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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

奈良県での地震 

6月18日の朝7時58分頃、大阪北部を震源とする強い地震が起こりました。
被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。そしてなんとも痛ましい、亡くなられた5人の方のご冥福をお祈りしたいと思います。


朝食の片付けも終わったとき、突然の激しい揺れ。
地震が起こったら机の下が安全かなといつも考えていたのに、その場から動けず…
ああついに、南海トラフがきたか、住宅が壊れるかも、などと考えながら、中腰になってふんばっていたような。
夫は本棚に囲まれる部屋におりましたので、頭の中では心配しましたが、声もでない…
揺れの割には、本1冊も落ちなかったのですが。

たくさんの方からメールを頂戴し、ご心配をおかけしました。どうもありがとうございます。


実はこの日、夕方から会議と懇親会の予定が入っておりました。
地震の後すぐに「今日はあるの? 電車動いてないけど」という電話をよこした人もいましたが、ほとんどが奈良の人だし、電車も午後には動くでしょう、お料理を注文してあるのに、ドタキャンできるわけがありません。

ただ、大阪府枚方(ひらかた)在住のHさんが心配だったので連絡してみたら、大丈夫とのことでホッ。でも奈良まで来るのは無理かなあと思っていたところ、動き出した電車にすぐ乗られ、4時からの会議に間に合ったのでした。

かと思うと、大和郡山からのKさんが、西大寺でかなりの足止めをくって遅れたり。

桜井のKさんが来られない、携帯もご自宅にもつながらない。普通、遅れる場合は一報を入れますよね。それがないからさらに心配がつのりまして。なにかあった?
と思っていたら、6時前に現れて「会議のことを忘れていた」ですって。ふう。

ドタキャンのTさん、誠実なお人柄なのに連絡がなかったことを気にしていたら、翌日電話がかかりまして、丁重に謝られました。まさに、震源地近くにお住まいの方で、気が動転して連絡を忘れていたとのこと。ご家族皆さんはご無事だったものの、家中が散乱しているというお話でした。


前置きが長くなりましたが、今回の地震による奈良県内の寺社、文化財などの被害について、情報を拾ってみました。

●東大寺の戒壇院戒壇堂(奈良市)
国宝四天王立像の一体、多聞天立像が右手に持つ木製の「宝塔」が落下。宝塔自体に損傷はないとのこと。

12.4戒壇堂
↑戒壇堂(2012.4撮影)


●薬師寺の東院堂(奈良市)
北側と南側の壁で、複数の場所にわたって壁のしっくいが浮き上がってひびが入った。最大でおよそ30センチ四方。また壁と柱との間に隙間ができている部分もあるとのこと。


●県立橿原考古学研究所附属博物館(橿原市)
特別展示室の天井のパネルが落下。纒向遺跡(桜井市)出土の水鳥形の木製品が4つに割れた。破損部は接合される見通し。

180620橿原考古学研究所附属博物館
↑橿原考古学研究所附属博物館(2017.11撮影)


●達磨寺(北葛城郡王寺町)
重要文化財指定の石塔から宝珠が落下、宝塔に傷がついた。

1806達磨寺
↑達磨寺(2016.3撮影)

奈良は比較的、災害は少ないように思われますが、過去には、大仏様の頭部が落下したことも。
平安時代の斉衡さいこう2年(855)の大地震⇒

嘉永7年(1854)の伊賀上野地震はM7.3、奈良県にも大きな被害をもたらしています。

奈良県発行の「歴史から学ぶ 奈良の災害史」、HPからダウンロードできます。⇒

政府の地震調査研究推進本部事務局(⇒)のサイトから奈良県の地震の特徴⇒

奈良県の地震災害⇒奈良地方気象台
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Posted on 2018/06/20 Wed. 21:38 [edit]

category: 大和の寺社

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山を下って徳源寺へ 

織田家ゆかりの徳源寺(大宇陀岩室)(→)へは大宇陀のまちからも遠くないし、西山バス停からだと10分もかかりません。



実はワタクシ、先日、山を下ってお寺へ行く道を確認してまいりました!
いや、たまたま道標を見つけたので、軽い気持ちで辿ってみただけなんですが…
↑地図、左のほうにある道路の、途中から山へ。


180515徳源寺へ

最初は、わーええ感じ♪ てな調子だったのでありますが

180515徳源寺へ2


だんだん不安になってきましてね。
1人での山歩きは自重しているのですが、ええっ、これって、その山歩きやん^^;

180515徳源寺へ5

4月末に歩いた「深野の里」(⇒)あたりよりも、よほど山やん。こんなことならFさんを誘えばよかったなぁ。彼女、喜びそうなとこやわ…
とはいえ、こんな道、知らなかったし、こんなことになるなんて思いもよらなかったし…

ひとり、つぶやきながら、山の中を歩いておりました。
でも、道はきちんとついていましたので、迷うことはなかったのですが。

と、突然、墓地に行きついて

180515墓地


御仏の慈顔にくぎづけ。

180515六地蔵

この時ばかりは不安を忘れて、ひとときを過ごしたのでした。

お寺は近いはず、と思ったのですが

180515六地蔵から

まだしばらく山道は続き、小走りになりながら

180515六地蔵から3


突然、開けて、緑のシャワーが降りそそいだときは、感激ひとしおでした。

180515徳源寺

お参りして

180515徳源寺2

お茶もいただきました。

180515番茶

目の前はただ、緑、緑…

180515緑

180515緑2

秋にも来てみたい!
今度はここから山を上って…
そうそう、こんな道標を見たんですよ。

180515道標嬉河原

嬉河原(うれしがわら)、気になりません?
ネット検索をかけてみると、「奈良県景観資産―額井岳を眺望できる大宇陀嬉河原」がヒット⇒

ますます行きたくなるのでした。
秋にハイキングしませんかー。同行者、募集中~





Posted on 2018/06/06 Wed. 10:46 [edit]

category: 大和の寺社

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三柱神社の宮座講神事③ 

ずいぶん飛んでしまい、すいません。
三柱神社宮座講神事の続き、その③です。
①⇒
②⇒

③は宵宮祭。1か月近く、頭屋さんの家(仮宮)で過ごされた神様が神社へお帰りになる前夜ですね。

頭屋さんのお家ではしめやかに神事が行われました。
最初にお訪ねした左座のNさん宅で。

171027宵宮3

171027宵宮


この後、右座のMさん宅にもお邪魔させていただきました。

両頭屋で、目を奪われたのは神饌。

171027神饌

祭壇の神饌はまあ、どこでも見られるものなのですが、
↑の左手にずらりと並んでいるでしょう。副神饌というのでしょうか、これがスゴイのです!
右座のMさん宅で。

171028副神饌

穀類、果物はもちろんのこと

171023副神饌果物


豆類や種の多さにビックリ!

171027副神饌豆類

100種以上はあるかと思われます。
これだけのものをよく集められましたねぇ。

「うちだけでは無理です。ご近所の方、親類などからも送ってもらったんですよ」

中には、アーモンドやピスタチオなどの洋種やキリマンジャロのコーヒー豆まで。
「これは息子が送ってくれたんです」

神様への深い感謝や祈りの気持ちを、できるだけたくさんのごちそうを集め捧げることで表しているように思われた。

頭屋での神事を終えると、講の人がうちそろって神社へ。夕焼けがきれい~。午後6時前頃です。

171027神社へ

171027拝殿

向こうが左座、手前が右座。
向かって右の男の子、宮司さんの鳴らす鈴を不思議そうに見つめているのが、なんとも可愛らしかったのですが、この子は重要な役割を帯びて拝殿にいるんですよ。

神事の終わりに、二人の男の子に相撲をとらせるのが習わし。

181027すもう

神事の途中、境内がなんだか賑やかに。
そう、夜にだんじりが出るんです。

171027だんじり

ワタクシ、最後まで拝殿の様子を見届けずに、だんじりを追っかけました。
やっぱり1回ではお祭りの全貌がわかりませんね。

拝殿では、甘酒で直会をし、一般氏子の宵宮参りが終わるまで待機して、それから、右座の頭屋さんは左座の仮宮に参拝、左座の頭屋は右座の仮宮に参拝したようです。

そうして翌10月28日、宮送りの日を迎えます。

つづく

Posted on 2018/02/07 Wed. 21:05 [edit]

category: 大和の寺社

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三柱神社の宮座講神事② 

三柱(みはしら)神社の位置




三柱神社を氏神様とする橿原市膳夫町(かしわてちょう)は香具山の北麓に重厚な民家を連ねる集落。

1710膳夫町

宮座講は、集落の真ん中を南北に貫く道↑を境にして、右座(東)と左座(西)に分けられています。
それぞれに頭屋が1軒ずつ(1年交代)。お祭りの中心的役割を担います。

秋、神様は頭屋宅に設けられた仮宮に遷られます。10月1日の「宮迎え」から、10月28日「宮送り」まで約1か月間。

「宮迎え」の前日(9月30日)、頭屋は神様をお迎えする準備に大わらわ。
吉野川で身を清め、小石を数個持ち帰ります。祭壇を作り、そして夜11時半までに神社に集合。

午前0時を迎えるや、新しい七五三縄(しめなわ)を五本綯います。
神事の後、神様はいよいよ頭屋宅へ。仮宮にはお米、酒、魚のほか、綯ったばかりの七五三縄、吉野川の小石なども御供え。

1人の宮司さんが2軒の頭屋を順番に訪ねるので、最後の神事が終わるのは夜も白み始めた頃になるとか。
頭屋は身近に神様を祀り、日々祈りを捧げながら1か月を過ごすのですが、その結果、神様の力は大きく強くなるのだそうです。


そうして、神様を神社へお戻しする「神送り」の日を迎えます。
前日の宵宮祭、左座の頭屋、Nさん宅の玄関口で。

171027小石

↑小石は、吉野川から持ってきたもの。この水で身を清めて家に入ります。

続く

三柱神社の宮座講①⇒

Posted on 2018/01/27 Sat. 21:12 [edit]

category: 大和の寺社

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三柱神社の宮座講神事① 

『かぎろひの大和路』復刊34号の終盤戦。
「生活と風習と」では、三柱(みはしら)神社(橿原市膳夫町)の宮座講によるお祭りについて取り上げました。
昨年10月27日、28日の2日にわたって取材させていただいたのですが、紙面では(なんとか2ページゲットしたものの)字数はしれているんですよね。載せられる写真も少ないし、そのうえモノクロ^^;

撮ってきた写真を見るにつけて、ブログで思う存分、紹介してみたい気持ちがわき起こりまして(笑)
長くなりそうですが、よろしければおつき合いくださいませ~。

三柱神社の宮座講の存在を知ったのは、10月14日のこと。近くに別件取材があり、朝一番で出かけたのでした。
取材が終わってウロウロ、三柱神社へ立ち寄って、境内にこんな説明板を見つけました。いやぁ、何度もお参りしているので、前から見ていたんですけどね、この日は「生活と風習と」のネタを探していたせいもあり、初めて気になりました。

↓クリックで拡大します。

171024三柱神社説明

↑このなかの、宮迎え10月1日、宮送り10月28日。

わぁ、気になるわ~。宮迎えは終わっているけど、宮送りは間に合う!

と思うと、鳥居すら気になり始めて。

171014鳥居2

↑鳥居の足元に注目!

171014鳥居

これまでの経験から、こういうものって、年に一度のお祭りの日に新しくされることが多いんですよね。


誰かに聞いてみようと思い、集落の中を歩いてみるのですが、シーン。朝7時台でしたかね、誰もいないかのような静けさ。
と、あるお宅の庭に動きが! 「すみませーん」

応じてくださった男性に、宮送りのことについてお聞きしてみると、うんうんうなづきながら
「私が説明するのもなんなんで、香久山地区の自治委員会の会長さんがこのすぐ先に住んでいらっしゃるから、その方にお聞きすれば、なんでも知ってはるわ」

教えていただいたTさんのお家はすぐに見つかったのですが、なにしろ、朝の8時前。チャイムを押して話を聞くには非常識な時間よね。いきなりだし。

表札にあった住所とお名前を書き留めるだけにして、この日は、別の取材を2件。

西から見る畝傍山

171014畝傍山

帰宅してから、Tさんの電話番号を探して、連絡してみたところ、
「18日に役員会議があるから、神社へおいで」

当日、Tさんと神社総代のKさんから、宮座講、神迎え、宵宮祭、神送りについての全般的なお話を聞くことができたのでした。

その足で、頭屋さんのお宅を訪ね、宵宮祭と神送りの日に取材させてほしいという約束をとりつけることに成功~♪


※これから出かけなければなりませんので、続きは次回にさせてくださーい。

Posted on 2018/01/26 Fri. 13:50 [edit]

category: 大和の寺社

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