でコースをつくれないか考え中。一度、歩いてきますね。

スポンサーサイト



Posted on 2019/12/18 Wed. 08:28 [edit]

category: 発掘情報・古墳

TB: 0    CM: 0

18

馬型埴輪 

10月6日の、四条遺跡(橿原市)の現地説明会報告を忘れていたわ^^;
なにしろこの日は、藤原宮跡の現説へ行き⇒
高取町のだんじり祭りを見て⇒
夜は丹生谷のススキ提灯の宮入りを追っかけて⇒
という盛りだくさんな一日。どうやら、いちばん地味な四条遺跡が後回しになったかたち。


遅くなりすぎて、もうきちんとご報告しづらく^^;

191006資料表紙

191006調査区



橿考研さんのHPに、すでに資料がアップされていますので、どうかそちらをごらんくださいますように。⇒


私のほうからは、印象に残った、お馬さんの埴輪を。

191006埴輪


横から

191006馬


帰りがけに、もう一度、馬さんのほうを見ると、あ、笑った?!

191006馬2

「また会おうや」
「ヽ(´∀`)ノ楽しみにしてるねー」

Posted on 2019/11/13 Wed. 10:15 [edit]

category: 発掘情報・古墳

TB: 0    CM: 0

13

藤原宮跡大極殿院跡で新発見! 

遅くなりましたが、10月6日に行われた藤原宮跡での発掘調査現地説明会の報告です。

これまでの、藤原宮跡大極殿院の説明を修正しなければならないほどの発見となりました。
まずは、大極殿院について、わかっていることをおさらいしてみますね。

大極殿院は東西120m、南北165mの空間で、回廊で囲まれていました。四方に門があります。
天皇が政治を執る中心施設が大極殿ですね。それ以外に施設はなく、敷地内は礫敷の広場だったと思われます。

が、今回、敷地内、大極殿の北側で回廊跡が見つかったことから、新たな可能性が浮上することになったのです。


調査地について。
大極殿の東北部の↓赤い所。(※以下、図は現説掲示資料から。クリックで大きくなります)

191006調査位置図


南のほうから見ると

191006南から全貌

↑正面に耳成山、その右のこんもりした所が大極殿跡、調査地はその右後方。
赤い列柱は、大極殿院閤門(こうもん)跡。大極殿院と朝堂院を区切る門を示しています。

もう少し近づいてみましょう。

191006南から位置2

↑左が大極殿跡、その右手が今回の発掘現場


現地説明会会場です。

191006現地説明会



遺構平面図

191006遺構平面図

↑赤い所が礎石跡。礎石は全て抜き取られていましたが、据付穴と根石が残っています。


現場を東から見たところ

191006東から

↑左の森が大極殿跡


北東から

191006北東から

今回、新たに見つかった回廊は「大極殿後方東回廊」と名づけられました。

191006大極殿後方東回廊2

191006大極殿後方東回廊

上の写真は北から見たところ。西からも。

191006大極殿後方東回廊西から



回廊は2つの通路がある「複廊」と見られています。

191006廻廊建物復元図

↑現説現場掲示資料から


大極殿院は左右対称なので、西側にも同じような回廊があったはず。

とういうことは、大極殿の後方に、回廊で囲まれた何か施設があった可能性が!


そこで登場するのが、前期難波宮。藤原宮はこれに倣ったと考えられてきたのです。

191006難波宮図

藤原宮大極殿にも「後殿」があったとする見方が強くなりました。
「後殿」の存在についてはこれまでも議論されてきたようですが、どうやらその可能性が濃厚になったと言えそうです。


現地説明会資料に載る上空からの写真。向こうは畝傍山。

191006表紙

191006資料から


報告を端折りましたので、当日の現説資料の説明文も上げておきますね。クリックしてどうぞ。

191006説明文




大極殿跡のあたりをウロウロしていて、あれれ。
昨年まであった説明板がなくなっている!

1810藤原宮跡

↑↓中央の屋根付き説明板。2018.10撮影

ダダっと広い藤原宮跡を撮るのに、欠かせないポイントだったんですけどね^^; そこ?(笑)

1810藤原宮跡2

説明板

1701藤原宮跡

↑2018年1月撮影。
いつ撤去されたのでしょうか。新しく書き換えられて登場するのでしょうか?


それとわかる土台だけが残されていました。↓左下

191006大極殿跡


話が逸れましたm(__)m
今回の発掘に関わる出土品です。

191006出土物




Posted on 2019/10/15 Tue. 06:44 [edit]

category: 発掘情報・古墳

TB: 0    CM: 0

15

長岡京跡発掘調査現地説明会 

7月27日に「長岡京跡右京1180次調査」の現地説明会が行われる予定でした。
が、台風接近のため、中止。

先日、長岡京跡をちょこっと歩いたこともあり(⇒)、行ってみようかなあと思っていたのです。

発掘現場は、阪急西山天王山駅の北西250mとのことです。
あ、先日、この駅へ行きましたよ。すぐ近くなんですね。

190708西山天王山駅


現地説明会資料が公開されていることをIさんが教えてくださいました。

Iさんとは、5年前、石上神宮の取材中に偶然お知り合いになりました。この時だったかな⇒
どんなきっかけだったか忘れましたが、たくさんの人がいたのに、お話しする機会があったというのは、やはりご縁なんでしょうね。

その後、各地の現地説明会でも、オモシロイほどに顔を合わせまして(笑)
どうやら、考古学関係に携わっていらっしゃった? と思われる方で、それ以来、毎週末に「現地説明会、講座、展示会のご案内」というメールマガジン風のお知らせが届くようになりました。
Iさん、いつもありがとうございます。

あ、話がそれましたねm(__)m

中止になった、長岡京跡の現地説明会資料はこちらから⇒

ダウンロードしてみました。(以下、クリックで大きくなります。2回クリックでどうぞ)

dow-190727-R1180-gennsetsu-shiryo_ページ_1

dow-190727-R1180-gennsetsu-shiryo_ページ_2

dow-190727-R1180-gennsetsu-shiryo_ページ_3

dow-190727-R1180-gennsetsu-shiryo_ページ_4

dow-190727-R1180-gennsetsu-shiryo_ページ_5

dow-190727-R1180-gennsetsu-shiryo_ページ_6

dow-190727-R1180-gennsetsu-shiryo_ページ_7

dow-190727-R1180-gennsetsu-shiryo_ページ_8

年表が見にくいですね。

dow-190727-R1180-gennsetsu-shiryo_ページ_8年表

長岡京跡の概要について⇒

Posted on 2019/07/28 Sun. 16:02 [edit]

category: 発掘情報・古墳

TB: 0    CM: 0

28

富雄丸山古墳 

国内最大の円墳と話題沸騰の、富雄丸山古墳(奈良市)の現地説明会が、1月26日開かれました。

まずは場所から。



第二阪奈道路の南、富雄川の右岸に位置。
グーグルの航空写真から。

190126富雄丸山古墳地図


周囲は住宅地。開発時に壊されず、よくぞ残りましたね。

明治時代に盗掘を受けたときに、副葬品が多数出土したようです。
それが、京都国立博物館にあり、国の重要文化財の指定を受けている、というのです。

昭和47年(1972)、橿原考古学研究所が発掘調査。
このとき出土した鍬形石片が、京博所蔵品と見事に一致、重文指定の出土品は、富雄丸山古墳からのものであると確定されたのでした。

190126鍬形石



富雄丸山古墳は直径110mの三段築成ということがわかりました。

190126復元図


下から見上げたところ。こんな大きな円墳、初めて見ました。

190126全貌


1段目平坦部

190126一段目平坦面


平坦面の幅は1段目が7.2m、2段目は8.8m。平坦面の中央に円筒埴輪が並んでいました。

1901262段目平坦部円筒埴輪列


斜面は急勾配

190126一段目斜面

1901261段目斜面


それだけに、墳頂からの見晴らしはバツグン!
若草山や春日の山々が一望できました。

190126若草山遠望

↑26日は若草山の山焼きの日。頂上に雪が残っていたので、ちょっと心配しましたが…。
やはり、焼かれ具合はいまいち、ですよね。

国内最大の円墳は、これまで、埼玉県行田市にある丸墓山古墳(105m)とされていました。
富雄丸山古墳はそれを上回る規模と確認されたことで、一気にトップへ躍り出たというわけです。


古墳は4世紀後半とみられていますが、眠っているのは有力者であることは間違いないでしょうね。

出土品は埴輪のほか、管玉や鉄器など。

190126出土品


現地に掲げられていた説明板(地元の人の話では、去年付けられたとか)

190126説明板

ふむふむ、過去に三角縁神獣鏡が出土。現在は天理大学附属天理参考館に所蔵されているのですね。
これも、明治の盗掘時に出たのでしょうか。幅広く流出しているようで。


富雄丸山古墳の特徴のひとつは、最下段に「造り出し」という張り出した部分をもっていること(上図右上)。

これって「帆立貝式古墳」の一種でしょうかね。いや、違うか…それなら前方後円墳になるやん^^;
「茅原大墓古墳」の場合は(2011.2.26現説)、前方後円墳の前方部が短くなった「帆立貝式」ということでした。
素人目にはまるで円墳に張り出し部がくっ付いているような印象をうけたのですが…。

これこれ(以前の弊ブログ記事から)

clip_image149.gif

似てますよねえ。でも、なんか、区別があるのでしょうね。


※当日配布資料(クリックで拡大します)

190126資料1

190126資料2-3

190126資料4

Posted on 2019/01/31 Thu. 15:04 [edit]

category: 発掘情報・古墳

TB: 0    CM: 0

31