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かぎろひNOW

悠久の奈良大和路を一歩ずつ  風景、もの、人…との出会いを楽しみながら

久しぶりの壷阪寺 

11月17日(日)、第2回「お里澤市ウォーク」(壷阪寺主催、奈良新聞社企画運営、高取町後援)に参加しました。
ペアでの申し込みが必須。神戸のTさんを誘って。

191117お里澤市ウォークチラシ

コース
近鉄飛鳥駅⇒キトラ古墳⇒高取町のまちなみ⇒旧道⇒壷阪寺(約6.5km)


壷阪寺では眼病封じ祈願雑煮の接待を受け、大講堂で常盤勝範住職の法話を聴き、高石ともやさんのミニコンサートまで、盛りだくさんの内容。楽しませていただきました。


壷阪寺拝観は久しぶり~。

191117壷阪寺


191117壷阪寺2


191117壷阪寺3


見晴らしサイコー♪

191117壺阪山から


昨年は別のイベントに参加して大淀町まで歩きましたが、壺阪寺までは同じ道でした(⇒)。風情があって素敵なんですよ。

191117壷阪寺へ


「かぎろひ歴史探訪」でもこの道を歩いて壷阪寺にお参りしたいなー、と思っているのですが…。
あ、秋の部、後半がいいでしょうね。


壷阪寺さま、関係の皆様、たいへんお世話になりありがとうございました。
壷阪寺⇒



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Posted on 2019/11/22 Fri. 12:18 [edit]

category: 大和の寺社

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22

祝田神社 

実は『かぎろひの大和路』の配本をまだ終えていない^^;
スロー発行につき、マイペースで。
せっかく行くのに、目的地だけのはしごではモッタイナイので、同じ方面ずつに分けて、ついでに周辺を歩きたいという魂胆。
最近では「かぎろひ歴史探訪」のコースが作れないか、などと考えていたりして(笑)

5月8日、この日は、天理市櫟本方面に2件の配本あり。
所用を終えると、天理まで上ツ道ハイキング。

街道の趣はやっぱりいいよね。

190508上ツ道


石仏を見つけて思わず笑顔になったり

190508石仏


新緑と空と雲に見入りながら汗をふいたり

190508空


そして、えっ、こんな神社あったっけ?

190508祝田神社


お参りしていこうと足を向けると、拝殿の横におば(あ)さんが2人いらして、その1人が突然
「はい、なんて読むでしょう!?」

ワタクシ
(と聞いてくるからには、いわいだ、ではないよね)

「はふりた?」

と自信なげに答えると、

「えらい、あたりや!」
「今まで読めた人おらへんで。ほとんどが、いわいだ、か、しゅくだ、や」
「ようわかったな」

と感心されまして^^; お恥ずかしい限り。

どうやら、訪れる人ごとにクイズを出されているようで(笑)

190508女性


「あれは、十二支石やで」

190508十二支石


「天理へ行くんやったら、あの広い道を行ったらええわ」

190508道路


たしかに、まっすぐ行くと天理駅に着いたけれど、旧街道に比べると風情のないことといったら。暑さと疲れがどっと押し寄せたのだった。だが、新しい公衆トイレを発見(右手中ほど)。これはチェックしとこう(笑)

Posted on 2019/05/12 Sun. 08:50 [edit]

category: 大和の寺社

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12

久しぶりの竹林寺 

5月9日、正暦寺で緑のシャワーを浴びたとき⇒
ああ、竹林寺の境内もさぞやという思いがよぎったのでしたが、まさか、その翌日、ほんとうに竹林寺にお参りすることになろうとは、その時には思いもよりませんでした。

緑があまりにもすばらしかったので、FBにも投稿したところ⇒
5年前発行の『かぎろひの大和路』(⇒)取材時にずいぶんお世話になった山野のしゅんらんさんから思いがけずコメントをいただいたのです。

コメントを応酬するうちに、竹林寺さんがどんどん近くなってきまして。。。

たまたま、生駒の上田酒造さんへ行く予定があり、最寄り駅が生駒線一分駅。竹林寺にも近い!! 当たり前のようにお寺へ向かっていました。

190510竹林寺


行基さんのお墓と

190510行規墓


忍性さんのお墓にお参りして

190510忍性墓


しばらく、境内で過ごしました。

190510青楓


月に3回、ボランティアの皆さんが清掃されているので、境内はいつも清々しい。
そして、どうやら、この日の午前中に清掃されたばかりのようです。

5~6年前を思い出していました。
法要(2013.8.4)⇒
清掃日(2013.8.20)⇒
月待会(2014.10.17)⇒
「かぎろひ歴史探訪」でも思いがけないおもてなしを(2014.6.5)⇒
お参りはこの日以来だったかも(2016.12.26)⇒


ありがとうございました。


Posted on 2019/05/11 Sat. 10:15 [edit]

category: 大和の寺社

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粟原寺跡 

『かぎろひの大和路』次号(復刊35号)のテーマは「廃寺」。
いっぱいありすぎるので、エリア別に分け、その①ということになりますが、次号では奈良県北部(奈良市以外)の、東の山寄りになるでしょうか。具体的には龍センセに聞いてください(笑)。

粟原寺(おおばらでら)も入るというので、12月10日、現地へ行ってきました。
つい10日ほど前(12月2日)、粟原の古墳探訪(⇒)へ行ったとき、粟原公民館の所でお弁当タイムとなったので

181202粟原公民館

さっさと食べて、ひとっ走り、粟原寺跡まで行ってこようかなと思ったのですが、勝手な行動をして迷惑をかけてはいかん、いかんと。出直したというわけです。
でも、粟原寺跡とムネサカ古墳などを絡めて「かぎろひ歴史探訪」コースができないかという検証をちゃっかり(笑)。ま、実現するとしても、来年の12月頃になるでしょうか^^;


粟原寺跡へは、桜井駅南口から大宇陀行きバスにのって12分、「粟原」下車

181210粟原バス停


国道から見る粟原の集落

181210粟原集落


さあ、粟原寺跡を目ざしましょう。坂道をどんどん上ってゆきます。

181210粟原寺跡へ


せせらぎに沿う、緩やかな坂道沿いの、重厚な集落のたたずまい

181210粟原集落2

何度も来たことがあるような懐かしさ。
こんな感じって、奈良県各地にありますよね。パッと思い浮かぶのは、明日香村栢森集落。


道なりに進み、分かれ道には道標があるので、迷うことなく、粟原寺跡へと導かれます。

181210粟原寺跡へ標識

↑峠を越えると大宇陀。
以前から、行きたいなあと思っているのですが、1人ではちょっとこわそうで…^^;
ハイキングしませんか~。


集落のいちばんの高台に、粟原寺跡はあります。
途中、振り返った風景。

181210振り返り


181210粟原寺跡


発掘調査はされていませんが、金堂と三重塔があったと見られています。

181210礎石2


一段低くなった所にも、たくさんの礎石が並んでいましたが、

181210礎石

これは移動されたもののようです。

181210礎石4


「粟原寺」が注目を集める最大の理由は、三重塔の伏鉢(国宝)が談山神社に残り、建立に至る由来が刻まれていることでしょう。
キーワードは比売朝臣額田。

『奈良県の地名』から転載してみます。

此粟原寺者仲臣朝臣大嶋惶惶請願奉為大倭国浄美原
宮治天下天皇時日並御宇東宮敬造伽檻之尓故比売朝
臣額田以甲午年始至於和銅八年合廿二年中敬造伽檻
而作金堂仍造釈迦丈六尊像
和銅八年四月敬以進上於三重塔七科鑪盤矣
仰願藉此功徳


天武天皇の時、仲臣大嶋が草壁皇子のために伽藍を造営することを発願、
額田というものが持統天皇の八年起工、まず金堂をつくり、丈六の釈迦像を安置、大嶋の没後二二年にあたる和銅八年(715)に至って三重塔も整った



説明が2つありました。

181210説明

181210説明2


『桜井風土記』(栢木喜一著 桜井市発行)には次のように書かれています。

(談山神社妙楽寺に残る)この「露盤銘」から中臣朝臣大島が額田王晩年の夫だとし、更に石位寺の三尊石仏は粟原寺のものであり、しかも額田王の念持仏との洞察断定が炯眼の詩人加納諸平、尾山篤二郎、保田與重郎三先覚の積み重ねによりなされた。額田王ゆかりの地である忍坂の地続きの粟原の地に粟原寺が立っていた理由もうなずけるというもの。

また軽の皇子(後の文武天皇)が父日並皇子尊のみ狩りのあとを慕って安騎野に宿りますとき、柿本人麻呂のよんだ「東の野にかぎろひの立つ見えてかへりみすれば月傾きぬ」との名吟で知られている、このときの一行の通路も、古くからの道、粟原の村をへ、半坂越えに宇陀の大野に向かわれたのではなかろうか。当寺にまつわる想像はつきそうにない。



『奈良県の地名』には、寺跡の西側に立つ十三重石塔のことにも触れていますので、ひいておきます。

鶴の子の塔といい、鎌倉後期の作。もと現宇陀市大宇陀町大字半坂道にあったもので、明治二十二年(1889)にこの地に移されたという。


また、このお寺伝来の仏像(粟原流れ)が各地に残っているとか。
奈良博で修理されて、先ごろお寺にもどられた外山(とび)の法恩寺のご本尊もそうだったのですね。
仏像館で拝観していたので、ちょっと感慨あり。法恩寺のHPにも書かれていました。⇒

桜井市観光協会⇒


粟原寺跡とムネサカ古墳、越塚古墳などを訪ねる「かぎろひ歴史探訪」ウォークがはたして可能か? の検証は次回に。

Posted on 2018/12/11 Tue. 19:50 [edit]

category: 大和の寺社

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11

三柱神社の宮座講神事④宮送り 

あまりにも遅くなってしまいましたが、三柱神社(橿原市膳夫町かしわてちょう)の秋祭(宮座講神事)の続きを書いておきたいと思います。
各地のお祭りが土日祝日に変更されるなかで、こちらは毎年同じ日程で行われます。
10月 1日 宮迎え
10月27日 宵宮祭
10月28日 宮送り

宮座講については⇒
宵宮祭⇒

10月28日、頭屋さん宅の仮宮で27日間を過ごされた神様を神社へお戻しする「宮送り」。
朝7時までに、宮座講の皆さんは頭屋さんのお家に集まり神事が始まります。
ワタクシは5時起きして、頭屋さんの家へ。

171028神事2


171028神事3


171028神様


神様の依代は柳の枝。稲穂、竹筒に入れた甘酒を付けて、神社へと出発

171028神様2


まっすぐ神社をめざすのではなくて、右座、左座の頭屋は合流すると

171028合流2

町内のお地蔵さんやお寺を巡拝

171028地蔵さん

171028地蔵さん2

171028地蔵さん3

蓮生寺

171028お寺


念仏寺

171018お寺2


保寿院

171028膳夫寺


そうして、神社へ帰ってこられました!

171028鳥居前


171028神様鳥居

↑そうそう、頭屋さんの後ろで大幣を持っているのが、次期頭屋さん


この時、境内各所の七五三縄(しめなわ)を取り替えて新しくします

171028鳥居注連縄


拝殿で神事が始まりました。
神様はいよいよ本殿へ。

171028本殿

171028本殿2

171028本殿3

頭屋さんの1年間のお勤めはこの日で終了して、次の頭屋さんに大幣↑を渡してバトンタッチとなります。
お疲れさまでした。

甘酒で直会されたようですが、ワタクシはこの前に出発しただんじりを追っかけていたので、立ち合うことができませんでした。
神社へ戻ったところ、すでに散会した後だったのですが、右座の頭屋さんが待っていてくださり、甘酒をいただくことができました。

171028甘酒

自家製の甘酒はとろーり濃厚で、心身にしみいりました。ありがとうございました。

町内を巡行しただんじり

171028だんじり

雨が降りそうだったので、時間を繰り上げての巡行だったのです。

この日、ワタクシは行きも帰りも雨だったのに^^;、不思議なことには、お祭りの間だけ雨はやんだのでした。

Posted on 2018/08/27 Mon. 21:25 [edit]

category: 大和の寺社

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